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第二十二話 部活動見学1


 

 翌日。

 寝ぼけまなこでまだ着慣れていない制服に袖を通す。やや大きめで違和感が拭えない。

 昨日身に着けた防具はあんなにもしっくりとしたというのに、どうしてだろうか。


「……おはよう」

「あら、おはよう敦獅。今日は自分で起きたのね」

「……まぁ、もう中学生だし………杏沙は?」

「もう出かけたわよ。今日、花壇の水やり当番だって」

「……そう」


 リビングに出るとキッチンに母さんだけだった。父さんは相変わらず海外だし、いつもなら元気に挨拶する妹の姿がないためにどこかリビングは物静かだ。


「ほら、さっさと朝ごはん食べなさい」

「……はーい」


席に着くなり母さんが早口でそう促す。

朝食は、焼き魚と味噌汁それとご飯。まさに日本の朝食といったメニューだった。


「淳獅、今日から学校1人で行かないといけないけど大丈夫?」

「……大丈夫、普通に行ける」


 道順は昨日の入学式で既に把握している。家からそんなに遠くもないし歩いていけるのでお母さんの心配は無用だ。

 しかし、昨日の自己紹介での失敗が頭をよぎる。あれで印象を悪くしてしまったのではないだろうか。

 そんな心配が呆然と頭に思い浮かんだ。

 行きたくないなぁ。口には出さなかったがその言葉がオレの心の中で呟かれた。

 だが、そうも言っていられない。もしも不登校なんてことになったら母さんから何されるか分かったものじゃない。命がいくつあっても足りない。


 行くも憂鬱、下がるは地獄。四面楚歌な状況に深いため息が漏れのであった。



☆☆



 人気の多い学校に到着。昨日通った教室の道を思い出しながら進み、扉を開ける。

 開けた瞬間、ガヤガヤとした喧騒が一気にオレの耳に入ってきた。突如として静かだった自分の世界が、一気に違う色に染められたような感覚に陥る。少しだけ酔いそうになった。

 元気なクラスメイトたちの声を耐え、重い足取りで席に着く。

 ふぅ、席に着くだけで疲れる。何故か知らないが、自分に視線に集まっているような気がする。

 流石に自意識過剰だろうな。気のせいだ。


「あっ、おはよう、灰原君」

「……あぁ、おはよう、加賀」


 席に着くと、隣から親しみの籠った声が発せられる。声の主を見れば、愛嬌のある笑みを浮かべる加賀がご丁寧に朝の挨拶をしてくれていた。

 ほぼボッチ状態だったこれまでとは違い、挨拶を交わせるような人物がいるというのはなんて贅沢な事だろうか。去年のオレが聞いたら驚くだろう。

 ………にしても、なんか周りが騒がしい気がする。


「……なぁ、加賀。なんか教室ざわついていないか?」

「そうかなぁ? あっ、今日、スポーツテストとか部活動紹介とかあるからかも」


 オレの疑問に首を傾げながらも加賀は答える。

 スポーツテストは、いいとして。部活動、かぁ……。体は最近、地下のトレーニング場使っているし、ジムにも行っているから十分だ。他に何かやりたいことなんてないしなぁ。


「……加賀、部活どうするんだ?」

「私? 私は、友達とテニス部に入ろうって思ってるんだ。灰原君は、何かやりたい部活ある?」

「……んや、オレは別にやりたいことあるからいいかな」


 それに、こんところ夕方か夜はBGOにいるしな。部活していたらBGOにログインする時間がなくなってしまう。

 ……なんやかんやでオレ、実はゲームにハマっているな。これ、本当にほどほどにしないと母さんに怒られるかも。

 脳内で怒りの形相を浮かべる母さんを想像していると、隣から「えぇ~と」と遠慮気味に加賀が口を開いた。


「灰原君、その……ウチの中学、部活強制入部だよ」

「……えっ?」


 間抜けな声が出た。心なしか顔もキョトンッ、となっていた(実際は無表情だろうが)。

 

「……嘘」

「ホントだよ。私、おねぇちゃんもここの中学だから知ってるよ。必ずどこかの部活動に所属しないとダメだって言っていたよ」

「……オゥ、ノォ」


 加賀からの予想外の言葉に、片言英語が出てきてしまった。

 え? つまり、絶対部活はしないといけないの? このオレが? ボッチのオレが?

