第二十一話 防具
扉を開けた先に広がっていたのは数多くの防具類だった。
兜、鎧、籠手と種類もさることながら数が多い。一つ一つがちゃんと整頓されており、表の店内とは違い綺麗な状態。ここは同じ店なのかと疑うほどだった。
「んじゃ、後は適当に見な」
「ありがとうなジョウ。ファング、見て回ろうぜ」
「……あぁ」
シルバーに促され、倉庫の中へ進む。ジョウを見れば、扉の傍に置いてある椅子に座り目を瞑っていた。
興味を微塵も感じさせない。
シルバーは慣れているのかジョウに気にも留めずに棚に並んでいる防具を眺めていた。まぁ、ジョウという男はあれが通常運転らしいのでオレも気にせずに傍にあるものから眺めていく。
甲冑みたいなものから西洋風の鎧と流し目で物色する。オレは素早さを重視しているから重たいものは出来るだけ身に付けたくない。
そんな風に自分の戦い方とマッチするものを探していると。
「ジョウー。このレザーアーマー強度どのくらい?」
「んー、26くらいか。レイドボス戦には向かないと思うぞ」
「金属類ってどのくらい出てる?」
「まだまだ全然だな。あっても強度が革系と同じくらいの上重い。お前の戦闘スタイルに合わないだろ」
「そっかー」
シルバーが一つの革鎧を手にジョウに質問している。不愛想に思えたジョウだが、ちゃんと助言を与えていた。
正直、オレも防具に詳しくないから質問したかったのだが彼の態度も相まってやりづらい。
だというのに、あいつ普通に質問しに行くから凄い。知り合いだからというのもあるだろうが、一番は彼の性格だろうな。こういう時、素直にあいつの性格が羨ましいと思える。
「……いや」
シルバーの性格を羨ましく思って、足を止めた。
そうやって自分が出来ないからと他人を羨ましがるのは、逃げだ。
リアルでもそうだ。自分の過去に起こした事件を言い訳にして近づこうとしない。壁を作って、傷つかないように弱腰になっているだけだ。
今までは、別に気にしなかった。一人なのは慣れているし、それがいつの間にか当たり前だと思っていたから。
けど、シルバーと出会って、人は怖いものじゃないと知った。ちゃんと分かってくれる人がいることを知った。
だったら、行動しなければダメだ。
止めていた足を方向転換させ、オレは速くなる心音を感じながら口を開く。
「………あの」
「あ、なんだい坊主」
シルバーから視線を外して、ダルそうな眼が向けられる。普段しない行動に心臓がバクバクといっている。たった一度だけ防具について質問するだけだというのに、どうしてこんなに緊張してしまうのだろうか。ジムでスパーするほうが全然マシに思える。
しかし、もう声をかけてしまった。ジョウは、ジッ、とオレの言葉を待っている。
言わないと。そう思えば思うほど喉から言葉が詰まる。あぁ、早く早くと焦るほど声が出て来ない。
「……なんだ、何か聞きたいことでもあるのかい」
マズイ、向こうが痺れを切らし始めた。
あぁ、でも、聞きたいことがあるのに言葉が出て来ない。ジョウが怪訝な表情を深くさせる。
このパターン。何度も経験したことがある。結局最後は、皆オレの話から関心を無にして別の方へ向かってしまう。
膨らんでいた期待、下した決断が徐々に萎んでいくのを感じた。
「………」
やっぱり無理だったのか。オレみたいなコミュ障がいっちょまえに人と関わろうなんて。シルバーみたいに、誰とでも仲良くしようなんて。
己のあまりの不甲斐なさに、下唇を噛む。
すると、その時だった。
トン
と、背中を優しく叩かれた。
「……っ、シルバー……」
感覚の正体を確かめると、そこにはいつの間にか傍にシルバーが立っており、彼の手がオレの背に添えられている。
寄り添うように。見守るように。
オレを見るその眼は温かく、親しみに溢れていた。
添えられた手からはぽわぽわした熱が伝わり、冷たくなりかけていた体を、心を温めてくれた。
指先の感覚が戻る。詰まっていた喉に新鮮な空気が入ってきた。
「深呼吸」
小さく、呟くように言ったシルバーの言葉に従うように。
オレは大きくゆっくりと息を吸い上げ、吐き出す。すると、不思議なことに速まっていた鼓動は落ち着き、体も軽くなっていた。
今なら言える。何気なくそう感じた。
なら、素直にそれに従おう。
これまで固く結ばれていた唇が自然と動いていた。
