第三十四話 歓迎会
「それは、災難でしたね」
「灰原君……立派だよ!」
「どう考えても、灰原に非があるとは思えないな」
「……ねむ」
オレの話を聞き終わった先輩方の反応は分かれた。大半は同情的な声、そして草部先輩だけは興味なさそうに欠伸をしていた。
対して、オレはというと彼らの反応にポカンッ、としていた。
意外だった。もっと、怯えられるかもしれないと思ったからだ。怯えなくとも、驚くと思った。
「……あの、驚かないんですか?」
「灰原、ウチは何部だったっけ?」
「……え? 歴地化学部ですけど」
腕を机の上で組み、その上に顔を乗せた草部先輩がおかしなことを聞いてきた。
「そう、いわゆるオタクの集まり。つまり、一般人の感性をこいつらに求めちゃダメ」
「おい、草部、後輩に変なことを教えるな。それと灰原、お前の質問の答えだが、確かに暴力はいかんと思うが、人を助けようとして行動を起こした。大事なのはそこだろ」
「そうだよ。灰原君が言うほど簡単なことじゃないんだよ? 凄いことだよ」
「えぇ、その通りです。噂に尾ひれがついているのもあるせいで、誰も真実を確かめようとしない。全く、愚かなことです」
いい人しかいないのかこの部は。あまりにも温かな言葉に涙が出そうだった。
大抵の人は遠巻きにオレを見るだけだし。ちゃんと話を聞いてくれる人なんていなかったな。
「これで、灰原君の噂については分かりましたね。改めて、これからよろしくお願いしますね灰原君」
「……こちらこそ、よろしくお願いします早乙女先輩」
後輩が危険人物じゃないと知れて安心したのか、早乙女先輩はふんわりと笑った。
一つしか違わないはずなのに、随分と大人っぽく見えた。
「それじゃ、話ちょっと逸れたけど、ミーティング始めていいか?」
「はい、お話を脱線させてしまい申し訳ありません」
「いいや、構わないさ。おかげで灰原について知ることが出来たからな」
そう真面目な顔で言われると照れる。いやまぁ、表情は全く変わらないのだけど。
「んじゃ、ちゃっちゃと始めるとしてミーティングだけど、各自自由にということでいいか?」
「いいよー」
「構いません」
「ねむ……」
「それじゃ、決定っと……はい終了」
はや! え、ミーティングってこれだけ?
「……あの、これだけですか?」
「まぁ、俺らそれぞれやりたい分野が違うからな。たまに一緒に活動することもあるが、基本は皆勝手に活動している」
「……なら、何故わざわざ休日に集まったんですか?」
このくらいの内容なら平日にやった方が良かったのでは?
オレの言外に訊ねると三城田先輩はニヤリ、と口角をずり上げた。
「その答えは、これだ!」
ドンッ、と机の下から取り出したのは大きなビニール袋二つ。
袋の中身は、ジュースに菓子類、さらに紙コップだった。
吉川先輩も手伝い菓子の袋を開け広げる。黒い机の上はあっという間に色とりどりの菓子で埋めつくされてしまった。
「これより、新入生歓迎会を行う!」
「いえーい!」
三城田先輩の音頭に吉川先輩が腕を上げて応える。
……え?
「……歓迎会?」
当のオレは、事態の急速な変化に思わず素っ頓狂な声を出していた。
「そうそう、私たちにとっては初めての後輩だし。親睦を深めようと思って俊祐に提案したんだ」
「……学校でこんなことしていいんですか?」
「バレなきゃオッケーだ」
三城田先輩が悪い笑みを浮かべながら告げる。
いや、そんな堂々と言われても。
オレは他の二人の方を見る。
「……あの、お二人もこのこと聞いていたんですか?」
「はい、学校で催しだなんて楽しそうと思いまして」
「どっちでもいいけど、お菓子食べられると聞いたから」
草部先輩はともかく真面目そうな早乙女先輩まで乗り気だとは。意外とノリがいいみたいだ。
そんな会話をしていく内に、準備が終わっていた。
「飲み物は行き渡ったか?」
三城田先輩が中身の入っている紙コップを掴みオレたちを見渡す。
全員が紙コップを持っているのを確認すると、視線をオレに向ける。
「それじゃ、準備も整ったということで、我が歴地化学部にも新入部員が入ってきた。これから色々と交流する機会が多くなると思うが、分からないことや悩み事があったら遠慮なく言ってくれ。今日は楽しんでいってくれ、かんぱーい」
『かんぱーい』
「……かんぱーい」
三城田先輩の乾杯の音頭に皆紙コップを上げ、軽く当てる。
最初変な部かと思ったが、いい先輩たちに恵まれたことに静かに感謝した。
☆☆
夕方。
学校から帰宅したオレは制服から部屋着に着替え、学校でのことを思い出す。
昼くらいに終わるかと思われた歓迎会だが、オレは舐めていた。彼ら自分の好きなことに対する熱意を。
三城田先輩の話は歴史が好きなオレには興味深かった。好きな偉人、疑問に思う事件、オレの知らない豆知識。日本史だけじゃなく、世界史にも精通している分彼の話は聞き飽きることはなかった。
対して、吉川先輩の話は化学が中心だった。好きな科学者、現象はまだいいとして、突如始まった実験ショーは専門用語が飛び交って早々にパンクした。まぁ、見ている分には楽しかったけど。
早乙女先輩は鉱物や化石が好きなようで、誕生石の話や宝石の知識なんかを話してくれた。お淑やかそうな容姿からは想像できない、まくし立てるような早口な説明に徐々に近づいてくる前のめりは若干怖かった。
草部先輩は…………あぁ、途中から寝ていたな。あまり先輩たちの相手を押し付けて自分は早々にフェードアウトするとは、伊達に一緒にいる時間が長い訳ではないということだろう。
結局、三人の話をしっかり聞いていたらこんなに遅くなっていた。なんか、疲れた。
「……はぁ」
オレ、やっていけるかな? ちょっと心配になってきた。
思わずため息を漏らしていると、新しく買ってもらった目覚まし時計が目に入った。
あ、そろそろ時間だ。
時刻を確認して、棚に収められているVRギアを取り出す。
パソコンを開き、接続。慣れた手つきでゲームを起動させる。
「……行くか」
ギアを被り、ベッドに寝転ぶとオレはゆっくりと瞼を降ろした。
目を開けると、見慣れた噴水が目の前にあった。
周りを見渡してみると、今日は休日だからか人が多いように思えた。
メニュー画面を開いてフレンド欄を見る。えぇと、あいつは……いるな。
シルバーの名前と横にある《ガウス街》という文字を確認。だが、近くにはいないようだ。
どうしよう? 探しに行くにしても街は広い。下手したら一日中探す羽目になりそうだ。
腕を組み、「う~ん」と悩んでいるとタイミングを見計らったようにメッセージが届いた。送り主は当然、シルバー。
『店にいるからこっち来てくれるか?』
どうやってオレがログインしたのを知ったのか、という疑問を抱いたがオレの知らない方法があるのだろう。数秒で結論付けると、オレは広場を出て行った。