 

「………………詰んだ」


 出来る訳がない。ただでさえ口下手の上、表情筋が死んでおり、かつオレを取り巻く噂がいまだ払拭されていないこの状況で、平和に部活が行えるとは思えなかった。

 絶望的な現実に、机に顔を突っ伏して目を背けようとする。


「えぇと……」


 そんなオレに、加賀は困ったように言葉を詰まらせていた。いや、加賀が悪いんじゃない。そう、彼女はただ真実を新設に教えてくれただけなのだから。

 だが、時として真実は人を不幸にさせる。今のオレがその例。

 

「そ、そんなに部活したくないの?」


 過剰な反応に、純粋に疑問に思ったのだろう加賀がそう訊ねてくる。

 オレは顔を加賀の方に向けて答える。


「……部活どうこうというより、人と接するのが苦手なんだよ」


 正直な話、家族以外でまともに話が出来るのは加賀だけなのだ。いやまぁ、ゲームの世界ではもう一人いるけど。それはまた別ということで。

 以前の噂以前に、無口でなんの反応も示さない顔をしているのだ。これまで友達と呼べる者が出来た試しがない。さらに言えば、どうやって作ればいいのか分からないのも現状だ。


 そう考えると、シルバーはよくオレに話しかけてきたものだな。あいつと一緒になって長くなってきているが、相変わらず表情筋は動かないし、愛想も良くない。そんなオレと飽きることなく、一緒にゲームしているのって何気にすげぇ。間違いなくあいつが一番長く遊んでいる。


「でも、灰原君、私とは普通に喋れているよ?」

「……別に、人に話しかけられたら答えられる。………けど、自分から話しかけるのは緊張するし、慣れるまでに時間もかかる………それに」

「それに?」

「……お前は、オレと話をしていて退屈じゃないのか?」


 別に、加賀が特別ではない。これまでも、似たような状況はいくらかあった。けれど、その度オレの愛想の無さに嫌気が差して距離が空いて、そこから自然と話さなくなった。このパターンが一番多いのだ。

 だから、加賀も多分いつか似たような感じになるのではないか。どこか、オレはそう他人事のように思っていた。

 けれど。


「え? 全然そんなことないけど?」

「………」


 コンマ数秒とかからず返ってきた答えに、オレは目をパチクリとさせる。

 そのあまりにも早すぎる反応と、純粋無垢で真っすぐな瞳がオレを射抜いていた。


 なんでか、その目がシルバーによく似ていると思ってしまった。


「あっ、チャイムだ。大丈夫だよ、灰原君。きっといい部活見つかると思うから!」


 朝礼のチャイムが鳴り、皆が席に座り出す中、加賀の根拠のない。だけど、自信に満ちている声がオレの耳に響き渡った。



☆☆



 時間はあっという間に過ぎて、五時間目の体育。スポーツテストの時間である。

 昼休みを挟んだおかげか、着替え終わった生徒が早々と運動場に集合していた。どこか楽しみの様子で、浮ついている雰囲気が伺える。


「それじゃ、これより体力テストを始める。まずはそれぞれのクラスで二人一組になれー」


 ジャージを着た体育教師の発言に、オレは少しの間体が固まってしまった。

 なっ、なんて、惨酷な事を言うんだこの先生は……っ! オレのようなボッチにその発言は禁句と何故知らないんだ!!


 しかし、心の中の絶叫とは裏腹に周りは素早く行動を開始させれていた。気兼ねなく声を掛けて誘い、軽くオッケーしていく様が見えた。す、凄い、皆コミュニケーション能力最高かよ。

 次々に組みが完成していく様子を呆然と眺めているオレは我に返り状況の悪さに慌てる。

 ヤバい、早くオレも誰かと組まないと!

