第三十八話 怒り
一歩目から全速力。今まで培ってきたAGIをフルに使い、奴との距離を縮める。
対して奴も短刀を持ち、こちらへ向かって来る。
相対する拳と短剣が交差し、相手の顔へと飛来していく。
「っの」
「っ」
頬に掠る刃物の感触が伝わって来る。そして、オレの拳が奴のフードを揺らした。
超近距離、これまで懐に入ることが出来なかったためにか。または、頭に血が上っていたからか。考えるよりも体が勝手に動いていた。
「らっ!」
「っっ」
がら空きのボディに拳を入れ込む。腕が交差しているからか【切り裂きジャック】からは死角となり、反応が遅くなる。
これは差せる!
「っ」
「……んなっ!?」
そこから避けるか普通!?
ほとんど脊髄反射だろうが、信じられないことに【切り裂きジャック】はオレの攻撃を軸足変更、そこから回転を加えて攻撃を受け流した。……こなクソォ!!
「……オラァ!!」
「っっ」
裏拳。オレの背後へ回りこんで背中をぶっ刺そうとしている敵の刃物と接触。鈍い金属音が草を揺らし、火花を散らす。
予想的中。そして【キングベアガントレット】の強度に感謝だ。
オレの拳と奴の短剣がギギギ、とせめぎ合う。STRが高いのは向こうであるが、技術はこちらが上と見る。奴の挙動は確かに凄まじいが格闘技や武術に精通している訳ではない動きだ。
例えるのなら、シルバーの動きと似ている。ならば、対処することは可能だ。
「【独殺】」
「……スキルか」
なんのスキルか知らないが、なんか如何にもヤバそうなオーラが短剣に纏わりつきだした。
シルバーを倒したスキルといい、強力そうなものが多いと見る。
だとすれば、こちらも出し惜しみをしている訳にはいかない。
「……やるか」
そもそもとして、こちとらちょっと機嫌が悪いんだ。
「……一発殴らせろ!」
両者の距離が縮まる。
交差する視線。一瞬だけ見えた殺人鬼の顔は口元を布で覆い、澄んだ青色の瞳がオレを捉えていた。
「っ!」
「っ!」
流石はフィールドボスからドロップした装備。ヤバそうなオーラを放つ短剣とぶつかってもダメージは受けない。
至近距離から繰り広げられる拳と短剣の応酬。
躱し、弾き、受け流し。
一瞬の油断も許されない攻防。
火花が散り、空気が揺らす。オレの蹴りを相手はしゃがんで避け、相手の短剣を首を反って躱す。
「【ボルトスマッシュ】!」
「【スラッシュ】」
互いのスキルが唸りを上げて叩き込まれる。
オレのスキルが奴の腹にめり込み。
敵の短剣がオレの胸に一閃された。
衝撃で互いの距離が離れる。
HPをチラッ、と確認。大丈夫、まだ余裕はある。耐久値にちゃんとステータス振っておいて良かった。
【ボルトスマッシュ】は【格闘】スキルの中でもMP消費もほどよく、威力も申し分ないスキル。使い勝手がいいのでよく使うのだ。
それをまともに喰らって無傷というのは無理な話。向こうの唱えたスキル【スラッシュ】も【片手剣】スキルや【短剣】スキルにある普通の技。だけど、ステータスが一定以上高いため威力がある。
やはりPKというだけあって対人戦が上手い。そして、何よりも躊躇いが全くない。
こいつ一体何人もの人をPKしてきたんだ。
「……ジリ貧か……ない」
多分、このまま戦っていても膠着状態になる。
ならば、早々に決着をつける必要がある。
だとしたら__
「……【超加速】」
固有スキル【超加速】。足を包む【強獣のブーツ】から光が放たれる。
恐らく見た事のないだろうスキルに【切り裂きジャック】が僅かに戸惑った感じがした。
その隙貰った!
「っ!?」
今までとは違う速さ。目の前から消えたオレに【切り裂きジャック】が息を飲むのを感じた。
【切り裂きジャック】の周囲を円を描くように走る。最初唐突に変わる速さに目が追い付かなかったが、検証のかいあって今はこの速度でもちゃんと相手が見える。
唐突に変化したオレに戸惑う【切り裂きジャック】。体を何度も反転させ、オレを捉えようとするが捕まらないようだ。
これはいける!!
