第三十二話 新しい日々
エピローグです。
短めです。
翌日、カーテン越しから刺さる朝日に体が反応して目が覚めた。時刻を見ればいつもより一時間早い起床だった。目覚ましよりも早く起きたのは、いつぶりだろうか。
何故か目が冴え、体も怠くない。清々しい気分で、オレはベッドから出てリビングへと向かった。
「……おはよう」
「おはよう……敦獅? どうしたの具合悪いの?」
ただ早起きをしただけで体調の心配されてしまった。
「……別に、ただ目が覚めただけ」
「そうなの? あなた低血圧気味だから朝弱いはずなのに、こんなに早く起きるなんて信じられないわ」
「……まぁ、いいや。朝ごはんは?」
「もう少しで出来るわよ」
いつもなら入った瞬間にはある朝食だが、まだみたいだ。
「……だったら、ちょっと軽く走ってくる」
「そう? あまり遅くなっちゃだめよ」
「……はーい」
母さんからの言葉に返事をして、着替えに戻る。
杏沙はまだ寝ているようなので、出来るだけ音を立てないように部屋へ入る。部屋に置いてある適当なトレーニングウェアに着替えて、外へ出る。
さて、どこに行こうかな、と考えてふと思い出す。小さい頃に父さんに無理やり連れていかれた公園がちょうどいいくらいの距離にあったはず。そっちに行くか。
パッ、と目的地を決めると軽く準備運動をしてから走る出した。
☆☆
オレが目的地に選んだ公園は、大きな池がありその周りをランニングコースになっている。早朝から若い女の人や、元気なご老人など様々な人が早朝ランニングを行っていた。
かく言うオレも、ランニングコースを一定のペースで走りながらどうして今日はこんなに早く起きれたのだろうかと考えていた。
原因があるとすれば、昨夜のボス攻略戦だろうか。あの緊迫した空気で一人立ち回ったせいでアドレナリンが未だに残っているみたいだ。自分が思ったよりも興奮していたらしい。
それにしても、昨日のボス戦後は本当に疲れた。知らないフィールドに無理やり連れて行かれ、挙句デスペナルティを喰らい可笑しそうに笑うシルバーに無言でしばく、しかしあいつが逃げるものだから余計に体力を使ったぜ全く。
「あれ? 灰原君……?」
やれやれ、と首を振っていると背後から名前を呼ばれ振り返る。
「……あっ、加賀」
「お、おはよう」
そこにいたのは、同じクラスの加賀だった。可愛らしいピンク色のトレーニングウェアを着ており、彼女の足元には豆柴が尻尾を振って加賀を見上げていた。
「……散歩か?」
「え、あぁ、うん。いつもこの時間にランニングを兼ねてね。ほら、私テニス部だし早く上手くなりたいから。そういう灰原君もトレーニング?」
「……いや、オレはたまたま早く起きたから」
「へぇ、そうなんだ。一緒に走っていい?」
「……構わないぞ」
犬もいるため、少しペースを落として加賀と走り出す。
走ってすぐに加賀が思い出したかのように言った。
「そういえば、加賀君。部活は決まった?」
そういえば、加賀にまだ報告していなかったな。
一瞬、忘れかけていた。昨夜のボス戦が強烈だったからなぁ。
「……あぁ、そういえば、言ってなかったな。昨日、入部を決めたんだ」
「え!? そうなの!?」
「……う、うん。歴地化学部っていう部に入部した」
「れ、れっちかがくぶ?」
キョトン、と首を傾げる加賀。まぁ、当然な反応だろうな。
「……歴史地理化学部。略して歴地化学部らしい」
「へぇ、いろんな部が混じった感じ?」
「……そういう感じ」
理解が早くて助かる。入部を決めたとは言え、まだ活動内容を詳しく把握していないので説明が難しいのだ。
「……今日、入部届を出す予定だ」
「そっかぁ、でもよかった。灰原君、結構悩んでいたみたいだから」
「……心配させたか?」
だったら、申し訳ないことをしたな。
「ちょっとね。もしも、最後まで決められなさそうだったらテニス部に誘うつもりだったし」
「……悪い」
「ううん、気にしないで。灰原君と一緒にテニスしたら面白そうくらいの気持ちだったから」
タッ、タッ、タッ、と小刻みなリズムを取りながら公園を走るオレと加賀。
決して速いペースではないが、走ることによって感じる風が気持ちよかった。
「ふぅ、う~ん、気持ちー」
池を5周ほどした所で止まり、ストレッチをする。加賀もつま先を立て、腕を伸ばす。普段伸ばしている髪を纏め、普段隠されてる額に汗が見える。結構走ったからな、けど本当に気持ちよさそうだ。
「いやー、灰原君体力あるね。汗一つ掻いてない」
「……そういう体質なだけだ」
「そっかぁ、いいな」
羨ましいようだが加賀よ、汗が掻けないせいでキツイ訓練をまだいけるって言われて死ぬ目に遭うんだけど、まぁ言わない方がいいかな。
「それじゃ、私家に帰るね」
「……そっか、気を付けてな」
「うん! また学校でね」
「わん!」
清々しい笑顔で去って行く加賀の背を見送る。朝から知り合いに出くわすとは思わなかったが、悪い気分ではない。前だったら、逃げるように去るのに。
「……」
中学生暴力事件。誰がつけたのか分からない噂話はどこに散らばっているのか分からない。
自業自得とは言え、恐怖の目で見られるくらいならと距離を取ろうとも思った。
けど、加賀やシルバーと接していて考えが変わり始めた。
人間、話さないと分からない。だったら、もっと人と接する努力をしてもいいのではないか。
新しいフィールドを開拓して始まる冒険。
新しく入部する部活動。
本格的に始まる毎日に、少し気持ちを入れながらオレは元来た道を駆け出した。




