第三十話 ボス攻略戦3
「シルバー……?」
「ディブロさん、もしよかったらですけどこいつ譲ってくれませんか?」
「え……って、ちょっと待て、お前二人だけであれを倒す気か!? HP残り少ないと言っても、攻撃パターンは既に変わっているし、また初見の攻撃があるかもしれない。ここは一度退いてから確実に……」
「うーん、ディブロさんの言うことは正しいですし。実際、そうした方がいいと自分も思うんですけど」
「だったら!」
「でも__」
「今、退いたらもう二度とこんな面白い状況にならないと思うんですよ」
唖然とするディブロさん。そりゃそうだ、こいつは危険だと分かっているのに、あえて危ない橋を渡ろうとしているのだ。オカシイ、絶対にオカシイ。
あっ、ディブロさんがオレの方見た。いいのか、と問うているようだ。
うーん、もはやシルバーのこういっ状況、慣れてしまったんだよなぁ。前、HP1からどれだけモンスター倒せるかという謎チャレンジさせられたなそういえば。
とりあえず、ディブロさんに向けて頷いておく。大丈夫です、よくあるので。
「……お前らがいいなら、構わないが」
「あざっす! よし、やるぞファング!」
「……へいへい」
あ~、火がついたな明らかに。まぁいいけど。
緊張感のある闘い、肌を刺激する空気。シルバーの言葉を借りるなら、ピリッ、とする。
シルバーのこと呆れていたが、この空気は嫌いじゃない自分もいる。存外、オレも好戦的な方みたいだ。
「……あぁ言ったけど、勝算あるのか?」
「ない!」
堂々と言ったよこいつ。
「だから余計面白そうだろ」
いたずらっ子のような笑顔のままそう告げるシルバー。その笑みは絶体絶命のピンチの場にいるのかと疑いたくなるほど清々しかった。
「……はぁ、よくもまぁ笑っていられるなお前」
「いやぁ、照れるな」
「……褒めてねぇよ。……で、どうする?」
「頭に入れている攻撃パターンは忘れた方がいいな。もう別物みたいだし。ファングの反射神経なら初見でも対応できるだろ。注意するべきは、さっきの範囲攻撃とあるかもしれない初見の攻撃。あとはいつも通りで」
「……分かった」
軽い打ち合わせを終えると、【グリズリーロード】の唸り声が轟く。怒っているのがよく分かる。
ボスのHPは残り3割。防御力は高いまま。攻撃も強いから喰らったらマズイ。
よし、必要最低限の情報は纏めた。あとはなるようにしかならない。
「さぁ、行くぜファング」
「……おう」
「GUUUUU」
ボスと対峙するオレとシルバー。誰もが沈黙してオレたちを見守っていた。
沈黙を破ったのはボスの方だった。
「来る!」
向かって来るボスは剣を振り上げ、勢いよく叩きつけた。左右に分かれるオレとシルバー。
オレは左へ、シルバーは右へと回り込む。
どちらの方に来る?
「GYOOOO!」
こっちか!
牙を剥き出しにし、鋭い眼がオレに向けられる。
ボスの剣がオレ目掛けて横へ振られる。ボスの巨体に見合う剣の間合いは長い。
「……チッ」
間合いの長さが気になってしまい、無駄に後退してしまった。
反撃するには遠い。
「シッ!」
ボスの背後から剣が振り下ろされる。隙をついたシルバーの攻撃がボスの背中に直撃する。
「まだまだ!」
一撃だけには終わらず、縦から横へ、上から下へ、無駄のない動きで剣筋が描かれていく。
「GYAA!」
「っと、あぶな」
シルバーの攻撃を嫌ってか、ボスは腕を大きく振り払いシルバーを遠ざけた。体を捻り躱し、バックステップで距離を置くシルバー。
おかげで、こちらの意識が削がれた。
空いた距離を瞬時に埋め、ゼロ距離に。
「……ふん!」
軽くその場から跳び、右の膝をボスの顔に当てる。そのまま空中で一回転。遠心力を利用して、脳天にかかと落としを叩き込む。
綺麗に入った!
