第二十三話 部活動見学2
なんやかんでスポーツテストも無事に終わり、教室へと戻ってきた。周りは、スポーツテストの結果がどうだったのか、友人と会話の種にしている様子が見える。
それにしても、スポーツテストでの空気はきつかった。あそこまで会話がないというのも中々ないのではないだろうか。そこまで自分は怖がられているのかと少し心配になってきた。
「……はぁ」
最近、加賀やシルバーみたいにオレを受け入れてくれる人がいるから忘れていたが、元々自分はいい噂されていないのだ。悲しいが、当たり前のことである。
「……っと、そんなことより移動しないと」
体育の授業の次は部活動紹介の時間だ。一年生は全員体育館に集合しなければならない。教室を見渡せばもう多くの生徒が移動しており、残っているのは少ない人数だけだった。
「灰原君っ」
「……ん?」
教室を出ようとした時、またもや背後から声が響いた。今日はよく声を掛けられる日だ。
振り返ると、制服姿に戻った加賀ともう一人いた。スポーツテストの時に見た女子だった。何やら睨まれているのは気のせいじゃないだろう。
「……なに?」
「一緒に行こうよ」
加賀からの嬉しい誘い。全く持って断る理由はない。ないのだが___
「…………」
先ほどから、加賀の背後に立つ女子からの異様な圧力がオレに返事させるのを阻んでいる。
え、なに、凄く怖いんですけど。
加賀に助けを求めるように視線を寄越す。しかし、加賀はニコッ、と微笑むだけだった。どうやら友人の表情に気が付いていないようだ。
「…………」
どうしたものか。正直、断りたい所であるが善意で誘ってくれている加賀に悪い。それにこの機を逃せばとうとう本当にボッチになってしまう。
もう一度、彼女たちを見る。加賀は目をキラキラとさせて、加賀の友人は相変わらず睨んでいる。
まるで正反対な表情の二人に、たじろいでしまいそうになる。そこをなんとか踏ん張り、決断する。
「……な、なら、お願いしようかな」
刹那、加賀は嬉しそうに顔を綻ばせる。嬉しそうな顔は、妹を彷彿とさせてなんだか和む。
「チッ」
反対に、加賀の友人から鋭い舌打ちが聞こえてきたがこっちは気にしたらダメだと自分に言い聞かせる。だって、せっかく誘ってくれた加賀の厚意を無駄にはできない。
教室を出て、体育館への道のりを歩く。体育館はオレたちがいるA棟から科学室や被服室などがあるB棟を挟んだ場所にある。外から行く以外に体育館へ行くためには、一度B棟を通らないといけない。
「それで、灰原君。部活なににするか決めたの?」
体育館への道すがら、加賀が訊ねていた。
「……いや、まだ決めてない」
「そっかぁ、ちなみに運動は苦手なの?」
「……どっちかと言うと得意ではある」
小さい頃からジムや父さんとのスパーをしていたおかげで、運動が苦手となることはなかった。今考えるに、あの頃やっていたことは決して子どもがやるようなものではなかった。下手したら死んでいたかもしれないような内容も多い。オレ、よく生き残れたな。
かつての記憶に遠い眼をしていると、加賀の隣からぶっきらぼうな声が聞こえた。
「そりゃそうでしょね」
冷たく、突き放すような物言いに加賀はオレと反対に位置する女子の方を見た。
「りっちゃん」
「……ふん」
……なにか気に障ったようだ。りっちゃんと呼ばれた女子はツン、と加賀から顔を逸らした。
困った表情を浮かべる加賀はオレの方に顔を戻す。
「えぇと、灰原君。紹介するね、隣のクラスの木嶋梨津ちゃん。私の友達、りっちゃんって呼んでるの」
「……あぁ、入学式の時クラス離れた友達って」
「うん、りっちゃんのこと」
あぁ、なるほど。だから体育の時加賀を連れて行ったのか。きっと、木嶋も加賀とクラス離れて寂しかったのだろう。友人が知らない別の誰かとペアを組むのが耐えられなかったのかもしれない。得心がいった。
