15話 復讐に呑まれることは心地良い
憎い。憎い。憎い。
ケルベロスを虐殺し、足蹴にしたあの少年が。その雇い主の総司令官が憎い。
『ならば拒絶すればいい。その存在を、その記憶を、そんな残酷な世界を』
憎い。憎い。憎い。
俺をあんな目に合わせた魔女。そんな場所に陥れたあの男が憎い。
『ならば力を得ればいい。あの男の主である魔王を殺してやれ』
暗い感情はドス黒い何かに煽られ、より一層心を覆い尽くす。
復讐。
生温い平穏など拒絶してやる。痛みは怨みを、時間は殺意を増幅させる。
その暗い感情に流され、身を任せるのはとても楽で心地よかった。
☆
「ん……朝か」
昨日地上に出た。しかし、一日では街には辿り着かず、途中で野宿を実行した。
風など、様々な障害を拒絶してしまえば特に不愉快なことは無かった。それは単に拒絶しただけでなく、【状態異常半減】の効果もあるのかもしれない。
「もう門番はいるみたいだな」
昨日、街に着かなかった理由はもう1つある。
街に入るためには門番の確認を受けなければならない。そのため、門の鍵を開けるのは門番の仕事だそうだ。
という情報を教えてくれた。(そこら辺を飛んでいる鳥のような魔物が)
門さえ開けてくれればあとは用無しだ。
気配を拒絶している俺を感知することは出来ないだろう。
……素通りできた。
難なく街に侵入?できた俺はとりあえず、1番大きな建物に向かった。
それがなんの建物なのか、それは誰にでも、嫌でもわかるように書かれていた。
『駆逐者本部』
他の魔物への牽制の意味合いもあるのだろう。どんな理由にしても、好都合だ。
「さっさと乗り込むか」
「乗り込むってあそこにか? おすすめはしないけどな〜」
「っ!? 誰だ!」
俺はまだ拒絶を解いていない。つまり、効果は持続中のはずだ。
このギフトの効果が効かないのはあの男だけではないのか?
「あはは、いいじゃないか別に。私もあそこに乗り込むのに付き合うよ!」
そこには年相応とは言い難い哀愁を身に纏う美少女がいた。
黄色が微かに混ざった紅蓮の短い髪。まるで冒険者のような実用的な装備。
何をとっても違和感が心に残った。
「そんな懐疑的な顔をしないでよ。別に君の事情を知っているから同情で、なんてことじゃない。私もあんな場所はぶっ飛ばしたかっただけなんだ」
着いていけない。【鑑定】を失った今、この美少女の能力は分からないが、俺よりは強そうだ。
確かに戦力は増えることに越したことは無いが、信用出来ない。
「何者か知らないけど、信用出来ない。これでも隠密行動にそれなりの自信持ってたんだ」
「それは悪い事をしたよ。って言ってもなぁー、私の正体でも言えばいい?」
正体ね。怪しいものの自覚があるのに、その正体を素直に教えてくれるとは思わない。
だが、正体がバレるようなことがあれば困る立ち位置だということは判明した。
「そんなものに興味はない。俺のギフトを破ったお前の力を教えろ、それで動向を許してやる」
「そんなことでいいんだ! 私の力は【神霊・断絶】、君と同種じゃないかな?」
拒絶と断絶。一見似ているように思えるが、本質は全くの別物だ。
拒絶は断る事の意味合いが強く、断絶は絶える事の意味合いが強い。
つまり、断絶の方が攻撃力は高そうだ。
だが、これは使える。神霊のギフトを持つもの同士で戦えばどうなるのかは分からないが、間違いなく戦力になる。
まさか、本当にバラしてくれるとは思ってもみなかったが、ラッキーだ。
「分かった、信用する。だが、俺が何をしても邪魔だけはするな。もしものことがあれば、容赦なく攻撃対象に含める」
「いいよそれで。私も楽したいしね」
