第二十話 装備
ボス会議を終え、オレたちは酒場を出た。作戦は明後日、その間パーティを組んだ者たちは連携を確認したり、レベルを上げたりなど準備に勤しむようだ。
オレとシルバーは二人だけのパーティだし、一緒にやっているため特に連携を確かめる必要もない。
そんな理由もあり、現在オレとシルバーは装備を整えるのを目的に街を歩いていた。
「防具かぁ……。俺の知り合いがやっている店でよければ紹介しようか?」
どんな防具を買おうかと悩んでいると、シルバーが何気なくそう言った。
シルバーの知り合いねぇ……。こいつの知り合いは一体どれだけいるのかちょっと気になる所であるが今は他所に置いておく。
「……あぁ、頼む」
「了解、んじゃ案内するぜ」
小さく頷くとシルバーはその店に向けて方向を変えた。
シルバーの紹介なら、腕のいい人なのだろう。装備品などの目利きに関しては真剣だからなこいつ。
シルバーに案内された向かった先は店が立ち並ぶメインストリートから離れた裏通り。メインストリートからの光がほんのりと照らす薄暗い道が続く。
こんな所があったのか……。キョロキョロ、と物珍しさから辺りを見渡す。
「来たことないのか?」
「……あぁ、まぁな」
オレの様子を見てシルバーが訊ねる。
BGOが稼働していまだ一週間が経過して《ガウス街》にも慣れてきたと思っていたが、まだまだ行ったことのない所が多いのも事実。ていうか、《ガウス街》の全部を周るにとしても一日じゃ足りない。
だというのに、こいつまるで全部周っているみたいな言い方。まさか、とは思わない。こいつならやりかねん。
「……で、お前の言う店はどこにあるんだ?」
「もうちょいだ、パッと見じゃ普通のオブジェクトと変わらないからな。注意して見ないと迷うし」
「……それ、本当に店か?」
客に気づかれない外観している店なんて売れる気がないとしか思えない。オレの言葉にシルバーも苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ちょっと変わった店主はいるな。でも腕は確かだから心配するなっと。ここだここ」
立ち止まった先はオンボロな家が一軒建っていた。周りに建っている建物と比べても相違ない。確かに注意して見ないと周りのオブジェクトと見間違てしまう。
「……よくこんな所見つけたな」
「あぁ、たまたまだよ。裏通りを探検していたらここに人が入るのを見つけて入ったんだ。それが店主だったって話」
普通、よく知らない人が入ったら建物に入ろうとしないのだが。まぁ、こいつは好奇心には勝てない奴なので考えるだけ無駄だと思う。
「それじゃ入ろうか」
変わらぬ笑顔で腐りかかった木製の扉に手をかけ開く。
扉に付けられた鈴が数回音を鳴らし、来客を知らせる。薄暗い空間が広がる店内にある明かりは中央に一つだけぶら下がっているランプだけで、奥にはカウンターらしき長板がある。そのカウンターより向こう側は暗くてよく見えなかった。
「………」
「こんにちは~、ジョウいるか~~?」
外観もさることながら中もボロい。メインストリートにある武器屋と違って店内に武器や防具を展示している訳じゃなく陰湿な雰囲気が漂っている。中の酷さにちょっと引いている中、シルバーは慣れているせいか気にすることなく店内で声を張る。しかし、シーン、とした返事が返ってきた。
あれ、留守なのか?
「あれ、留守なのか?」
シルバーもオレと思った事を口にして首を傾げる。
「……いない、か?」
「いや、珍しく休業の張り紙がないからいると思うけど」
「……珍しくって、経営大丈夫かそれ」
気まぐれなコックの店かなんかなのか。
と、シルバーと会話をしているとカウンターの奥から人の気配がした。
「ふわぁ、誰だよ一体気持ちよく寝ていたのに……ってテメェか。しかもなんか増えてるし」
カウンターの下から顔を出したのは無精ひげを生やした男だった。シルバーの話からして彼がこの店の店主だろうか。
「おぉ、ジョウ。起きていたんだ。良かったぁ、今日いなかったらどうしよかと思った」
「……何か用か?」
「うおっ、急に嫌そうな顔に……」
ジョウと呼ばれている男は、シルバーの言う通り最初面倒くさいという顔から一変して嫌そうな顔になった。この人本当に店を構える人物なのだろうか。
無表情と不愛想で定着しているオレであるが、ここまで仏頂面はしない。………心の内では。
「えっと、今日は防具を見に来たんだよ。二日後にレイドボスに挑むから」
「あぁ、《イジイの森》のフィールドボス見つけたんだっけ。なるほど、装備の新調か」
どうやら、彼もフィールドボスについて知っているようだ。ボス部屋についてはいまだ情報は規制されているらしいので《イジイの森》のフィールドボスに関して知っているプレイヤーは限られている。それを知っているということは中々の情報通なのかもしれない。
「そういうこと。俺とこいつの二人分見たいから倉庫見せてくれ」
「ふぅ~ん、そうか。おい、そこのアンタ」
シルバーとジョウの会話を横で聞いていると突如、ジョウの顔がシルバーからオレへと向けられた。
「?? ……はい」
「名前はなんだ。一応言っておくけど、ここ防具しか売ってないし売るか売らないかは俺の気分によるから覚えておいてくれ」
何を言っているのか正直分からない。ん? 自己紹介すればいいのか。なんかやけに目が厳しいのだが。
とりあえず、名前言っておこう。
「……ファングです」
「………」
名前言った後から来る沈黙。いや、聞いてきたのアンタだろに。
長い無音が流れる。部屋の薄暗さも相まって不気味な雰囲気を感じる。
「もう、ジョウ。そんな目で見るなよ。ファング人見知りなんだから怯えちゃうだろ」
いや、別に怯えている訳ではないが、シルバーが間を取り持ってくれるようなので安心する。
「……はぁ、テメェが来なかったら昼寝していたというのに。………しゃーない、ほら、ついてきな見せてやる」
ジョウは顎でカウンターの奥にある扉を示し、歩き出した。
なんかよく分からないが、とりあえず売ってくれる気になったようである。
ジョウという人物に少し戸惑いを隠せずにいると、シルバーがニコニコと笑いながらカウンターを飛び越えて行った。
「ほら、ファングも来いよ」
「……あ、あぁ」
慣れた様子で呼ぶシルバーに、呆然としながらも返事をして同じようにカウンターを越える。
カウンターの奥にある扉から先は暗い廊下が続いていた。明りすらない廊下は建物の古さからとんでもなく出そうである。
「暗いから壁に手をついて歩いたほうがいいぞ」
「……おう」
数歩先を歩くシルバーからの助言を受けて壁に手を添える。ひんやりとした感触が背中をぞくっ、とさせる。
「……なんで明りがないんだよ」
「つけるの忘れたんだって」
いや、普通忘れないだろ。こんな薄暗い廊下に客を案内させるなんてどんな店主だよ。
本当に大丈夫なのだろうか。
「……おい、シルバー。本当にあの人大丈夫なのか?」
「ま、まぁ、そういう気持ちになるのは仕方がないけど、腕は俺が保証するよ」
「……お前がそう言うのなら信じるけど」
一見お人よしに見えるが、いや、事実そうなんだけど。こいつの人の見る目は確かなのでどうにかなるだろう。そして、少し歩いていると目の前に光の線が廊下に差し込んでいた。
「あぁ、あそこだ。あれが防具置いている所だ」
一筋に差し込んでいる光を見てシルバーが言う。
光の差し込む前まで来ると、そこにはオレたちがくぐった扉と全く同じような扉があった。
シルバーは扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。




