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第二十七話 歴地化学部



 ウチの学校は各学年の教室と職員室、及び図書室があるのが新校舎。被服室や理科室など、教科ごとで使われる教室などがあるのが旧校舎となっている。新校舎から旧校舎までは渡り廊下を一本真っすぐ進むだけなので、迷うことはない。

 しかし、掲示板で見かけた部活場所である理科室は旧校舎の端の方にあり一年生の教室からは少し遠い位置になっている。それに、まだ入学したばかりなので一つ一つの教室を確認しながら進むことになり早ければ5分くらいの道をじっくり10分以上かけてしまった。


「……ここか」


 そんな苦労をして到着した理科室。実験などをする時に使われると思う教室からは音は聞こえず、人がいるのか怪しい。実際、今日は新学期始まったばかりで、しかもポスターには活動日時なんかも書かれていなかったので、人がいない可能性もある。

 あれ、ひょっとしてミスったか?

 しかし、ここまで来て帰るのもあれなのでとりあえず扉をノックしてみる。


 コンコン


 軽く二回扉を叩き、待つ。だが、中から反応がない。

 ……これはひょっとして本当に誰もいないのかもしれない。


「……ふぅむ」


 いないのならしょうがない、と元来た道を引き返そうとした時。


 ドンッ!


「っ!?」


 理科室から何か物が落ちる音が響いた。えっ、なんだ一体。

 今の音、何か重たいものが落ちたような……。

 こういう時、怖いと感じながらも気になってしまうのは人間の性というものだと思う。

 おそるおそる扉に手をかけて、ゆっくりと開ける。って、鍵開いてるのかよ。


「……しつれいしまーす」


 小さな声で挨拶して、顔を覗かせる。

 教室の電気はついていない。小学校でも見た大きな机に、木製の椅子が並べられており前方にはホワイトボードがある。どこにでもある普通の理科室だ。

 中へ入り、音がした方へ向かう。結構前の方でしたような……。

 周りをキョロキョロ、と見ながらホワイトボードの方に歩いている。


 コンッ


 …………おや、なにか足元に固い物体が。

 薄暗い理科室、場所が悪いのか外の光もあまり入ってこない。そんな薄気味悪い状況で、オレはゆっくりと視線を足元へ向けた。



 うつ伏せで倒れている女子生徒の姿が、そこにあった。



「~~~~~!!?」


 声にならない叫びが喉から湧き出る。

 地面に横たわる誰とも知らない女子生徒。ピクリ、とも動かない姿はまるで屍のようだった。

 おおおい!! これどうなってんだよ! えっ、なにこれ救急車!? それとも警察か!?

 驚きすぎて早口になる。勿論、口には出せていないが。


「う、う~ん?」


 慌てふためくオレを他所に、屍となっている女子生徒から微かな声が。

 えっ、生きてる……?

 足元から聞こえた声に冷静になったオレは再び女子生徒を見る。すると、声の主と思われる女子生徒の体がむくり、と起き上がった。


「くぅわ~……ん?」


 欠伸をしながら、顔を上げた女子生徒は、寝足りないのか目を閉じかけている。けど、その奥にある瞳とバッチリ目があってしまった。

 沈黙が薄暗い理科室に流れる。

 ……き、気まずい。


 なんとも言えない空気に、オレはどうすればいいのか頭を悩ませているといまだにおぼろげな目の女子生徒が先に口を開いた。


「……誰?」



☆☆



「いやぁ、悪かったね。まさか見学者が来るとは思わなくてつい寝てしまっていたよ」

「……はぁ」


 現在、オレは先ほどの女子生徒と机を挟んで向き合って座っている。

 肩まである髪は寝癖のせいか、ぴこんっ、と跳ねている。おぼろげな目ではあるが結構ハキハキとした口調から起きてはいるようだ。

 どうやら、理科室で聞こえていた音はこの人が椅子を並べて寝ていて落ちた音だったようだ。こんな狭い場所で寝るか普通。マジで焦ったわあれ。


「そういやぁ、自己紹介まだだった。私、二年の草部(くさべ)花奈(はな)。よろ」

「……一年の灰原敦獅です」


 ペコリ、と頭を下げる。こういう年上への敬語とかはジムで鍛えられているのでスラスラ出る。こういう時、父さんの交流の広さが役に立つ。


「それにしても、どこでこの存在を知った訳? こんな世界の端っこのような場所にある小さな部活を」


 いや、ここ普通に旧校舎の二階だよな。そして、部員とは思えない発言。


「……掲示板にあるポスターを見て。あの、ここってどういう部活なんですか?」

「ん? そのまんまの部活だよ。歴史地理化学部、略して歴地化学部(れっちかがくぶ)


 あっ、あれ、『れっちかがく』って読むんだ。


「一言で言えば、歴史オタクと化石オタクと化学オタクの集まり。でも、それぞれ部に部員が集まらなくなって廃部になりそうだったから纏めちゃった部。普段は各々好きなように過ごしてるよ」


