第十七話 入学
ジジジジジジジジ!!
ベッドの上でけたましく鳴り響く邪神の存在がオレの耳に届く。顔を起こすことが億劫で毛布の中から手探りで邪神様を探し、その頭に手を置く。
ピタリッ、と今回は時計は破壊されずに済んだ。朧気な意識の中、時刻を確かめる。
………まだもう少し寝られる。余裕が出来ると人間気持ちが楽になるものだ。
「敦獅! 早く起きなさい! 今日入学式でしょう!」
「はい! ただいま!!」
やはり、人間気持ちの切り替えは大切である。
下から聞こえる母さんの声に朧気だった意識が瞬時に覚醒され、ベッドから飛び出す。
カーテンの間から差し込む朝日。一筋に伸びた先には、部屋にかけられた真新しい制服を照らす。
四月、満開だった桜も散り始めた今日、オレは中学生になる。
☆☆
「ほら、敦獅。もう少しシャキッとしなさい。もうすぐ入学式よ」
心地の良い陽に当てられ、瞼が重くなってきた所で隣を歩く母さんの声が飛んできた。母さんの声に閉じかかった瞼を上げ、脳が覚醒する。途端、オレの耳には人が起こす喧騒が入ってきた。
少しぶかぶかな学ランに身を包み、ちょっと違和感を感じる。靴も学校指定の白いシューズ。肩には新しい鞄を持つ。
眠い目を擦りながら歩くオレを母さんは呆れたような表情で見る。
「もう、またアンタ遅くまでゲームしてたでしょ。あまりやりすぎると禁止にしますからね」
「……いや、それは困る」
「だったら、遅くまでするんじゃありません。成長期にそんな生活していたらお父さんみたいに大きくなれないわよ?」
「……父さんまでは大きくならなくていい」
まぁ、確かに背は伸ばしたい願望はあるけど父さんみたく巨人にはなりたくはない。あのムキムキ達磨な中学生などただの化け物である。
「はぁ、敦獅にハマるものが出来て嬉しいけどほどほどにね」
「……はーい」
心配する母さんの言葉に返事をしてオレたちは歩き続ける。
家から歩いて30分圏内にある市立館花中学校。どこにでもある男女共学の中学校である。
入学式という事で、スーツ姿の母さんに同伴して中学校に着いたオレは校門前で母さんと別れた。新入生は一度教室に行って教師から説明を受ける流れとなっている。
「それじゃ、敦獅。母さん、体育館に行くけど一人で大丈夫?」
「……別に大丈夫だよ」
「そう? 迷ったら人に聞きなさいよ」
「……そんな子どもじゃないんだから」
まぁ、つい先月まで小学生だったんだから母さんからしたらまだまだ子どもなんだろうが。それでも、学校で迷子になるほどではない。
心配する母さんと別れ、オレは校舎の傍に貼られているクラス表を確認する。一年五組、そこがオレのクラスみたいだ。
クラスを確認したら昇降口に行き、自分の出席番号が書かれた靴箱に靴を入れて教室へと向かう。
三階建ての校舎の一階、長い廊下を歩いて先にある教室。辿り着いた先の扉に手をかけて開く。
教室に入った途端、一気に音が流れ込んだ。
同じ新入生たちのざわざわとした音、見渡せば小学校が同じ奴もいた。
しかし、彼らはオレの存在を確認した途端顔を青ざめあからさまに顔を逸らした。
……まぁ、そうだろうな。
半年前に起こした事件。それが与えたオレへの印象はいまだに残っているようだ。
仕方がないと思いつつ、やはりどこかやるせない気持ちがある。でも、文句を言っていても始まらないので自分の出席番号が貼られている席につく。
席についてもう一度周りを見渡せば、同じ小学校の奴の他に見知らない顔も多かった。
だというのに、皆既に友達のように接しワイワイと楽し気に見える。すげぇ、もう友達出来ている。
前と比べて社交性が培われたかのように思えてきたオレだが、まだまだのようだ。
「……はぁ、ちょっと心配だな」
「あっ、あれ?」
と、今後の学校生活について心配してため息をついているとオレの隣から何やら驚いたような声が聞えた。反射的に、そちらの方へ顔を向ける。
「は、灰原君……?」
「……あ」
視線の先にいたのはこちらも真新しいセーラー服に身を包んだ女子生徒。ポカンッ、と口を開け、目を丸くさせている彼女。その顔を、オレはつい最近見た事があった。
「……加賀、麻奈美?」
「う、うん、そうだよ。灰原君もこのクラスだったんだ」
オレが呼んだ名前に、彼女__加賀麻奈美はニコリと笑いながら頷いた。
加賀は、半年前、中学生をボコした事件の被害者でありオレが助けた女の子だ。
「良かったぁ、私、友達とクラス離れちゃってちょっと不安だったんだ。知っている人が一緒のクラスで安心」