なんとも微笑ましい出来事に心が和む。
「な、なによ、その生温かい眼は」
視線だけこちらに向けていた木嶋が少し後ろへ下がり睨みつける。おぉと、表情変わらないけど視線が心情を物語っていたようだ。木嶋がまるで警戒する小動物のように見える。
「……木嶋と加賀は仲がいいんだなと思って」
「なっ、べ、別に普通よ普通」
「……そうか」
素直なオレの言葉に、木嶋は顔を僅かに赤くさせそっぽ向き加賀は嬉しそうに笑った。
いいなぁ。オレもこんな風に一緒にいてくれる昔からの友達が欲しかったな。もう遅いが。
ふと、シルバーの顔が脳裏を過る。今頃、あいつも入学式か。あいつの事だから、初日からクラスメイトたちに声をかけまくっているに違いない。そんな想像が簡単に出来てしまい、口元が脱力してしまった。
「あ……」
すると、隣を歩く加賀から吐息が漏れ出したかのような声が発せられた。加賀はじっ、とオレの顔を眺めて呆然とする。
「……ん、どうした加賀?」
「え、あ、いや、なんでもない」
視線を感じて訊ねると、加賀は慌てて両手を振る。彼女の態度に首を傾げるが、本人が何でもないと言っている以上、何も言えなくなった。
「……ちゃんと笑えるんだ」
その時、ポツンッと呟かれた言葉はオレの耳には届かなかった。
☆☆
体育館に着くと、既に大勢の一年生が集まり並んでいた。まだ時間に余裕があるというのに、皆楽しみにしていたのだろうか。
「それじゃ、私自分のクラス行くから」
「うん、またあとでねりっちゃん」
片手で自分のクラスの方を示しながら、加賀と話すと木嶋はそのまま歩き出す。
その前に、一度オレの方に顔を向ける。相変わらず、睨みつけるような鋭い目つきだった。
「………じゃ」
「……あ、あぁ、うん」
結局、最後までよく分からない人だった。分かったことと言えば、加賀と仲がいいということだけだし。それと、木嶋がいるのに加賀はどうしてオレを誘ってくれたのかも疑問だった。
「……なぁ、加賀」
「うん? なに?」
「……オレ、木嶋になんかしたかな? すげぇ、睨まれていたけど」
「えっ、えぇと~、そ、そんなことないと思うよ」
若干口調がどもっているのは、オレの考えが正しいということだろうか。やはり、木嶋は何故か知らないがオレの事が嫌いらしい。嫌われる理由に思い当たる節はない。が、あるとすれば例の件だろう。
「……オレ、怯えられているんだな」
「灰原君……」
加賀にもオレの言いたいことが伝ったようで、なんとも言えない声が加賀から漏れる。その声で、正解であると分かる。木嶋は、例の件でオレを警戒しているのだろう。
「……ま、しょうがないような」
「そんなことない!」
溢した言葉をかき消すように、加賀から大きな声が発せられる。突然の出来事だったことと、言い表せない迫力にオレは思わずたじろいでしまった。しかし、当の加賀は興奮しているのか早口でまくし立てる。
「灰原君は全然悪くないよ! あの件だって私を守ろうとしてくれたんだし! そもそも、灰原君とってもいい人なんだからちゃんと自信持たないとダメだよ! りっちゃんだって灰原君と話せば分かってくれるずだから!」
はぁはぁ、と一息で話した加賀は肩を激しく上下させる。若干顔も赤くさせて、慰めの言葉を紡いでくれる。
その言葉に、胸の内に広がっていたくらい空気がすぅ、と晴れて行くのように感じた。
「……ありがとう、加賀」
一瞬、「悪いな」と言いそうになったのを寸での所で止めた。こういう時、シルバーなら謝ったりしない。というか、謝ったら逆にあいつ怒りそうだし。
オレの言葉に、加賀は一度キョトン、とした表情を見せたがすぐにいつものような明るい笑顔になると。
「うん、どういたしまして!」
と、元気な声で返事をしたのであった。