 スタートに出遅れたが、すぐに立て直そうと周りを見渡す。しかし、見れば見るほど組み終えた人たちしか目に映らない。こ、これは、まさかの余り物……。


「灰原君灰原君」


 トントン、と肩を叩かれ振り向けば加賀がオレの背後に立っていた。

 両手を後ろで組んで、どこか楽しそうな笑みを浮かべている。


「もしよかったら、私と組まない?」

「……え?」


 彼女のその言葉に、思わず呆然とした声が発せられる。暫く、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。


「……いいのか!?」

「え、うん。全然オッケーだよ」


 ……泣きそうになった。

 しかし、流石に女子の前で涙を見せる訳にはいかず堪えた。


「……だけど、男女で組んでいいのか?」

「問題ないんじゃないかな? 現に、他にも男女ペアの人達いるし」

 

 言われて見れば、確かに男女で組んでいる人の姿もある。それに対して先生が何か注意する様子も見受けられない。加賀の言う通り、問題ないみたいだ。

 ならば、断る理由などない。

 

「……それなら是非__」


 よろしく、と言おうとした瞬間だった。


「ちょ、ちょっと、真奈美!」

「ん? あっ、りっちゃん」


 加賀の背後から、焦った表情で駆け寄る一人の女子。加賀は姿を見せた女子に笑顔で手を振る。

 あれは、確か同じクラスの………誰だっけ?

 

「アンタ、こっち来な!」

「えっ、どうしたのりっちゃん?」

「いいから!」


 突如として現れた女子に引きずられていく加賀。りっちゃんと呼ばれた女子の名前を思い出そうとしていたせいで連れて行かれる加賀を引き留める事が出来なかった。

 あぁ! オレの最後の希望が!!

 だが、声を発すより前に加賀の姿は人込みへと消えていってしまった。

 残されたのは、呆然と手を伸ばす虚しい男子の姿だけ。


「………ペア」


 結局、見事に余ったオレは先生の指示で既に出来ていた一組に混じる事になった。

 混じることになったペアの方々の微妙な表情は、忘れられないものだった。

 ほんと、なんかすみません……。



☆☆



「ちょっと、りっちゃん。どうしたの?」


 敦獅から離された真奈美は、友達の木嶋(きじま)梨津(りつ)の態度に首を傾げつつ訊ねる。

 敦獅から距離が出来た事を確認した梨津は、手を離して真奈美と向き合う。


「真奈美、アンタ何やってんの!」

「え、いや、何って……」


 どうしてそんな怒っているのか、と戸惑いながら真奈美は呟く。

 そんな彼女の反応に、梨津はため息を漏らしながら教えた。


「あのね、真奈美。あの人……灰原っていう奴には近づかない方がいいわよ」

「ど、どうして……?」


 友人の言葉に、真奈美は信じられないと目を見開く。梨津が人の悪口を言うのは本当に珍しいからだ。

 それに、何故敦獅がそんな風に言われければならないのか、理解出来なかった。


「私、灰原と同じ小学校の子から聞いたけど。あいつ、不良だって言われているらしいじゃない。それに、あまり笑わないとか喋らないとか、いい噂聞かない。そんな奴に関わろうなんてしないでよ」

「っ!? は、灰原君はそんな人じゃないよ!」


 梨津から告げられた内容に、真奈美は思わず大声で否定していた。いきなり大声が出したせいか、梨津は驚き眉をひそめる。


(もしかして、半年前のアレが原因で……)


 思い浮かべるのは、半年前に中学生に絡まれていた自分を助けてくれた背中。体格など物ともせず、中学生を追い払ってしまった彼の勇姿を今でも簡単に思い出せる。

 彼は、とてもいい人だ。今まで話していて真奈美は、そう印象付けた。確かにコミュニケーションを取るのが苦手で、感情表現が苦手なのかもしれない。


 だけど、敦獅はとっても優しい人なのだ。


 知っているからこそ、敦獅が悪く言われている事が我慢ならなかった。


「あのねぇ、中学生を殴る小学生がいい奴の訳がないじゃない」

「分かった! そんなに言うんだったら、灰原君と話してみてよ! 絶対にりっちゃんも分かるから!!」

「えっ、いや、ちょっ、だから人の話を……」


 ふんすっ、と拳を握る真奈美に梨津は何やら話かけるが既に意識が別の方向へ行っている真奈美には聞こえてなかった。


(大丈夫! 私が絶対にどうにかしてみせる!)










「……ぶるっ……何か悪寒が」









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