第十四話 灰色狼
突如として現れたシルバーにPKたちの怒号が飛ぶ。しかし、シルバーは全く怖気づく様子もなく真っすぐに集団に目を向けている。その姿は、堂々としており迷いなど微塵もないものだった。
「おいおい、またガキが増えたじゃねぇか」
「正義の味方気どりの主人公気どりか?」
「はっはっはっ、痛い目遭いたくなかったらさっさとママの所に帰りな!」
登場したのが見た目子どもと判ったせいか次々に聞こえてくるのは下品な笑い声と言葉だった。聞いていて気分が悪くなる。悪意が何者にも阻まれる事なく彼にぶつかる。
だが、シルバーは動じる事なく言った。
「あ、はい、分かりました。でも、その前にそこにいる二人も一緒に街に戻るので道を譲ってください」
「おぉ、それはスマン」
「どうぞどうぞ」
と言って、PKたちは道を譲る。
先ほどまで怯えていた少年たちは目を丸くしながら、空いた道を歩いた。
「それじゃ失礼します」
「おう、気ぃ付けてな」
「お疲れでした」
「いえいえ、そちらもお疲れ様でした」
和やかな雰囲気で挨拶を交わし、その場から去ろうとするシルバーたち。
『ってちょっと待てやゴラァ!!』
おぉ、まるでコントのようなやりとり。そして、なんとも勢いのあるノリツッコみ。
「テメェ、何やらせてんだこら!」
「舐めてんじゃねぇぞ! ガキ一人が」
「ぶっ殺してやる!」
おちょくられたと思ったのだろう。Pkたちが一斉に武器を取り、シルバーを睨みつけた。
シルバーも保護した二人を背にし武器を携えて構える。
両者の間に一拍の沈黙が流れる。
『死ねやぁぁぁ』
次の瞬間、PKたちがシルバーに襲い掛かった。
「二人は下がって!」
同時に、シルバーも二人を後ろに下がらせ剣を握りしめる。
「しゃあああ!」
一人が剣を掲げて振り下ろす。
シルバーはそれを見事に受け流すと、背後に回って背中を斬りつけた。
「この野郎が!」
だが、トドメをさそうとした時シルバーの横から他の仲間が斧を振り落としてきた。
「っと」
横から迫る斧に気づいたシルバーは咄嗟に後ろに下がり躱す。
躱すとほぼ同時に、反撃に出た。鋭く振られた剣が斧のPKに襲い掛かる。
だが、それもすぐに駆け付けてきた仲間に防がれてしまった。
「ちっ、流石に多いか……」
シルバーの苦い言葉が木霊す。しかし、次から次へとPKたちの脅威が彼に迫った。
右から剣が。
左からはナイフ。
上から斧。
下からも剣。
あらゆる方向から来る武器たち。それらを、彼は一人だけで耐えていた。
「ファング!」
「……っ」
そんな苦しい状況で、シルバーがオレを呼んだ。
彼は、襲われていた二人を指差しながら告げる。
「そこの二人を連れて街まで戻れ! 俺が時間を稼ぐ!」
「なっ!? お前……」
相手は9人。なのに、それを一人で対処するなんて不可能だ。
「いいから早く!」
戸惑うオレにシルバーが声を張って促す。
オレに意識を向く余裕もなく、すぐにPKたちと対峙して戦闘を続ける。
苦しそうに顔を歪ませて、剣を振るうシルバー。その姿に、何も出来ないままオレは立ちすくしたままになってしまった。
「……くそっ」
オレは茂みから出て、襲われていた二人の元に行く。
呆然と立ちすくむ二人に声を掛けた。
「おい! さっさと逃げるぞ!」
「で、でも、あの人が……」
「本人が逃げろって言ってんだよ!」
「そ、そんな……」
自分たちを逃がすために残ると決めたシルバーに負い目を感じているようで動こうとしない。
そうこうしている内にシルバーを襲っていたPKの一人がこちらに向かってきた。
「っ、ファング!」
それにいち早く気づいたシルバーが焦った声を出す。視界の端で凶悪な笑みを浮かべたPKが止まることなく武器を携えて駆けよってきた。
マズイ! このままじゃやられる。
父さんとの稽古の賜物か、オレの直感が危機を知らせた。PKとの距離が徐々に近づいてくる。
その距離は、次第に0になり剣を振りかぶる。
その光景を前に、オレは行動出来なかった。記憶を掠めるのは、中学生を殴ったあの事件。
恐怖の眼で見られ、学校での居場所がなくなった忌々しい出来事。
力ある者が振るう暴力ほど愚かなものはない。
あの事件の後に父さんが言った言葉。
スポーツならいい。定められたルールに則って、対等な勝負なら自分の精神を汚す事がないから。
オレは、父さんが言っていた意味がよく分からなかった。
だって、目の前で泣いている女の子が、誰かが傷ついているなら助けるのが当たり前だと思ったから。
それに、あれから人を殴る事にオレは抵抗を覚えてしまった。
だからか、こういう場面で拳を突き出すのを拒んでしまう。
躱せないと判断したオレは咄嗟に、二人を突き放す。
目の前では既に剣がオレを捉えようとしていた。
思わず目を瞑り、衝撃に備える。
ガキンッ!
