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第三十一話 ボス攻略戦4



 怖い、と思った。

 たった一人で、強敵に立ち向かうことに緊張している自分がいた。

 そんなことなったはずなのに。


「GUUUUU」

「…………」


 獣独特の低い唸り声。鋭い眼は黄金から真っ赤に染まって、体毛は真っ黒に変色していた。

 ゲームとは、いやだかこその迫力。目の前に佇む【グリズリーロード】から放たれる殺気は凄まじい。

 格闘技は一対一のスポーツ。どんなに負けそうな試合でも、ひっくり返せるのは己のみ。だから、諦めないという精神が大事になる。

 だけど、どうやら二人という状況に慣れてしまっていたようだ。笑える。


「……来いよ、熊」

「GRYOOOOOOO!」


 言葉が通じたのか、【グリズリーロード】の咆哮が轟き、巨体が揺れた。

 真っすぐに突っ込んで来る奴の体をギリギリまで引き付ける。ゴムボールのごとく跳ねる速度。だけど、反応出来る!

 体をヒラリ、と翻してボスの突進を回避。速度を落とさず通過したボスは大きく旋回するように方向をこちらに調整させ再び向かって来る。

 速度そのままに剣を振り上げ、オレの頭上から脳天目掛けて振り下ろす。

 体を反転させ、躱す。強い衝撃によって地面が割れ破片が散る。


「GRYOOOOOOO!!」


 とにかく回避だ。攻撃をギリギリまで見極め、ヘイトをオレに集中させる。

 躱すだけなら、こいつの動きについて行ける。

 薙ぎ払いは上体を反らし。殴りかかりは手を添えて受け流す。突進はステップを踏みながら。範囲攻撃は攻撃が届かないところまで下がる。

 冷静に、集中を切らすな。一瞬でも油断したらやられる。

 もう、あんな失敗はしない。

 敵からの攻撃を躱す、躱す、躱す。


「……すげぇ」


 シルバーを懸命に回復させようとしているディブロさんが呟く。しかし、戦闘に意識を向けていたオレはその内容は聞こえなかった。

 緊迫する戦闘。疑似的ながら命のやり取りをしているという状況は、少しずつオレの精神をすり減らしていった。

 耐えろ! あいつが戻るまでの辛抱だ!

