9話 自己犠牲と決断と地獄
目の前では破格の戦いが行われていた。
駆け出しの勇者が土俵に立てる戦いではなかった。
それなのに……それなのに
彼はその土俵にしがみついて、戦っていた。
「くっ!? 初めからこんな力を隠し持ってたってのか? 案外役者だな」
「初めから持ってたら何回も死んでない! 俺は出し惜しみ出来るタイプじゃないんでね!!」
中級者と呼べるかどうかくらいのレベルだった彼の格闘術はこの短期間で急成長している。
その成長が相手の技量を上回り始めていた。
「ぐはっ!」
「まずは1発!」
横から胴体を殴りつけクーリアを吹き飛ばした。
この戦い、初めてのクリーンヒットだ。
因みに、業平は何度も吹き飛ばされている。
(これが【皇化】の力か!? これなら戦えるっ!)
業平自身も成長していることを実感し、余裕が生まれていた。
「まったく……やってくれたな。まさか呼ばれて一月程の勇者がここまで成長しているとはな。これは確かにーー今殺すべきだ」
「っ!? ぐっ!!」
覇気。相手の周りの空気が変わる。
もう1つ上のステージに戦いの土俵が引き上げられた。
魔天の本気が襲いかかってくると分かっているが、これ以上のパワーアップは何も無い。
「今から見せるのは禁忌だ。つまり、見られちゃダメなもんだ。だから、全員口封じのために消させてもらうよ」
「させるか!」
地面を蹴り、拳で攻撃を仕掛ける。
「無駄だ。今の俺は魔女の次に強い」
「何っ!」
拳はクーリアの顔を正面から捉えたはずだった。
しかし、実際は右手でがっしりと手首を掴まれ、ビクともしない。
「無駄なんだよ」
「ぐぁぁっ!!!?」
掴まれた手首から衝撃が全身に走り抜けた。
全身の骨、血管、筋肉、臓器、細胞一つ一つが回転したような感覚が襲いかかってきた。
「ごふっ」
「今のなど小手調べだ。お前が不死であっても無限の死の前には精神が壊れるだろう。それもまた1種の死と変わらないはずだ」
体が捻れて爆散する。
【エターナルデッドヒール】の効果で蘇生するが、また初めと同じように一方的に殺され続けるだけの展開が始まった。
何か、何かをどうかしなければこのまま全滅だ。
しかし、俺1人でできるのはここまで、あとに頼れるのは……勇者、その中でも花梨だけだ。
だが、危険に晒すことになるし、バレてしまえば終わりだ。
「花梨っ! もうあとは頼む! だからやってくれ!」
これで言いたい内容が伝わるとは思っていなかった。
しかし花梨はどこかこの世界に慣れている節がある。その花梨の臨機応変さに懸けたくなった。
一方、花梨は……迷っていた。
(今すぐにでもこんな化け物、暗黒大陸に送り返したいっ! けど、動きが速すぎて魔法が追いつかない! 私との相性も最悪だから、戦いにもならないし……どうすれば)
そんな時に声が聞こえた。まるで自分の考えていたことを肯定するような声が。
『あとは頼む』『だからやってくれ』
巻き込んでもいい、そう言われたように聞こえた。
「ごめんなさい、この恩は一生忘れないわ。 インカーステレポート!!」
【大賢王】の能力は底知れない。
そのうちの一つに魔法創造と同じような効果がある。
未熟なこの体で使える最大効果範囲の転移魔法を業平を巻き込んで発動した。
「むっ! 転移魔法かっ!? 小癪な!!」
「逃がさねぇよ! 花梨、サンキューな。俺が責任をもってお前達を逃がす!」
まさに全身を使った抵抗だった。
俺はクーリアに抱きついてその場所から逃がさない。
腹に大穴があいても、頭を握りつぶされても、その手と足はクーリアを拘束し続けた。
「化け物めっ!!」
「俺の終末旅行に付き合ってもらうぞクーリア!」
全身が白い光に包まれると同時に足腰に力が入らなくなり、力尽きた。
役目は果たした。
勇者の案内人。
勇者でない俺には過ぎた役目だったな。
世界がまるで暗転したような、赤紫の空と大地。烏と呼ぶにはあまりにも異形な黒鳥が空を飛んでいた。
「暗黒大陸か。……良くもやってくれたな!!」
「へっ、ざまぁ、見やがれ」
転移魔法で空に放り出された俺にその場所に留まる術はなかった。
重力に逆らえることなく墜落していく。
俺を見下すクーリアの顔は苦虫を噛み潰したようで、小気味良かった。
落ちていく。落ちていく。落ちていく。
軌道が良かったのか大陸の裂け目に入り、そのまま墜落は止まらない。
どこまでも落ちていくうちにクーリアの顔は視力的に見えなくなった。
ゴキ
鈍い音が首の後ろから聞こえた。どうやらそこに到着したようだ。
数百メートル墜落するうちに溜まった運動エネルギーは俺の全身に襲いかかり、いとも容易く命を奪った。
粉塵が巻き上げられ、その中から俺は立ち上がる。
土埃が晴れた時、まるでお腹を空かせたハイエナのような視線を突き付けられた。
「【皇化】、ここは……地獄かよ」
一般人だった風間業平が異世界に来て得たものは、夢の生活でもなんでもなく、地獄だった。
「「「「ガルルゥゥ!!」」」」
ケルベロス。地獄の番人と呼ばれる3頭の獣がゴブリンと同じ数で襲いかかってくる。
「一体だけっていうお約束展開はないな!」
やけくそ半分、疲労半分。
頭がおかしくなりかけの俺はフラフラの四肢を必死に動かして、地獄の番人達に立ち向かった。
☆
「痛みがなくなってきたな」
岩陰に隠れて休憩する。
ここに落ちてからどのくらいの時間が経ったのだろうか?
翔斗達はちゃんと逃げられただろうか?
ここはどこなんだろうか?
俺はここから出られるのだろうか?
周囲が暗いこともあって俺の胸は不安で一杯になる。
ケルベロス達は半端ない強さだった。【皇化】を使えば2体までは倒せるが、数が多すぎる。
何度も腕を噛みちぎられ、遊ばれた。
こうしている今も、どこかで俺が倒したケルベロスの血に引き寄せられて数は増えているだろう。
「ガルルゥゥ!!」
「っ! もう見つかったか!!」
【皇化】を使っている状態で【ブレイブショット】を目くらましに使う。
それによって生まれた一瞬の隙にフルボッコにして、一体討伐。
しかし、その時には既に五体のケルベロスに囲まれていた。
「……無理ゲーすぎる」
【鑑定】を使っても閲覧不可と表示されるだけ。何をしようともリンチにされた俺は最早諦めの意志を隠そうともしていなかった。
ここまで……こい……助けて……やろう
ついに頭が本格的にイカれたのか幻聴が聞こえた。
とてもではないが、助けてくれそうな声ではない。もし、本当に助けてくれるなら、目の前の五体のケルベロスを瞬殺してくれるだろ。
……よかろう……容易いな
「はっ?」
どこからとなく漆黒の影が現れ、ケルベロスを喰っていた。
ケルベロス達は一匹残らず呻き声を上げ、そのまま呆気なく絶命した。
願い通り目の前の敵は瞬殺された。
「この声は誰なんだ?」
虚空に響くだけで、返答は期待していなかった。それどころか、ケルベロス以上の強敵が現れることを恐れていた。
……我は魔王に……封印された魔女……勇者の子よ……これを解いてくれ……
綺麗な、脳に響くような声。
俺は疑うことも無く、その声に導かれるままに歩き始めた。
読んで下さり、ありがとうございます!
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