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第十五話 灰色狼2



「ファング……」


 背後からオレの名前を呼ぶ声が聞える。だが、オレは振り返る事なく前だけを見る。

 敵の数はまだ減っていない。目の前には8名のPKがオレたちを呆然とした目で見ていた。


「……オレも戦う」


 オレの呟きにシルバーが目を丸くさせた。

 つい数秒前まで逃げろと促されていた自分が、こうして戦場に立っているのが不思議であるのだろう。

 

 オレは、人を殴るのが苦手だ。

 人が傷つき、傷つけられるのも嫌いだ。


 けど、父さん。

 オレを友達と言ってくれた、この世界で出会った。

 そんな奴を置いて逃げるくらいなら。

 

「……オレは戦うぞ」


 心の内に溜まっていたものに答えを見出すように再度言った。まるで、自分自身に言い聞かせるように。

 むくり、と背後で立ち上がる音がした。


「……ぶっちゃけ厳しいぞ」

「……承知の上だ」

「そうか、なら……」


 シルバーが隣に立ち、剣を前へ突き出す。


「一緒に戦おう」


 そうPKたちに宣言するように言った。その笑う横顔を見て、オレも頷く。

 

 敵は9名。前に8人、後ろに1人。レベルはシルバーとそう変わらない。名前の欄が真っ赤になっているのはレッドプレイヤーというらしい。

 

「あの……」

「君たちは早く逃げろ。ここは俺らがどうにかする」

「でも……」

「気にしないで。だって」


 シルバーは人当たりの良い、心地の良い笑顔を向けて続けた。


「こんな面白そうな事、放っておけないよ」


 ……こういう奴なのか。

 危機的状況だと言うのに、それに対して嘆く事もせず楽しむ。そういう事が出来る奴なのだ。


「ありがとうございます」

「お気を付けて」

「うん、バイバイ~」

 

 終始、戸惑った顔を浮かべた二人だが結局シルバーの言葉に従い街へと戻っていった。

 

「さて……」

 

 二人を見送ったシルバーは振り返り、PKたちを見る。どうやら奴らの関心は彼らではなくオレたちに移ったようで律儀にも待ってくれていた。

 対峙するPKとオレたち。


「ファング、死角を補うために背中合わせで戦う。周りに警戒して、一人ずつ倒すぞ」

「……分かった」


 隣から小声で助言を貰い、頷く。

 PKたちは自分らが持つ武器を握りしめ、睨みつけていた。

 シルバーも剣を握り、構える。どっしりと、けど力を入れすぎない構えは素人の目で見ても経験者であることが分かった。

 それに倣い、オレも拳を固める。両手を顎の近くに置き、リズムを取る。


 一瞬の静寂。木の葉が揺れる音がオレたちの間を通過した。

 次の瞬間、PKたちが一斉に動き出した。


『死ねやぁぁ!!』

「行くぞファング!」

「あぁ!」


 怒号と共に飛び出したPKたち。同時に、シルバーは駆けオレは後ろを向いた。

 

「おらぁ!」


 前ではシルバーが剣を受け流し、PKの腹に剣を振った。

 大丈夫そうだ。視線を前へ移し、敵に向かって突き進む。オレはオレ自身を心配した方が良さそうだ。


「さっきはよくも!」

 

 先ほど蹴り飛ばしたPKが怒りに満ちた表情を浮かべこちらに駆けてくる。

 彼は剣先を向けて突き出す。

 

「ふっ」

 

 それをしっかりと目で追い、ギリギリまで引き付けてから顔を逸らす。

 剣は顔の横を通過して空を切る。

 避けられた事にびっくりしていたのだろう、目を見開かせてオレを見ていた。

 