 疲弊していく自分を鼓舞させながらボスの攻撃を回避していく。


「GRYOOOOOOO!」


 ことごとくオレが攻撃を躱していたのが気に喰わなかったのか、それともまた攻撃パターンが変わったのか。


「あぶねぇ!」


 これまでなかった蹴りが飛来してきた。

 だが__


「舐めるな」


 左から来るボスの蹴りを屈んで回避。

 そのまま前へ飛び込む。ボスの股下を通り過ぎ背後へ移動する。


 回避すると言っても、攻撃しないとは言っていない。


 がら空きとなった背中に、拳を突き立てる。


「【ダイナソニック】!」


 空気を殴った拳から、光を帯びた衝撃波がボスの背中に直撃。

 HP残り1割。


「OOOOOOO!!」


 怒りの雄叫びが鳴り響く。空気を振動させる声は、耳を塞ぎたくなるほどだった。

 ボスモンスターに変化が訪れる。真っ黒な体毛が全て逆立ち、持っていた剣が壊れる。

 上の牙が伸び、口からはみ出す。鋭い爪もより強靭に、より鋭く尖った。それはまるですべてを切り裂く刃のようだ。

 【グリズリーロード】の足元がひび割れる。ボスが用いるエネルギーが抑えきれなくなり外へと漏れ始めていた。


 中腰になり、足を広げて構える。もはや、その姿はモンスターなどではない。

 鍛え抜いた武人。

 否応にも伝わる奴の気迫。目の前の敵を討つだけに集中している眼。


 来る、と思った時には既に見えなくなっていた。


「っ!」


 受け身を考えず横へ飛ぶ。刹那、オレがいた場所から凄まじい破壊音が聞こえ、衝撃が突き抜け四方へヒビを入れた。

 反応が一瞬でも遅れていたら粉々になっていたのは自分だろう。

 そんな思考をする暇などなかった。何故なら、ボスが既に次の攻撃態勢に入っていたからだ。

 鋭利な刃がキラリ、と光りオレの体を貫こうとしていた。



「おっらああああああ!!」



 ビュンッ、と空気を割く音。

 ドスッ、とボスの腕に刺さる音。

 安っぽい剣は見慣れたもの。


「ファング!」


 反射していた。

 どうしてそんな行動を取ったのか、分からない。

 けれど、視界の隅に立ち上がり投擲後の姿勢をした白銀色の髪の毛が見えたから。

 だからオレは、すぐに行動を起こしていた。


 膝を曲げ、しゃがみ込む。

 力を下半身から上へ向けて、空へ向かって飛び上がる。


「ふんっ!!」


 ガゼルパンチ。下あごから伝わる衝撃はボスの頭を揺らすには十分だった。

 ボスの体が一瞬だけ宙に浮く。

 オレは【グリズリーロード】の腕に刺さる剣を引き抜く。


「シルバー!!」


 手にした剣を持ち主へ投げる。

 クルクル、と弧を描きながら飛ぶ剣は。

 パシッ、とシルバーの手に収まった。


「おおおおお!!」


 刃先を下にして、駆けるシルバー。

 疾く、鋭く、勇敢に。

 いつの間にか光を帯びているシルバーは、ボスへ一閃。

 流星のように駆け抜けたシルバーの剣は、ボスの体に刻まれる。

 

「ラストアタック!」


 聞こえる声に返事はしない。

 託されたものを取り溢さないように。

 握りしめ、狙いを定める。


 最短距離で、最適な攻撃。


 シルバーが描いた剣筋のど真ん中。


「【ビーストマグナム】!!」


 放たれた拳は、寸分狂わずボスの腹にめり込んだ。

 重量を感じながら、振り抜く。

 

 吹き飛ぶ巨体。次いで、激しい衝撃音が壁から発生する。

 礫が砂塵のように舞い、視界を悪くさせた。

 だが、数秒かけて晴れて行った視界に映ったのは。



 壁に背を預ける【グリズリーロード】の姿だった。



 静寂がその場を支配する。しかし、次の瞬間ガラスの割れたような音ともに【グリズリーロード】の体が光の粒子へとなり消えた。


『Congratulations!』


 盛大な音楽とともにドーム状の空間に大きく文字が出現した。


「…………終わった、のか」


 ようやく、戦闘が終わったことを実感した瞬間、急に力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。


「ファングーーーーー!!」

「ぐおっ!?」


 突如、後ろから乗りかかる重みに変な声を出してしまった。

 この騒ぎよう、と辟易しながら振り返るとそこにはやはり笑顔の奴がいた。


「やった! やったぜ!! ていうか、お前すげぇな! どうすればあんな神回避できるんだよ!!」

「…………うるさい、重い、どけ」

「あっ、悪い」

「……たく」


 シルバーのテンションにため息を漏らしながら、立ち上がる。

 なんでこいつこんな元気なんだ? あ、気絶していたからか。納得した。

 一人納得していると、隣から視線を感じる。

 ん? と目を向けるとシルバーが片手を挙げてこちらを見ていた。

 …………あぁ、そういうことか。シルバーの意図を遅れて理解したオレはだらり、と右手を上げる。


 パンッ!


 乾いた音が綺麗に鳴る。……ハイタッチするのはそういえば初めてだ。

 感慨深く右手を見ていると、ボスへ屋に変化が訪れた。ドーム状のボス部屋が気づけば《イジイの森》光景が広がっていた。

 ボス部屋へ続く洞窟は草木の道に変化して、反対側にも道が伸びた。

 どうやら次のフィールドに行けるようになったようだ。

 でも、もう戦闘でクタクタだ。時間も時間だし、街に戻ってログアウトしよう。

 そう考え、とりあえずディブロさんたちと合流しようとした時。

 ぐいっ、と首根っこをシルバーに掴まれた。


「よしっ、ファング! 次のフィールドに行けるみたいだぞ!」

「……いや待て、オレはもう疲れたんだけど?」

「まぁまぁ、ちょっと覗き見するだけだって。それに、新しいフィールドが開かれたのに行かないなんてゲーマーの名が泣くぞ」

「……オレはゲーマーじゃない。って、おい、待て引っ張るな!」

「それじゃディブロさん! 俺たちこのまま次のフィールド行きますね!!」

「お、おぉ……」

「……だから人の話を聞けー!」


 ずるずると引きずられながら抗議するが興奮しているシルバーに届かず、虚しい叫び声だけが響いた。

 新しく出現した道をシルバーに引きずられること1分。


「とうちゃーく!」


 やっと止まったシルバーの手が首から離れ、やれやれと首を振りながら振り返る。

 そこに広がっている光景に、オレは言葉を失った。


 《イジイの森》の緑とは違う赤色の世界。

 植物は膝より下しか高さはなく、周りを囲むのは歪な形の岩山。

 広大な大地がどこまでも伸びていた。


「…………」


 あまりに壮大な世界に、声が出ない。 

 そんなオレの隣で、シルバーが笑う。その笑みは、新しい玩具を手に入れたような、ワクワクが止まらないと体がうずうずさせていた。


「どうだファング」


 シルバーが前を向いたまま口を開く。

 

