第三十五話 噂のPK
「おっ、来たな」
メッセージに書かれていた店を訪ねると、外に設置されている席に座りパフェを食っているシルバーを発見した。オシャレなカフェの席は女性客で埋まっており、正直よく一人で入れたなこいつと思う。オレなら絶対に無理だ。
女性が多いこともあって、気まずく思いながらもシルバーの向かいの席に座る。すぐに店員が来て注文を聞いてきたので、ジュースを頼んだ。その間もシルバーはパフェを食う手を止めない。
「……それ、美味いのか?」
「うん、美味い! 一口食うか?」
あまりに美味そうに食うので、新しいスプーンを貰い口に入れる。
うっ、あま……。
口の中に広がるクリームに、蜂蜜やイチゴ等のフルーツ類。もはや砂糖をぶっこまれているかと思うほどの甘味だった。
「……お前、よくこれ食えるな」
「えぇ? 普通に美味しいけどなぁ。ファング甘いの苦手か?」
「……いや、普通だけど」
パフェを容易く食べられるシルバーが不満そうな表情を見せる。
こいつ、相当な甘党だった。
口に広がる甘味を水で流す。幾分かマシになった口内を確かめながら訊ねる。
「……それで? 今日はどうするんだ」
「そうだな。最近、ファングのブーツの性能検証したりしていたから今日は普通に遊ぶか。もうすぐ初イベントだし」
「……イベント?」
「そう、BGOが始まって数週間。新しいマップも多くなったし、ここいらで一つイベントをってことらしい。お知らせに載っているらしいぞ」
言われてメニュー画面を開いてみれば、確かにシルバーの言う通りイベント告知について届いていた。
初めて知った。
「ちなみに、俺もディブロさんに言われて初めて気づいた」
……お前、オレよりゲームやっているよな?
時々、こいつがゲーム玄人か疑いたくなる。
「……で、そのイベントって何するんだよ」
「さぁ? こればっかりは当日まで誰にも分からないみたい」
「……いつから?」
「告知によると来週」
来週、か。なら、慌てる必要もないな。イベントの内容も分からないのなら、準備のしようもないし。
やれることとしたら、レベル上げにスキルを磨くことくらいか。
「……なら、今日はどこに行く?」
「ん~、どうしよう? 《エスイ湿地》は前行ったし、《ガザルス荒野》はほとんどマッピング済んだからなぁ、あと行くとなると……《ミリュ森林》かな」
《ミリュ森林》はここから西の方にあるフィールド。《イジイの森》よりも広く、多種多様な植物が生えているジャングル。
自然で出来た迷路とトラップ。進む度にプレイヤーの精神をすり減らす、意地の悪い場所らしい。
「……分かった。なら……」
【発見】スキルのレベル上げにはいい。準備が出来たら、早速行くかと腰を上げようとした時だった。
「あ~、《ミリュ森林》には行かない方がいいわよ」
オレの背後から、そんな声が聞こえた。
振り返りまず目に入ったのは山のように積まれた皿。
……これ、全部食べたのか。
一瞬、口の中に甘ったるい感触が伝わる。
「……どちら様?」
「あっ、これじゃ見えないわね」
ひょこっ、と皿の横から顔を出したのは、女性だった。
紫色の髪を右側で結び、瞳の色は青い。だぼっ、とした白いローブに身を包む彼女がどんなプレイヤーなのかを隠しているようだった。
「初めまして、私はマリー。あなたたち、【銀狼】でしょ。まさかこんなところで会えるなんて思わなかったわ」
そう言って微笑むマリーという女性は、オレたちの近くまで歩み寄る。
「ここ、座っても?」
「……」
同席を求める彼女に、オレはチラッ、とシルバーを見る。
「いいっすー」
なんとも軽い声で承諾した。
シルバーの許可を得たマリーはオレの方に視線を寄越す。相方が許可したのに、オレが断るのもと思い頷く。
「失礼しますね」
「どうぞー、あっ、俺はシルバーです。んで、こっちがファング」
「…………よろしく」
「知ってます。あなたたち、有名人だから」
言いつつ空いている椅子に座るマリー。
シルバーは最後の一口となったパフェを食べ、マリーの顔を見る。
「それでマリーさん。さっき言っていた《ミリュ森林》に行かない方がいいってどういうことですか?」
首を傾げて訊ねるシルバー。
実際、オレも気になっていた。
質問されたマリーは両手を組んで、顎を乗せると答えた。
「んとね、君たちここ最近騒がれているPK知ってる?」
「PK?」
シルバーと顔を見合わせる。だが、そんな話を聞いた覚えはない。
二人揃って首を振れば、マリーは説明してくれた。
「最近、あっちこっちのフィールドで無差別PKが発生しているの。被害者は男女、レベル、関係なし。出現するフィールドもバラバラ」
無差別PKねぇ……。脳裏を過るのは初めてシルバーに出会った頃。共闘してPKを倒した記憶は、まだ新しい。
「でも、聞く限りそれは普通なことでは? そもそも、PKって言ったって複数人いる場合もありますし」
「それがね、すべてのPKにおいて共通することが一つだけあるの」
「……共通点?」
「えぇ、被害者は全員両手足を斬り落とされ、最後に首を斬り殺されているの。しかも単独で」
なにそれえぐっ! こわっ!
「被害者は確認されているだけでも22名。目的も不明な謎のPK犯もう一体誰が呼んだか【切り裂きジャック】と呼んでるわ」
……【切り裂きジャック】って、なに?
「ファング、もしかして【切り裂きジャック】を知らない?」
「……お前は、知ってるのかよ」
なんか残念な人を見る目をするシルバーにむっ、と思いながら訊ねる。
「【切り裂きジャック】は、昔イギリスで実際に起こった未解決事件の犯人の名前だよ。謎解き系のゲームじゃ定番なものだよ」
「まぁ、100年も前の話だから知らなくてもおかしくないわね」
ゲームの知識と聞いて納得。こいつがそんな博識なキャラな訳ないよな。
「なんかまたファングが失礼なことを考えているような……」
だから、心を読むな。
「で、最後に目撃されたのが《ミリュ森林》。まぁ、そーゆーわけだから今あのフィールドに行くのはオススメできないです」
そう言ってマリーは、いつの間にか注文していた紅茶を飲む。
でも、そういうことなら《ミリュ森林》には行かない方がいいよな。そんな恐ろしいPKがいる所なんか行きたくない。
シルバーに行き先の変更を告げようとした時。
キラキラ……。
目の前に座るシルバーの瞳が輝いているような……。
大きな瞳をより大きくさせ、オレを見ている。その眼が何かを訴えている。
……非常に不本意であるが、こいつが何を言いたいのかなんとなく分かる。
「ファング!」
元気のよい声がオレを呼ぶ。
うん、この後言う台詞が容易に思い浮く。
「そのPKに会いに行こう!!」