「……オラッ!」
「っっ!」
奴がオレを見失っている間に横から拳を叩き込む。ボディブローが決まり、【切り裂きジャック】の体がくの字に曲がる。
「……くぅ」
よし効いてる。
【切り裂きジャック】の口から苦渋の声が零れる。
いける。
固有スキルが思いのほか敵に有効打を与えていることに知らず高揚感が高ぶる。
優位な立場となり、心に余裕が生まれた。この状況を楽しんでいる自分がいた。
――人はそれを油断と評す。
「……これで、終わりだ!」
ダッ、と渾身の力を籠めた拳を持って間合いを縮める。
ゆっくりと流れる光景。敵の背後からの攻撃。相手からの反応はない。
決まった!
一発叩き込めば勝てる。確信を持ってオレは攻撃を仕掛けた。
「【姿なき殺人者】」
「……っ!?」
消えた!? いや、すり抜けた!!
拳から感じる虚無感。手ごたえのなさ。
一体何が起こったのか分からず、ただ目を見開かせるばかりだった。
その時オレの傍からぼそり、とした声が聞こえた。
「【殺意なき一撃】」
途端、オレの視界が真っ黒に染まった。
☆☆
気づいたら白い天井が視界いっぱいに広がっていた。ドーム状に高く伸びる天井、左右には色とりどりのステンドガラスが光を放っている。
ここは……教会か。
BGOにおいて教会とはフィールドで死亡した際に送られる場所。つまり、オレは【切り裂きジャック】に殺されたという訳である。
上体を起こし、祭壇から降りる。祭壇の奥にはよく分からない像が何体か立っておりこちらを見下ろしている。
「あ、ファング」
「…………」
祭壇の傍、並べられた長椅子から聞き慣れた声がする。
声のした方に目を向ければ、先にやられたシルバーが座っていた。
シルバーは、いつも通りの笑みを浮かべたままだった。
「いや~負けっちゃったな。めちゃくちゃ強かったよな【切り裂きジャック】」
「……」
「あれなんだろうな? 【暗殺】スキルかな? それともまた別のスキルなのかな?」
「……」
「ま、負けたものはしょうがないよな。それじゃ、これからだけど」
ガッ!
「っ!?」
朗らかな笑みで喋っていたシルバーの口が止まった。
驚き目を見開かせるシルバー。その視線の先は自身の胸倉に向けられている。
シルバーの胸倉にはオレの手が伸びており、力強く握りしめていた。
「ファ、ファング……?」
シルバーの戸惑い気味な声が聞こえる。唐突な出来事に思考が追い付いていないのが見て取れた。
だが、そんな奴の表情が余計にオレの胸に沸々と言いようのない感情が湧き上がってきていた。
「……んで」
「え?」
「……なんで邪魔をした!」
低い声が口から出てきた。
口に出してしまえば、言葉が止まらない。
「……お前が邪魔しなければ勝てた。お前がちゃんと戦っていれば二人ともやられることはなかったんだぞ!」
「そ、それは……」
「……なのに、お前はどうしてあんなPKなんかを庇った!」
あの時、【切り裂きジャック】が劣勢だった場面。あそこでシルバーがオレの攻撃を防がなければ状況は変わっていた。そもそも最初からこいつが勝つ気があったならば勝てたはずなのだ。
なのに、こいつは……。
「……だ、だって」
「……だってもクソもあるか!」
普段出ない大声が教会に響く。そんな声を間近で聞いていたシルバーはビクッと肩を揺らした。
シルバーの眼を見れば困惑と申し訳なさが混じった色をしていた。
何か訳があるのかと思った。けど、シルバーはそれ以上何か言う気配はなかった。
それが余計に苛立たせた。
「……もういい」
「あ、ちょっとファング」
「……ついて来るな!」
教会を出ようとするオレを追いかけようとするシルバーを言葉で制する。
背後でシルバーの足が止まる音がした。
そして、足音はオレが教会を出るまでずっと聞こえることはなかった。