「スゲーだろこのゲーム」

「……あぁ」


 オレが素直に返事をしたのが珍しかったのか、目を丸くさせて視線をこちらに寄越す。

 だけど、それも一瞬だけで白い歯を見せた。


「それじゃ! 行くぞ!!」

「……えっ?」


 コイツ、ナニヲイッテイルンダ?


「新しいフィールドのマッピング、出現モンスターの種類に適性レベル、楽しみ方は無限大だ!」


 逃げようと、思った瞬間にはもう遅かった。

 再び首根っこを掴まられた。


「レッツゴー!」


 ボス戦での消耗は激しいようで、抵抗虚しく新しいフィールドへと連れて行かれるオレ。

 その後、荒野の入ったすぐの所でトカゲ型のモンスターによってデスペナルティになった。

 こいつを本格的にしめようと思ったのは言うまでもない。




 アバター名『ファング』 所持金92694E


 レベル:18  HP:1200  MP:520

 STR:70 INT:30 VIT:70 AGI:90 DEX:20 LUK:20 TEC:30 MID:20 CHR:20


 装備:ファイターグローブ ナイフ 冒険者の服 サラマンダーレザー


 控え装備:【強獣のブーツ】 【キングベアガントレット】


 保持スキル:【体術】Lv10 【索敵】Lv1 【強打】Lv2 【見切り】Lv3 【発見】Lv1


 控えスキル:【ナイフ】 【熊殺し】


 スキルポイント1



『【体術】Lv10達成。【格闘】が習得可能になりました』


『【グリズリーロード】の討伐を確認しました。【熊殺し】を習得可能になりました』


『【キングベアガントレット】を獲得しました』







UW(ユニークウエポン)【強獣のブーツ】を習得しました』



☆☆



 BGO最初のボス攻略。参加人数20名のレイド戦。準備も作戦も整えて出発したプレイヤーたちであったが、あと少しという所で初見殺しの技が炸裂。一気に形成は逆転し、あわや全滅となるかと思われた。

 しかし、その時颯爽尾と現れたのは二人のプレイヤー。


 片や銀色の髪を持つ剣士。

 片や灰色の髪を持つ拳士。


 彼らは前からパーティを組んでいるようで、今回のレイド戦ではボスの周りにポップする雑魚を相手にする役割を持っていた。 

 味方のピンチに颯爽と前へ出た彼らのことを、当時レイド戦で指揮をしていたプレイヤーはこう語る。


「あの時、誰もが全滅を覚悟してまたやり直そうと考える中、あいつらは最後まで諦めなかった。最初無茶だと言ったんです。けど、シルバー……あっ、銀色の剣士の方なんですけどね。なんて言ったと思います? 『面白そう』だそうですよ? 普通なら確実にクリアを選択する場面であいつだけは楽しさを求めた。それで本当に倒しちゃうんですから凄い奴らですよ」


 そんな彼らにもピンチがあったそうだ。

 残りHP2割からボスの初見技が灰色のプレイヤーに襲い掛かった。

 しかしその時、銀色のプレイヤーが咄嗟に庇いスタンに陥った。灰色のプレイヤーはすかさず仲間を戦場から離脱させる。


「シルバーを回復させている間、なんで庇ったんだって聞いたんですよ。そしたら、あいつ『借りがあるので』って言っていました。一体、何があったのかまでは聞いていませんね」


 その後、灰色のプレイヤーの動きに生き残ったプレイヤーが目が見開いたそうだ。


「あの回避は普通の人間には出来ませんね。想像できますか? すべての攻撃を最小限の動きでかつヘイトを管理しつつノーダメージで斬り抜けるなんて。あれはどう考えてもリアルで何かやってるやつの動きでしたよ」


 BGO最初にクリアされたボス攻略戦。

 歴史上初となる快挙を遂げた二人のプレイヤーを後に皆こう呼んだ。



 【銀狼】コンビと。





 

 

 


次でこの章ラストです。

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