 草部先輩の話を聞く限り、結構ゆるい部なんだろうか。


「……ていうことは先輩も?」

「あぁ、私は別にどれでもないよ。ただこの学校部活強制でしょ? ラクそうでいつでも寝てもオーケーだったから入っただけ」

「……なるほど」


 どうやら草部先輩は熱心に活動するタイプの部員ではないようだ。まぁ、そっちの方がありがたいけど。


「……ちなみに、他の部員は?」

「化石オタクは今日は博物館。化学オタクと歴史オタクは日直みたいで遅れるらしい」


 となると、この部は草部先輩を合わせて四名。文化部にしても随分と少ないな。

 個人的に歴史オタクという人に興味がある。馬が合いそう。


「部についての説明はこんなものだけど、他に質問は?」

「……いえ、特に」

「そ、なら、私はもうちょっと寝るから適当にくつろいでいて。どうせ、すぐに他の奴らも来るだろうし」


 そう言うと草部先輩は腕を枕にして眠ってしまった。

 寝るのはやっ! ていうか、放置かよ……。


「……えぇ~」


 普通、見学に来た新入生を放置するかよ。ゆるいにもほどがある。

 たった二人だけの空間に、何故か一人取り残されたオレはどうしていいのかとオロオロさせていると。


「うぃ~す、って誰もいない…………あれ?」


 ガラガラ、と開かれた理科室の扉から見知らぬ女子の顔が現れ、オレを視界に捉えた。


「ん、どうした依織……え、誰?」


 さらにその隣からは背丈が高い男子がオレを怪訝な表情で見た。

 突然現れた二人に、オレは固まってしまい何を喋ればいいのか分からなくなってしまった。

 しかし、すぐに最初に姿を見せた女子が口を開いた。


「あぁー!! ひょっとして入部希望!!」


 テンション高く声を上げると女子は理科室へ入り、オレの目の前まで近づく。恐らく、口ぶりからして先輩だろう。

 近くまで来た女子は長い髪を右側で編んでおり、人懐っこい笑みはその人の性格を表しているようだった。

 

「私、吉川(よしかわ)依織いおり! よろしくね」

「……えぇと、一年の灰原敦獅です」


 この無駄にテンションが高い所、なんかシルバーに似ている。前までだったら驚いて喋るなんて出来なかったけど、慣れてしまったみたいだ。


「ねぇねぇ! 灰原君は何が好きなのかな? 宇宙化学? コロイド化学? あっ! それとも、ホットアトム化学か?」


 おぉと、この人一体何を言っているんだ?


「おい、依織、落ち着け。お前のその無駄知識に目を丸くさせてるぞそいつ。そして、草部、お前も起きろ」


 早口でまくし立てる吉川先輩の肩をぐい、と引き男子生徒はオレから離してくれた。

 た、助かった……。

 胸を撫で下ろすオレに、吉川先輩を離してくれた先輩が声を掛けた。


「悪いな、こいつ落ち着きないから。俺は二年の三城田(みきた)俊祐(しゅんすけ)だ」

「……どうも」


 オレよりも10センチ以上高い位置から見下ろしながら三城田先輩は手を差し伸べてくる。伸ばされた手を握り返す。


「まぁ、そう固くならないでくれ。ここ、上下関係とか気にするような奴いないから」


 オレの表情が動かないのを見てか、三城田先輩が優しい声色で言う。……すみません、この顔は生まれつきなんです。心の中で謝罪する。


「そもそも、この部三年生いないしねぇ」

「……そうなんですか?」

「あぁ、うん、今いる部員全員二年だよ。俺たちが一年生の時それぞれの部にいたのは全員三年生だったんだ。けど、卒業しちゃって部員が減ったから廃部になりそうだった所で三つの部を合併させたんだよ」


 なるほどな、この部人間関係も結構緩いらしい。そもそも全員同級生しかいないのなら気にする必要もないか。それに、さっき先輩も言ったように上下関係が緩いのは助かる。運動部のような年功序列というのはどうにも性に合わないし。


「それで、灰原君はどうしてウチに?」


 三城田先輩のおかげで冷静になったのか、吉川先輩がニコニコと訊ねてきた。

 

「ほら、ウチってさ言っちゃなんだけど好き好んで来るような部じゃないじゃん」


 草部先輩のようなことを言ったこの人。部員だよね?

 しかし、訊ねられたのでツッコミを入れることなく正直に話してみる。


「……えぇと、あまり入りたい部がなかったのもそうですけど、オレ歴史とか興味ありましたし……まぁ、それで」

「ほう……」


 近くから三城田先輩がそう呟いたのが聞こえた。

 興味深そうにオレを見て、一歩近づいてくる。


「好きな歴史上の人物はいる?」


 と、試すような眼で問いかける三城田先輩。

 好きな歴史上の人物、か……。数秒熟考した後、答える。


「……本多忠勝ですかね」


 本多忠勝は戦国から江戸初期にかけた武将で徳川家に仕えていたと言われている。

 頭もよく、武人としても数多の手柄を取り結構マニア的には有名な人だ。

 こういう時に、マニアックな答えを出して自分の知識をひけらかす人がいるがオレはそういうの苦手だ。というか、好きな武将に王道もマニアックもないと思う。


「…………」


 オレの答えに三城田先輩は無言だった。

 しかし、それも数秒だけで次にはニコリ、と朗らかな笑みを浮かべた。


「そっか、俺も好きだぞ。まぁ、俺的には上杉四天王が一番だけど。いや~! こういう話が出来る奴が出来て嬉しいぜ!」


 本当に嬉しそうにそう告げた。

 

「えぇ~、灰原君、そっち側の人間~? ちぇ~」


 ふと、オレと三城田先輩の間から不貞腐れた顔で吉川先輩が入って来る。


「話が逸れちゃったけど、灰原君。確認なんだけど、入部希望っていうことでいいのかな? 多分、花奈から部活についての説明は聞いてると思うけど」


 吉川先輩の言葉に、オレは言葉を詰まらせる。

 うっ、今日はあくまで見学だけの予定。けど、先輩たちの話を聞くといいなと感じたのも事実。うぅん、悩ましい。

 オレが悩んでいるのを感じ取ったのか、三城田先輩が朗らか笑みのまま告げた。


「ちなみに、ウチに入れば部活動として城跡巡りとか出来るぞ」

「これからよろしくお願いします」


 この日一番流暢に喋った。



 

 





 

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