 彼の顔がスローモーションのようにゆっくりと感じる。この感覚、久々に集中しているのが分かった。

 長年の経験のおかげか、どう攻撃するか考えるよりも前に体が勝手に動いてくれた。


「しっ!」


 ジャブジャブ、ストート。

 的確に顎を打ち抜き、脳を揺らし最後の右ストレートがボディに入る。


「ぐぼっ!?」


 PKの体が曲がり、苦しそうな声が聞えた。しかし、止まらない。

 ガードが下がった顔を狙い左フック、右アッパーとコンビネーションを繋げていく。腕だけでなく、足も使いハイキックをかます。


「ぶべっ!」


 悲鳴を鳴らすPK。だが、集中しているオレの耳にはその声は届かなかった。

 ハイキックが決まった次に裏拳を交え徐々に相手を後ろへと下がらせていく。


「くそったれが!!」


 しかし、相手は最後の抵抗とばかりに剣を構える。

 途端、PKの剣が光り出した。

 あれは、スキルの光か!


「【パワードエッジ】!」


 光出した剣がオレに向かって突き出された。今までよりも速い剣、通常ならば避けるのは厳しいだろう。

 だが___


「ふっ」

「なにっ!?」


 驚く声が聞えた。避けられるとは思わなかったのだろう。

 が、甘い。

 

「……この程度、なんてことない」


 元世界チャンピオンに手ほどきを貰った事がある経験があるオレからしたら、真っすぐに伸びる剣など躱しやすい。

 当たると思っていたせいか、バランスを崩す敵に対して拳を握りしめた。

 刹那、拳に光が帯びる。


「【ハードナックル】」


 渾身の右ストレートがPKの顔面にめり込む。途端、PKの男が衝撃で吹き飛び木にぶつかった。


「ぶふっ!」

 

 体を木に預け、前に倒れ込む男。HPが0になり、ガラスが割れる音と共に体が光の粒子となった。

 なるほど、モンスターと同じように消えていくのか。


「この野郎! よくも!!」

「っ!」

 

 一人倒し、安堵していると背後から怒気の含んだ声が響いた。

 咄嗟に振り返るが既に斧を振りかぶった仲間が映った。


「させるか!」


 だが、次の瞬間、横から剣が伸びて斧とぶつかる。金属同士がぶつかり、鈍い音が響き渡る。


「ファング!」

「……任せろ」


 斧を押し込めようとする敵と対するシルバーが叫ぶ。その声に軽く応じ、前へ出て行く。


「【ハードキック】」


 左足を上げ、敵の顎に叩き込む。

 

「ナイス!」


 敵の体が宙に浮くのを見てシルバーが飛び出す。剣を高く掲げ思いっきり脳天に振り下ろす。


「ぎゃああぁぁぁ!」


 うおぉ、なんと惨い事を……。

 敵の断末魔を聞きながら躊躇なく剣を振るシルバーにちょっと引いた。


「次だ! 周りをよく見て! 背中は任せたぞ」

「……ふっ」


 ほんとこいつは、なんでこうも躊躇いもなくそんな事が言えるのだろう。

 しかし、何故だか全く不安など感じられない。迷いなくオレはシルバーに背中を向けた。対面に3人、シルバーの前にも4人。数の上では不利だが、数だけが戦闘でもない。


「死ねや!」

「しっ!」


 怒号を上げて向かって来る敵の武器を躱す。

 視界の端で他のPKが動くのを捉えて、すぐにバックステップで距離を取る。途端、前からブンッ、と空を切る豪快な音が鳴った。

 

「このっ」

「はっ!」


 背後では、シルバーがPKたちと戦う音が聞こえる。

 その時、背後から人が近づく気配がした。


「ファング!」

「っ!」


 途端、オレを呼ぶ声がした。咄嗟に、横へ飛びスペースを空ける。同時に、オレも振り返り地面を蹴る。

 一瞬、視線が重なる。その時、オレは見た。

 奴の口角がずり上がっているのを。


「…………」


 面白い奴だ。

 どうして、こんな大変な場面で笑っていられるのだろうか。

 でも、この感覚……覚えがある。


 生まれて初めてサンドバッグを叩いた時。

 父さんのグローブにいい音を鳴らした時。

 