「GUUUUU」
「……なっ」
確かに手ごたえを感じた攻撃。だが、ボスは表情一つ変えることなく、オレの足を掴むと。
「GROOOOO!!」
まるでボールのように軽々とオレを投げ飛ばした。
って! ヤバい!
どうにか体勢を変え、受け身を取る。地面を擦りながらもどうにか衝撃を殺せた。
チラッ、と自分のHPを確認する。
受け身を取ったが、それでもHPは減らされた。対して、向こうはあまり効いていないようだ。HPに大きな変動が見られない。
「GROOOOOO!」
「っ!」
雄叫びを上げ、巨体を揺らしながら迫る【グリズリーロード】。気づいた時には間合いは詰められ、奴の握る剣がオレを両断しようと襲い掛かってきた。
マズイ! 避けられない!
咄嗟にガード体勢に入るが、間に合わない。
「おりゃっしゃああああ!」
剣とオレとの間に気合の声が木霊し、シルバーが滑り込む。剣を横にして、両手で支える。
鈍い金属音が響き渡った。重たい衝撃に、ボスの攻撃を受け止めたシルバーの顔が歪む。
「ファング!」
つい大丈夫かと訊ねてしまいそうになる。しかし、それよりも前にシルバーの声が早く、オレを呼んだ。
オレは攻撃が失敗に終わり、宙に停止している剣の側面へ飛び乗る。狭い足場、だが一瞬あれば問題ない。拳を固め、渾身の力を注ぎ込む。
「【ブルホーンラッシュ】!」
【体術】スキル四連技。両手に光る拳をボスの顔へ。
右ストレート。左アッパー。右アッパー。そして左ストレート。
ボスの上体が後ろに反れ、バランスが崩れる。
「シルバー!」
背後にいるだろうパーティメンバーの名を呼ぶ。すると、返事をするかのように風が横から流れて行った。
右手に持つ剣に光が灯される。
「【スクエアスラッシュ】!」
重心が安定しないボスの体に、ひし形の模様が描かれると同時に【グリズリーロード】が吹き飛ばされる。
【片手剣】スキル四連撃。シルバーの攻撃により、ボスのHPもだいぶ削れた。
残り2割。だと言うのに、シルバーの顔は曇っていた。
「……おい、どうした?」
「……なんか、遅かった」
「…………は?」
「いや、なんでもない」
と言いつつも納得がいかないという表情のシルバー。なんだ? 何か問題でもあったのだろうか。
「畳み掛けるぞファング!」
「……あぁ」
とにかく、今は闘いの最中だ。集中しなければ。
頭を軽く振り、意識をクリーンに。倒れ込んだ【グリズリーロード】も起き上がり、オレたちを睨みつける。
現実でこんな眼をした熊と遭遇したら間違いなく腰を抜かしそうだ。だが、オレとシルバーは臆することなく真っすぐボスに向かって行く。
ボスのヘイトはシルバーに向けられた。
「GROOOOO!!」
怒涛の攻撃がシルバーに襲いかかる。
爪での引っ掻き、剣での薙ぎ払い、牙による噛みつき。一撃一撃がシルバーの命を刈り取ろうとしていた。
「よっ、ほっ、ていっ」
だが、重々しく迫力のある攻撃をシルバーは軽々と躱していく。それは格闘技をしている玄人とは違う、素人の動きでありながら無駄がなかった。
攻撃が全て躱されてボスであったが、怒りの咆哮を上げるとその場から飛び上がった。
「範囲攻撃来るぞファング! ガードしろ!」
「っ!」
シルバーの指示に腕を交差させ、来る衝撃に備える。
飛び上がったボスの巨体が地面に着地。重々しい音と共に衝撃波が周りに放たれた。
「……ぐっ!」
強い範囲攻撃にHPがどんどん減っていく。ガードが間に合わなかったら危なかった……。
ほっ、と胸を撫で下ろし安心していると。
その一瞬が油断と化した。
「GOOOOOO!!」
「……えっ?」
範囲攻撃を防いだ次の瞬間、雄叫びを上げながら【グリズリーロード】の体がすぐ目の前に迫っていた。