耳に入ってきたのは金属同士がぶつかる高い音。来ると思っていた衝撃が来ないことに疑問を抱いて目を開く。
「ぐっ、ギ、ギリギリセーフ」
最初に映ったのはオレと背丈の変わらない背中。その奥では驚きで目を見開かせるPKの顔。
そして、重なり合う剣。
シルバーが守ってくれたのだと気づくのに数秒有した。はっ、と我に返りオレは声を出す。
「……シルバー」
「は、早く、逃げろっ」
「……どうして」
どうして守った。
どうしてそこまでやれる。
出会ってまだ一週間も経っていない。
長い時間を共にした訳でもない、見ず知らずの他人に何故そこまで体を張れる。
ふつふつと湧きあがる疑問に、シルバーはなおも剣を抑えながら言った。
「言っただろ。俺ら友達だって」
まるで当然とばかりに。
まるでそれだけでいいとばかりに。
背中越しでも分かる笑みを浮かべて。
彼は、そう告げた。
「……とも、だち」
長らく口にしなかった言葉。オレが持っていないもの。
眩しくて、暖かくて。
何故だか、彼が発した言葉は。
いとも簡単に。
ストンっ、と。
オレの胸に落ちた。
力ある者が振るう暴力ほど愚かなものはない。
偉大なる父が言った言葉。その意味をオレはまだ分からない。
けど、父さん。ごめん。
今日だけは___
☆☆
「死ねやぁぁガキんちょ!」
正面のPKを相手していたシルバーの横から仲間のPKが襲い掛かる。
シルバーは、鍔迫り合いを行ったまま歯を食いしばった。
自分のやったことに後悔はない。何故ならば、彼は自分の気持ちのまま行動しているのだから。
VRゲームの中では、リアルのしがらみなどない。
自分の思うがまま行動が出来る。
だから、シルバーはこのゲームを始める前から決めていたことがある。
自由に、それでいて楽しくプレイする。
これまでも数多くのゲームをプレイしていた彼は我慢などしてこなかった。
例え、それでトラブルを起こそうとも。
自分を偽ってまでゲームはしたくなかったのだ。
だから、あの時、森で途方に暮れていたファングに声を掛けた。なんの躊躇いもなく、ただ困っていそうだったから。
このゲームを教えることになったのは成り行きだった。だけど、楽しかった。
ファングのリアルスキルの高さを見て興奮した。ゲーム自体初めてするというのに、戦いに慣れているような動き。これまで出会った事のない未知の存在。
面白いと思った。こんな奴見たことない。
仲良くなりたいと思った。
だから、友達と言った。こういうのは言ったもの勝ちみたいな所があるから。
ファング自体がどう思ったかは分からない。けど、嫌な雰囲気は出ていなかったようだった。
ファングには迷惑をかけたと思う。あとで謝ろう。
迫る武器を視界の端で捉えてシルバーは死に戻りを覚悟した。
その時。
「ぐべっ!」
シルバーを殺そうと迫っていたPKが突如吹き飛んだ。
「……えっ?」
突然の出来事にシルバーは唖然と呟く。
そして、さらに横から風が頬を掠めた。
「っ!」
咄嗟に、しゃがみ込む。
瞬間、シルバーの頭上を何か大きな物体が飛んで行った。
振り返り、物体の正体を確かめる。
飛んで行ったのは先ほどシルバーと鍔迫り合いをしていたPKだった。
「な……」
状況に、脳が追いついていなかった。
シルバーは再度前を向く。そして、唖然とした。
「我儘言わせてもらう」
灰色の獣が、そこにいた。




