第二十五話 スキル構成2
【ギルド会館】の中は思った以上に広かった。円状に広がる空間には、人が集い、NPCも多く見られる。
正面には受付があり、数名のNPCが一ミリの揺れもなく立ち、左右には食事できるスペースと店、あとは並べられている円卓と椅子が多目的ホールを彷彿とさせていた。
「えぇと、ガイドブックは確か受付で聞けばいいんだっけ」
シルバーの後ろから物珍しさに辺りをキョロキョロ、と見渡す。中心街の活気と景観には目を奪われるが、ここも一段と活気に溢れている。その大半がNPCであるのだが。
シルバーの後を追い、受付まで着くとシルバーは迷うことなく用件を伝えると受付のNPCから一冊の本を手渡された。
「……へぇ、これがガイドブック」
「そう、お金払えば買い取りできるけど荷物になるから貸出で十分でしょ。お金もかからないし」
受付から少し離れた多目的ホール。並べられた円卓の席に着くとオレは円卓の上に置かれた本を凝視していた。厚さは文庫本ぐらいあり、装丁は幾何学模様を描いた綺麗なものだった。
「それじゃ、ちゃちゃっと決めていこうぜ。今日中にある程度数は揃えておきたいし」
シルバーはそう言うとガイドブックのページをめくる。
スキルガイドブックというタイトルが綴られ、その次のページに目次が書かれてあった。
スキルは種類分けされており、前衛向き、後衛向き、中衛向き、回復系、補助系、とその人のプレイスタイルでスキルを引けるようになっている。
えぇと、オレは前衛向きだから、と指定されたページをめくる。
「…………う」
目的のページをめくった瞬間、思わず顔をしかめた。
多い。スキルって、こんなにあるのかよ。
ガイドブックにずらり、と並べられている文字。国語辞書を彷彿とさせる。
えぇと、基本となる武器系スキルに、魔法やらなんやら。これ、今日中に読み終えられるか?
「……これ、どう選べがいいんだよ」
「まぁ、これだけ多いと悩むよね」
今持っているのが【体術】スキルだけ。それ以外のスキルって、どんなものがあるんだろうか。
ガイドブックに載っている情報をゆっくりと読んでいく。
「……そもそも、何を基準に選べばいいのか分からないな」
「う~ん、そうだなぁ。まずは、索敵系かな。モンスターがどこにいるのかを知らせるものや、自身の危険を知らせるものがある。あとは、その人のプレイスタイルにもよるけどバフ、デバフ系とかかな」
バフはたしか、自分及び味方に強化などをするもので。デバフがその逆で敵に異常状態を付加させるものだったはず。シルバー由来の知識、我ながら随分と覚えたものだ。
にしても、索敵か。確かにあったら便利そうだな。いち早く敵を発見できたら対応も楽だし。
「それから、職種とかを意識する人は多いな。このゲーム、ジョブはないけどやっぱスキル構成によってある程度特徴は出るから、それを考えるのも一つだな。例えば騎士とかなら、盾とか、神官なら回復系なんかもあるよ」
「……ふむ、なるほど」
「こんなものだけど、考えられそうか?」
「……まぁ、頑張ってみるよ」
シルバーからの助言を受け取り、再びガイドブックへ視線を落とす。これから始まるボス戦もそうだけど、その先のことも考える必要がある。
自分がどうなりたいか。
結局、考える上でそれが大事になる。こればかりは、自分で考えないと。
隣のシルバーがのんびりとしている中、小一時間ほどガイドブックとにらめっこすることになった。
☆☆
「えぇと、【索敵】、【強打】、【見切り】、【発見】か……。うん、悪くないんじゃないか?」
「……そうか」
頭を悩ませて決めたスキルをシルバーに確かめてもらうといい反応が返ってきた。頭から湯気が出るのではというほど考えた甲斐があったようだ。
自分の出来栄えにうんうん、と頷いているとオレの選んだスキルを眺めていたシルバーが顎に手を当てて神妙な顔つきになる。
「この編成だと、ファングはシーフとかになりたいのか?」
「……うん? シーフ?」
「盗賊だよ。まぁ、簡単に言うと罠とかを見つけて味方に危険を知らせる役割のこと」
「……いや、特に考えずに選んだだけだ。なんかあったら便利だなぁって、感じで」
「ふ~ん、本能的な何かかな。ま、こっちとしてもありがたいけど。それで? あとスキルポイント一つあるんだろ。もう一つはどうするんだ?」
「……まだ考え中」
今挙げたスキルを全部習得しても、スキルポイントは確かに余る。けど、これ以上考えるのは、正直きつい。もともと考えるのは得意じゃないし。
シルバーはオレの無表情な顔を見ると、「そうだな」と言った。
……もしかして、オレの顔から疲れを感じたのか? この表情筋一つ動かない顔で?
「そうと決まればさくっとスキル取りに行こうぜ。もうボス戦明日だし」
「……おう」
シルバーに対して僅かに慄いていると、シルバーが席を立つ。慌ててオレも席を立つと、ガイドブックを受付に返し【ギルド会館】から出て行く。
「……明日のこと、ディブロさんから何か聞いてるか?」
明日、いよいよ始まるボス戦。あの日の話合い以外に集まることはなかったけど、大丈夫なのか。
オレの言葉に、シルバーは「あぁ、そういえば」と言ってから続けた。
「明日は9時ぐらいに噴水広場に集合だって。そこから《イジイの森》に移動、フィールドボスがいる手前ぐらいで最終確認してから挑むらしいぞ」
「……そういう連絡、もう少し早く言って欲しかったんだが」
「あぁ、悪い悪い。今日中には言うつもりだったんだけど」
謝るシルバーだが、その顔は本当に悪いと思っているように見えない。まぁ、別にオレも怒っていないから、腹も立たないが。
ていうか、こいついつディブロさんから連絡貰っているんだ? オレの方には……って、あの人とフレンド登録してないから仕方がないのか。そういえば、シルバー以外の人とフレンド登録したことないな。
「……お前、フレンド何人いるんだ」
ふと、気になって訊ねる。
本当にちょっと、軽い気持ちで聞いてみたつもりだった。
「えぇと、50人くらいかな?」
「…………」
何気なく答えた数に、オレは唖然となった。
ご、50人……。このゲーム、始まって一週間ぐらいなんだが。い、いや、普通そんなものなのか? オレがそれほどまでにコミュ障なのか?
「……お前って、お前だよな」
「は? 何言ってんだ急に」
オレの呟きにシルバーはキョトン、と首を傾げて訊き返してくる。
オレも自分で何を言っているのだろうと思ったのだが、シルバーという人間のどれだけ自分と違うのかと改めて再認識出来た。
「……はぁ」
「え、今度はため息って、俺何かしたか?」
「……いや、こっちの問題だから気にするな。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、うん! 明日はいよいよボス攻略だからな! 気合入れていかないと!!」
オレを心配そうに見ていた態度から一変。いつもの明るい姿に戻り、拳を空へ突き上げるシルバー。
そんな彼の背中を眺めながら、もう少し周りと接する努力をしようと密かに思った。




