第二十九話 ボス攻略戦2
【グリズリーロード】は通常攻撃として剣による薙ぎ払い、巨躯を使った突進、片方の腕による引っ搔き、一定時間毎に行われる威圧の効果を持つ咆哮が備わっている。
さらに高い耐久力とHPによる防御の硬さ、そしてポップするモンスターによる攪乱。決して初見で、また少数による攻略は出来ないモンスターだ。
しかし、そこはまがいなりにもモンスター。どれだけ強力だろうが、攻撃にパターンが存在する。
じっくりと時間をかけ、パターンを見極め準備を行えば負けることはない。
ゲームのモンスターなど大抵そういうものなのだそうだ。
「よしっ、半分切った! もう少しだ皆頑張れ!」
『おぉ!』
ボス攻略戦が始まり数十分。依然としてポップするモンスターと対峙している中、聞こえてくる覇気ある声で状況が分かった。
残りHP半分、ここまではどうやら順調のようだ。こちらの方も被害なし。順調だ。
「よっ! ほい! これで10体目!!」
目の前でシルバーが熊の体を斬りつける。
最後のHPが消え、熊も消えた。他のパーティの方もちゃんと対応していた。
どうやら雑魚モンスターを倒しても経験値は貰えるようで、ありがたいことにレベルも16に上がった。
ひょっとして、シルバーはこれを見越して援護役を? ……いや、ないな。
「今、ファングが失礼なことを考えている気がしたんだけど?」
「……気のせいだ」
こいつ、日々オレの心を読むようになっている気がするけど、これも気のせいだよな。
「ふぅ~、もうリポップしないかな?」
「……みたいだな。見当たらないし」
「だとしたら、ボスのHPが半分切ったからかな。多分ここからパターンも変わるだろうし」
しきりに指示を出すディブロさんたちの活躍を遠巻きに眺めながらシルバーが言う。
ボス攻略という経験すら初めてのオレにとっては「へぇ」としか言えない内容だ。
それにしてもちょっと疲れた。いくら雑魚だからって10体もモンスターを相手にしていたのだから当然だろう。が、モンスターがポップしなくなったのが分かった途端オレたちと同じように動いていたパーティはすぐにディブロさんたちの方へ向かった。いや、なんであんなに元気なんだか。
流石にあそこまでの元気がないオレは、休憩を挟むようシルバーに頼もうと視線を向ける。
「…………」
「……シルバー?」
唯一のパーティメンバーの方を見ると、何故か神妙な顔つきになっていた。
オレの呼びかけにシルバーは少し遅れて反応する。
「……え、あぁ、どうしたファング?」
「……いや、どうしたって言うか、お前の方がどうしたんだよ。そんな怖い顔して」
らしくない、というより珍しい表情に戸惑ながら訊ねる。
一体どうしたんだと言うんだ。しかし、何故かこいつの表情、どっかで見た事があるような……。
そうだ、PKに襲われているプレイヤーを見かけた時と同じ顔をしていたんだ。
そのことを思い出した時だった。
そわり__
「っ」
突如、背中に嫌な感触が走る。得体の知れない、掴みどころのない気配。
嫌な予感がする。
スキルじゃない、第六感が何かを告げようとしていた。
「ファング、なんか嫌な感じしないか?」
「……え?」
「なんかピリッ、とする」
「……ピリッ、と?」
シルバーの要領を得ない言葉に首を傾げるのと同時に、何故だろう言いたいことは分かる気がした。
もっと詳しく聞こうと再び口を開こうとした。
『ぐわああああ!!』
「っ!?」
途端、遠くの方から複数の悲鳴が響いた。
オレは驚いて声の方を反射的に向ける。
「……なっ」
視界に広がる光景に音が漏れる。
倒れ込む者、彼らを回復させようと魔法をかける者、宙を舞う光のエフェクト。
それはよく知っているエフェクト。モンスター、そしてプレイヤーが死亡したことを表すものだ。
そして、彼らの目の前に立つモンスター。
「……なんで」
順調だったはず。なのに、どうして今倒れているのがプレイヤーたちなんだ。
動揺、戸惑い、疑問。脳内を支配する思考がオレの動きを止めていた。
だからだろう、ボスの攻撃動作に咄嗟に声が出なかった。
「っ!? 全員避けろ!!」
先に気づいたディブロさんが叫ぶ。
ほぼ同時、ボスはその巨体からは想像できない跳躍を見せた。
「GYOOOOO!!」
『ぎゃあああ!』
高く跳んだボスは勢いよく地面に着地。その際に生じた衝撃波が周りにいたプレイヤーを巻き込んだ。
ディブロさんの声に反応出来たのはごくわずか。ほとんどのプレイヤーは光の粒子と化した。
今回ボス攻略戦に参加したのは20名。
そして、現在生き残っているプレイヤーは7名。半分以上も減ってしまった。
なんていうことだ。20名もいてこんなことになるなんて。
きっと、オレ以外のプレイヤーも思っただろう。
無理だ、と。
たった7名で、いくら残りHPが3割になっていたとしても。
あっという間に形勢を逆転させたボスモンスターに太刀打ちできるはずがない。
別に、攻略は今回だけではない。今回の失敗を糧に、次回頑張ろう。
誰しもがそう結論づけ、諦めたことだろう。
あいつ以外は。
「ファング!」
ほとんど反射だ。何十回と聞いた声に、そしてそれがどんな意図で発せられたものかに体が勝手に反応していた。
地面を蹴り、ディブロさんよりも前へ。
振り下ろされた剣がディブロさんに届くよりも前に。
キーン!
音が響いた。重々しく、甲高い金属音。
煌めく銀色を視界の端におさめ、置きざりにした。
間合いを詰め、下半身に蓄えられた力を爆発させる。
「【トーショック】!」
光を帯びた右足がボスの顎を捉えた。
「GRUU!?」
敵の上半身のバランスが崩れる。
攻撃態勢を戻そうとする傍で、再び銀色の光が視界に入った。
「スイッチ!」
声に出されるよりも前に体が後ろに下がっていた。
キラリ、と光ったのは果たして剣かそれとも髪だったか。
「チェスト!」
横一閃。声と共に放たれた鋭い剣筋がボスの体に刻まれた。
攻撃の手は止まらない。
振り抜いた剣の勢いをそのままに体を回し、あいつはボスの頬に蹴りを加えた。
「スイッチ!」
反転しながら奴は叫ぶ。
その言葉に、オレも動く。未だあいつの攻撃によってよろめくボスの腹目掛けて拳を固めて突撃。
「【ピースロック】!」
固い感触がした。まるで岩を殴っているかのような硬さ。
だが、貫通した拳の勢いは相手を強制的に後退させた。
僅か数秒の出来事。たった三度の連携攻撃。
こんなものなんの特別なものでもない。どこにでもある、誰しもがやっていること。
なのに、ディブロさん含むその場にいたプレイヤーたち全員が目を丸くさせた。
「攻撃パターンが変わるのは分かるけど、初見殺しな技があるとはね。情報見誤ったな」
そう言う声は、どこか楽しそうで浮ついた心を表す。
「……おい、咄嗟に出てしまったけど。大丈夫なのか?」
その声は、不安な言葉とは裏腹に落ち着いていた。
「大丈夫大丈夫!」
隣から相変わらず能天気な答えが返ってきた。なんの根拠のないセリフに、もはやため息も出て来ない。
オレの呆れに気づいているのかいないのか。なおもニコニコと笑いながらオレの唯一のパーティメンバーはハッキリと告げた。
「こんな面白い場面、見逃す手はない!!」