一瞬の出来事だった。
目の前に映る光景がゆっくりに見える。
これまで四足で行われていたはずのボスの突進。
なのに、オレに近づいてきているボスは二足歩行で身体全体を使っていた。
危機的な状況の中、不思議と思考はハッキリとしていた。
あぁ、死んだな。
冷静に、淡々とこれから起こる映像が容易に想像出来た。
とりあえず、衝撃に備えよう。
そう思い、目を閉じて体の力抜いた。
その時。
ドンッ
「……え?」
予想外の方向からの弱い衝撃に、思わず声が漏れ目を開ける。
開けてすぐに見えたのは、いつも見ていた笑顔だった。
「シル……!」
突き飛ばされたと判断した時、【グリズリーロード】の巨体がシルバーを吹き飛ばしていた。
宙を舞うシルバーの体。
目を見開かせるディブロさんたち。
鍛えあげた動体視力は、より鮮明にその光景を映していた。
ドサリ、と音を立て倒れるシルバー。彼のHPが緑色から黄色へ、黄色から赤色へと変化し徐々に減く。
ゆっくりと動いていたHPは数センチの所で止まった。
生きている。だが、シルバーの体が起き上がることはなかった。
「……なんで!」
HPは残っている。なのに、あいつは起き上がらない。
突進は四足歩行だったはず。なのに、さっきは二足歩行。さらに、範囲攻撃から次の攻撃に移る時間が速すぎる。
「スタンだ!」
「……スタン」
なんだっけ、えぇと、確か、シルバーが言っていたはず……えと、えと…………そうだ! 確か、攻撃の打ちどころが悪かった際になる異常状態。
簡単に言えば気絶したということ。
あの攻撃は、今までの突進とは違う。これが、初見殺し。
「GYOOO!」
マズイ! ボスがシルバーを狙って!
倒れ込むシルバーに【グリズリーロード】が剣を振りかぶる。
「させるかよ!」
止まっていたのが嘘のように、体が動き出した。
完全にオレから意識を外していたボスの背中へ蹴りを入れる。
体がブレ、剣先がシルバーから外れた。ごきんっ、と鈍い音が響き渡る。
ボスの意識がこちらに向く。それよりも早く、オレは倒れるシルバーの元へ駆け寄る。
「おい、シルバー!」
呼びかける声に返事はない。けど、オレを見て口をパクパクと動かしている。
どうやら意識はちゃんとあるようだ。
「……お前、なんで」
どうして庇った。あの場面で別に庇う必要なんてなかったはずなのに。
オレの疑問に、シルバーは笑ったままだった。
クソ、訳分からねぇ。
「……ディブロさん!」
「はい?」
「……こいつよろしくお願いします!」
「え、えええ!?」
とにかく、シルバーをここから移動させなければと思い普段張らない声を出し、シルバーの胸倉を掴む。そして、そのまま背負い投げの要領でディブロさんの所へ投げる。
「ちょ、ちょちょちょ!」
これまでオレたちの戦闘を静観していたディブロさんが焦りながらもしっかりとキャッチしてくれた。
「あぶねぇな。受け止められなかったら死んでいたぞ。おっ、お前も珍しく顔青くさせてるな」
遠くの方からディブロが何か呟いているが、気にしていられる状況ではない。
目の前で対峙するボスは唸り声を上げ、一人となったオレと睨みつける。
「GRUUU」
「…………」
状況は最悪。HPは残り2割、こちらは半分。
初見の攻撃。固い防御。攻撃力も高い。
相手はフィールドボス。通常数名のプレイヤーが組んで討伐される存在。それをたった一人で相手にしろって、どんな罰ゲーム?
だけど、シルバーがああなったのはオレの油断のせい。
だったら、せめて__
「……あいつが戻るまで時間を稼ぐ」
ギュッ、と拳を握りしめて宣言するように呟いた。