「……オ、オレ、軽装がいいんですけど……軽くて防御力高いもの、ありますか」
たどたどしく、決して聞き取りやすいとは言い難い。声は震え、所々詰まるっている部分もあった。
けど、言えた。ちゃんと、自分の口から言えた。
シルバーは笑い、ジョウはただ黙ったまま静止していた。
もしかして、聞こえていなかったか。あまりにもグダグダだったので、そんな不安が広がっていく。
しかし次の瞬間、ジョウはおもむろに椅子から立ち上がった。
「ふむ、軽装か。アンタの戦闘スタイルは?」
呆然とするオレの背中をもう一度シルバーが叩く。我に返ったオレは慌てて言葉を紡ぐ。
「……あ、あの、AGI重視で拳使って戦います。あ、あとナイフもたまに使います」
「シルバーと同じか。拳闘士って感じなら確かに重さはいらないか……そうなると、急所だけ覆った革鎧がいいかもしれんな。まだ鉄系の防具は重さが付くから」
そう言ってジョウが棚から取り出したのは、赤茶色をしている革鎧。左肩から胸、腹部にかけて急所を覆う形になっているものだった。
ジョウは、革鎧をオレの方に差し出しながら口を開いた。
「ほら、とりあえず着てみなサイズも合わせてやる」
「……はい」
差し出された鎧はしっかりとした固さとは裏腹に重さを感じさせない。着やすいようなデザインのため着替えに手間取ることもなかった。
しっくりくる。
身に着けて最初に抱いた感想は、まさにそれだった。防具なんて詳しくないのに、これは素晴らしいと断言してしまえた。
「気に入ったみたいだな」
「……えっ?」
「なんか新しい玩具貰った子どもみたいな様子だったからな」
ジョウの言葉に数秒、沈黙してしまう。
普段から無口で、何を考えているのか分からないと言われるオレがそんな風になっていることが信じられなかった。
思わずシルバーの方に首を向ける。オレの視線に気づいたシルバーはニコッ、と笑いかけてきた。
………その優しい眼が無償に腹が立つが。
シルバーの態度に対する苛立ちを抑え、もう一度防具を見る。赤茶色の革が光に当たり、存在をより一層強めているようだった。
着心地がいい。具体的に何がいいとは言えないが、ただただこの装備が気に入った事だけは理解出来た。
「……これが良い」
「気に入ってくれたなら良かった。買うか?」
「……あっ、はい。えぇと、おいくらですか?」
「通常なら2000~3000Eって所だけど、気に入ってくれたみたいだし1500Eにマケテやる」
「えぇ!? 俺の時はそんなことしてくれなかったくせに!」
「うっせぇ、ここの商品は俺が作ったんだ。いくらで売ろうが俺の勝手だ」
「差別だ! 人種差別だぁ!」
「騒ぐなら出禁にするぞ」
「うわー! ジョウのイジワル! オニ! ヒゲもじゃ!!」
「髭は関係ないだろ……」
安くしてくれると言うジョウの発言に、シルバーが癇癪のように抗議を申し立てる。だが、ジョウはそんなものも面倒だと言わんばかりに、軽くあしらっている。
なるほど、あぁやって対応するのか。
普段なら気にしないが、あぁやって文句を言うと面倒なシルバー。いつも凌ぐのが大変であったのだが、ジョウとのやり取りを参考にさせて貰おう。
いまだにシルバーが苦情を言っている最中なのだが、ジョウはもはや関心を失くしたかのようにオレの方を向いた。
「んじゃまぁ、さっさと済ませるか」
そう言ってメニューを操作していくジョウ。数秒して、オレの目の前に半透明な文字が出現する。
『【サラマンダーレザー】を購入しますか? YES/NO』
機械的な文章が浮かび、購入の意志を確認してくる。
「……あの、いいんですか? マケテ貰って」
「あぁ、初回限定だな。あんなやかましい奴といるのは大変だろ」
「……よくご存じで」
この人もどうやら苦労しているらしい。何故か親近感が湧いてきた。
まさかここに来てジョウに共感出来るとは。意外な展開に嘆息をつきながら、迷うことなくYESを押す。
すると、メニューから所持金が金額分引かれて持っていたサラマンダーレザーが無事にオレの所持品となった。
「……ありがとうございます」
「いいや、気にするな。お買い得ありがとさん」
いいものを売ってくれたことに、お礼を述べるとジョウは軽い口調でそう言った。そのジョウの口角はずり上がっていた。