 嬉しくて、楽しくて。

 緊迫の中で生まれる高揚がたまらない。

 

 楽しい、面白い。

 久々に感じる闘いの空気。熱く、激しい風が肌を刺激する。

 体が熱くなる、なのに頭は冴えわたっていた。敵の動きが良く視え、視界が広い。身体は軽く、動きが素早い。

 こんな事、今までなかった。父さんとのトレーニングの際にもこんないい動きなど出来たことなどない。

 なのに今、人生で一番と言っていいほどの動きが実現出来ていた。


「こんのガキが!」

「【ハードナックル】」


 ポジションを交代したオレは驚き、動きが鈍くなった所でスキルを発動させた。光を帯びた拳がボディに入り、続けざまに回し蹴りが顔を捉えた。


「残り6人」

「いや、4人だ」


 ぼそり、と呟いた言葉にシルバーの声で否定された。

 見れば、シルバーの前に二人とオレの前に二人。最初の10人と比べたら、だいぶ数が減っていた。いつの間に倒したんだか。やっぱりこいつ只者じゃない。


「な、なんだこいつら!?」

「クソが、まだこんなプレイヤーがいたなんて!」

「玄人か!?」

「どこのギルドのもんだ!」


 次々に倒れていく仲間を前に残ったPKたちが焦りの声が出てきた。オレとシルバーはなおも互いに背中を合わせながら口を開く。


「まぁ、俺は生粋のゲーマーだけど」

「……オレは素人だぞ?」

『はぁ!?』


 オレの言葉にPKたちが驚きの声を上げる。何をそこまで意外そうな顔をしているのだろうか?


「気持ち分かるなぁ」

「……ん? 何か言ったか?」

「いいや、なんでもない」


 背後でシルバーが何か言ったような気がしたのだが、どうやら気のせいみたいだ。

 それにしても、どうにか戦えているがきつい。正直、体力的にもきつくなってきていた。だが、まだやれる。


「まだ行けるかファング?」


 シルバーが心配そうに聞いてくる。その問いに、オレは間を置かず答えた。


「問題ない」

「よっしゃ、あと少しだ」

「おう」


 拳を握り、相手を睨む。

 対して、シルバーも剣先を相手に向けて静かに威嚇した。


『く……くそったれが!』


 一斉に飛び出すPK。

 迫り来る敵を前に、オレは静かに観察していた。

 同時、シルバーも剣先を下げ構える。


 前から迫る二人。一人は剣、もう一人はナイフ。

 剣の男は突き出したまま迫り、ナイフの男は跳び上から攻める。

 その光景を、冷静に観察していた。

 どう動き、どう攻める。勝利までの道筋を描き、可能かどうか探る。特段意識していたわけでもないのに、思考は加速していた。

 

 いける。


 握った拳に力を籠め、足に力を伝える。

 そして、蹴る。

 まずは、目の前の剣を躱し相手の右へ移動。そこから、腕を伸ばして首元を掴む。

 

「ふんっ!」

「ぎゃぁっ」


 そのまま背負い投げで地面に叩きつける。受け身を取れず、背中を強打した敵から短い悲鳴が聞こえた。


「くそ、この……」

「ちょっ、どけどけ!」

「え……おおい!?」


 倒れた剣の男は恨み言を口にしようとするが、瞬間、彼の上から先ほど跳んだ仲間が落下してくる。

 仲間を巻き込み、着地に失敗するナイフの男。

 そこを逃さず、オレは口を開く。


「【穿拳(せんけん)】」


 スキルを唱え、光輝く拳を地面に叩きこむ。

 生まれた衝撃波によって地面が裂け、真っすぐ二人に向かって行った。


「えっ、ちょ、やべぇ!」

「早く退け!!」


 衝撃波に気づいたPK二人が慌てた声を上げるが、時すでに遅し。


「……さようなら」


 瞬間、PKたちの悲鳴と共に土埃が舞い散った。



 

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