加賀は、胸を撫で降ろして言う。分かる、友達がいない状況で周りが楽しそうにしていると不安になるよな。
ほっと安堵する加賀であるがむしろこっちが安心している。知っている奴ですら避ける中で、友好的に接してくれる存在はありがたい。
「これからよろしくね、灰原君」
「……あぁ、よろしく」
そう言う、加賀の顔はどこかあいつに似ていた。
「確か、灰原君って大森小だったね」
「……あぁ、加賀はどこ小なんだ?」
「私は、佐津見小だよ。灰原君家の隣町にある所だよ」
へぇ、意外と遠いな。そんな所からわざわざお礼をしに来るなんてなんていい人達なのだろう。
結局、あの後早々に帰ってしまって彼女と話す時間もなかったしな。周りに話す相手もいない、オレと加賀は暫く話をしていた。
☆☆
その後、加賀と適当に雑談をしていると時間になり担任の先生が入ってき体育館に移動するように言われた。入学式の準備が出来たという事らしい。
それにしても、加賀っていい奴だな。表情も変わらず、話すのも遅いオレと最後まで話してくれたし。
意外と、学校生活は上手くいくのではないかと期待が胸に広がるのであった。
なんて、思っていた時もありましたよ。
「では、皆さん自己紹介をお願いしますね」
そんな、担任の一言が告げられるまでは。
今、オレは入学式を終えて再び教室に戻ってきていた。入学式は何のトラブルもなく、面白みもなく終わった。正直、退屈で眠たくなりそうだった。ま、プログラムの進行によって席を立ったり座ったりする必要があるので眠たくても寝れないのだが。
と、そんな現実逃避をしている場合ではない。たった今、担任の上原先生の言葉をどう対処するべきか考えなければ。
上原先生は、初老の女の先生だった。優しそうな笑みを浮かべて、穏やかそうな声で一年生に語り掛ける姿はおばあちゃんみたいである。
そんな上原先生は入学式を終えて、LHRの時間になった途端あんな悪魔の言葉を放ったのだ。
自己紹介。オレが最も不得意とするものだ。緊張して顔は強張るし、言葉もいつも以上に出てこない。さらに、多くの人間の視線がどうしても苦手でたじろいでしまう。これが、純粋な戦闘なら気にせずに済むのだが。
ウチのクラスが40名。男女混合の出席番号順になっているためオレの出番は24。順番的には悪くない。
とりあえず、前の人たちの挨拶を参考に言葉を考えよう。事前に頭の中に入れておけばつまずく心配もないだろう。
「初めまして、相田信人です。中学ではサッカー部に入ろうと思います。どうぞよろしくお願いします」
まず一番最初に自己紹介を終えた男子生徒。席に着くとほっ、と胸を撫で下ろしていた。うん、一番最初って緊張するよな。分かる分かる。
ま、最初の人の自己紹介があんな感じなら多分ここから先も同じようなものになるだろう。
部活かぁ、オレ何も考えてなかったけどどうしようか。ここ最近は、ジムに顔出すようにしているから運動部はいいかな。そうなると文化系か? でもオレ絵とか音楽とかって興味ないんだよなぁ。
なんて事を考えている内に、あっという間にオレの出番になってしまった。
やべっ! 何も挨拶考えていなかった!
「灰原君? 次お願いします」
「……あ、はい」
どうしようかと焦るオレを他所に、無情な声が発せられた。思わず返事をして席を立つ。その瞬間、クラス全員の視線が肌に突き刺さる。
知っている顔もいるが、知らない人の方が多い。しかも、知っている奴らは一斉にオレから顔を逸らす。まぁ、半年前の事件でオレへの印象はだいぶ悪くなっているしな。しょうがないだろう。
しかし、緊張して固まっているオレはそんな周りからの視線を気にしている余裕もなかった。
「………」
沈黙が辛い。
隣から「頑張れ灰原君」という声が聞えてきた。おぉ、これは頼もしい声援。贅沢を言えば杏沙の声援だったらもっと元気が出た所であるが。
しかし、親切な声にケチをつけるのも悪い。ここは、その声援を勇気に変えて声を出す。
「………は、灰原敦獅です。よろしくお願い、します」
よしっ、やった! やり切ったぞ!! 十分すぎる出来だ!!
「はい、ありがとうございます。次の人」
先生に着席を促され席に座る。心臓バクバク、手汗ヤバい。どっと疲れが訪れた。
口数は相変わらず少ないが、それでも最低限の自己紹介は出来たはず。オレにしては高得点である。
それにしても、初日の自己紹介だけでこの疲れよう。慣れるまでは大変なことになりそうである。
次々に教室に響く声たちを聞き流しながら、辟易とする思いになりそうだった。