信用する? 自分の発言で腹の底から笑いそうになる。
世界を拒絶した俺が何かを信頼することなんてするわけもないし、出来もしない。
利用価値がなくなればすぐに舞台から消えてもらう。
俺に声をかけた理由が何であれ、俺の獲物の横取りはさせない。総司令官及びその部下の駆逐者達は全員俺が始末する。復讐だな。
「言っとくけど、お前のことはいないものとして扱うからな」
「分かってるよ」
「なら、抵抗力を拒絶する」
街を駆け抜ける。これしきの速度では人にぶつかるなんてドジは踏まない。
【皇化】で戦ったことで眼が成長した。【皇化】時のスピードに慣れた俺の目は、常人の何倍もの反応速度を誇るだろう。
あっという間に駆逐者本部に到着だ。
「建物の重力を拒絶する。加え、この場の空間を拒絶する」
建物はこの星の枷から解き放たれ宙に浮かぶ。この空間自体を拒絶したので、周りに視認されることは無いし、外に被害が及ぶことも無い。
【神霊・拒絶】の使い方は多岐に渡る。しかし、その全貌を俺はまだ理解しきれていない。
今だって、重力を拒絶するのではなく、建物の硬度を拒絶すれば良かったかもしれない。
どちらにしろ、その程度にしぬような相手ではないから関係ないだろうが。
とりあえず、見つけてもらわないと始まらない。
気配を拒絶することをやめる。
「愚かな侵入者を駆逐してやれ」
建物内から声が聞こえたと思った時、すぐにあの少年が目に入った。他にも5人の駆逐者が建物から飛び出してくる。
「あいつだ! 俺はあいつにやられた、警戒を怠るな!!」
「誰もお前みたく弱くなィ!?ゴバギャ!!」
あーあ、手を出すなよな。
「そんな目で見ないでよ。私だって今のやつは標的だったんだ」
体を断絶され、一刀両断されたかのように真っ二つ。空中で血を巻き散らせながら、グロテスクな音を立てて地面に墜落した。
グシャ
「離脱を拒絶する」
「なんで!?」
後ろにいた美少女の攻撃を観察している間に1度、頭を粉砕された。鬼のような手で握り潰されたのだ。
まぁ、すぐさま蘇生して、逆に拘束してやった。
手で触れていると、相手の行動までも制限しやすくなる。俺の手は相手の首を掴んでいた。
「あれが総司令官か」
苦もなく首を捻り潰し、上を見上げる。
白目のない真っ黒な目で見下ろす鬼がいた。なんの比喩でもなく、真っ黒な目、2本の角、赤い肌。どれを挙げても鬼としかいいようがなかった。
こっちはすでに6人中2人を瞬殺したが全く焦っている様子ではない。むしろ、口角が少しつり上がっているようにすら見える。
2人が瞬殺されたことで、他の4人は距離をとり、襲いかかってこない。
俺は落ちていた小石を拾った。
「別ベクトルの力を拒絶し、俺の体の抑止力と痛覚を拒絶する」
投げた。
下向きの重力や、上からの気圧、前からの空気抵抗力は拒絶される。小石は投げたそのままの軌道を保ち、鬼へと飛んでいく。
体を壊さないために人間の体に付けられている抑止力。それを超えて力を出せば、筋肉が裂け、血の流れが速すぎて血管が崩壊するかもしれない。
しかし、それらを拒絶し、痛覚までも拒絶してしまえば死ぬまで動き続ける化け物に成り果てる。
そんな馬鹿力で投げられた小石は砲丸以上の威力で鬼へと迫った。
その頬を抉り、血が流れ出る。
鬼は、血が出る頬に掌を押し当て、その血を舐めた。
すると、傷は消え去り元通りになった。そして静かに建物から地面に降り立ち、肩を鳴らし、口を開いた。
「やってくれますねぇ、小僧!」
どうやら、無駄ではなかったようだ。
しっかりと開戦の合図の狼煙となってくれたようで何よりだ。
始めよう、2度目の復讐を。