11話 幻の勇者の最期
「……堕ちたな」
ブチ
「それじゃ、喰うぞ?」
ブチ
「ん? そんな死んだ目で言いたいことでもあるのか? 言えるものなら言ってみろ」
「俺」
「はい、ざんねーん」
ブシューッ
声帯が喰われ、出血多量で死ぬ。
「俺は、ただの大学生だった」
「面白くない」
ブシューッ
首より上が喰われ、即死。
「仲間を助け、ここに来た」
「一日一善だな」
ブシューッ
上半身が消し飛ばされ、即死。
「地獄の中の1つの光が、お前だった」
「ははっ! もちろん知っていたよ」
ブシューッ
頭以外が消し飛ばされ、即死。
「それを信じた先がこれだ」
「あはっ! 壊れたね」
何も攻撃は来なかった。
『レベルが2に上がりました。経験値が条件に達したことで【???】が解放されます』
「じゃ、喰われろ死に損ない」
「断る」
「何っ!?」
黒い大蛇のような顎を象った影が俺の目の前で弾きとんだ。
『【神霊・拒絶】を獲得しました』
「……何をした?」
「このザマだ。信じた結果が何万回と虐殺されることだ」
「話を聞け!」
怒ったように影が襲いかかってくる。
「断る。何万回と殺しておいて1回殺し損ねたらこれか」
「なんだ、そのギフトは? レベル2の雑魚が」
「俺はもう……疲れた。信じないし、信じられない。裏切られるくらいなら俺は元から何も信じない。
ーー拒絶する、世界を、命を、繋がりを、心を拒絶する」
心は無に変わり果てた。
仲間などと言う甘い妄言はこれっきりでいい。
俺の自由を邪魔するなら拒絶する。
その存在をこの世界から拒絶する。
「消え果てろ魔女」
「やめろ、『喰・獰猛なる獣』!!」
視界を埋め尽くす影による攻撃が全方位から迫り来る。
その軌道にある空気さえも喰っているのか、物凄い風が吹き荒れる。
「その存在をーーーー拒絶する」
「っ!? や」
漆黒が晴れ、元の暗闇に戻った。
壁の赤黒い大地は全て紅の血に色塗られ、元の色を失っている。その血はもちろん俺のものだ。
目の前には何も無い。
壁に埋まっていた棺桶も、ケルベロスを圧倒した漆黒の影も、金髪赤眼の魔女も無い。
「これからどうするか」
自分はどこか壊れてしまった、その実感はあった。あながち間違ってないだろう。
壊れたのではなくガラスが粉々になるように砕け散ってしまったのかもしれない。
ステータスだけ確認しようかと思ったが、【鑑定】のギフトは交換の素材に使ってしまった。
「ガルルゥゥ」
「どうした、まだ俺を殺し足りないか?」
実際に俺を殺したケルベロスでは無いだろう。俺を殺しまくってくれたケルベロスは既にほとんど魔女の影によって駆逐された。
それでも俺には同じ生き物しか見えない。
「ガルルゥゥ!!」
「この空間から拒絶する」
「ガルッ? ガルゥッ!?」
俺を中心とした5メートル×5メートル×5メートルの正六面体の中から全ての生物を拒絶した。
見えない壁に齧り付くケルベロスは滑稽なこと極まりないが……笑い方を忘れてしまったみたいだ。
血の匂いにつられて続々とやってくるケルベロス達。
しかし、1匹たりとてその空間には侵入できていなかった。
「本当に……つかれ…た……」
自分の外の光景に慣れ、飽きてきた頃、疲労が瞼の上に乗り掛かってきた。
今思えば、人間何万回もの死と蘇生を繰り返して疲れないわけが無い。
その睡魔の誘惑に逆らうことなく、俺は意識を手放した。
☆
「花梨っ! お前! 何をしたのか分かってるのか!!」
「痛いわね、離して」
目の前から急に強敵と1人の仲間が消えた。
その直前に花梨が魔法を発動させたのは誰から見ても明らかだった。
その魔法を使った本人に掴みかかるが、本人はありえないほど落ち着いている。
「業平が、業平が死んだ!!」
「そうとは限らないわ」
「あんな敵相手に何万回と殺されてみろ! 心が先に殺される!! 仲間を犠牲にして、後悔してないのか!!」
事実を突きつけられ、苦しそうな顔をするが、直ぐに真っ直ぐ見つめ返してくる。
「私は私のできる最善策を実行した。おかげであなた達は今生きているのよ」
「俺たちじゃなくて、業平がっ! くっそぉぉー!!!!」
地面に怒りをぶつける。
怒りの矛先は地面でもましてや花梨でも無い、自分だ。
この中で動きが1番早く、この中で動けたのは自分だけだった。それでも足でまといになったかもしれないが、身代わりになることなら出来たはずだ。
業平の方が俺より強い、なのに業平を殺されてしまった自分が情けなくて、悔しかった。
「これからどうするかを決めましょう。そこに腰が抜けている人達と共にこのままダンジョンの調査を続けるのかどうなのか」
周りには怯えきった冒険者や調査員がいる。こっちの仕事も無為に放り出していいものでは無い。
だからと言って、このまま業平のことをナシにすることなんてできるわけが無い。
「ちょ、調査は中止にしましょう! こんな所に居たくない!!」
「そ、そうだ! 勇者なんだろ?! そんなんで本当に魔王を倒せるのかよ!」
目の前で惨敗した勇者達に向かって自分たちの不満をぶつけ始める冒険者や調査員。
「業平っち、生きてるよね」
「……探しに行く。……彼は不死身だった」
そんな外野の野次など耳に入ってこなかった。
匠の一言ではっ、となる。
まだ希望は消えていなかった。
「花梨! 業平の所に飛ばせ!」
「無理よ、彼は暗黒大陸にいるはず。あなた達の力なら1時間とせずに全滅するわ。もちろん彼とさいかいすることも無くね。それに彼の反応が探知できない。何らかの方法で殺されたと考えるべきよ」
この時花梨は嘘をついた。
業平はあとは頼んだと言った。
今、彼を探しに行かせれば間違いなく大打撃を受ける。
勇者の特徴はレベルの上限がないことだ。それを生かさずに戦わせるわけにはいかない。
「私達には魔王を倒す使命がある。それを乗り越え、平和になってからでも、彼の遺体を探しに行くのは遅くないわ」
「まだ死んだって決まったわけじゃ!」
「決まったのよ。勇者の彼はここで死んだ。もし生きていたとして、彼をまだ戦わせるの? 足でまといの私達を守らせながら囮になってもらうの?」
きついな。
でも、犠牲を無駄にしてはいけない。
ーーーー私の目的の為にも。
「強くなる、強くなろう。業平なんか必要ないくらいまで」
幻の勇者・風間業平
今の平和を創り上げた勇者たちの中で最も強く、最も早くに死んでしまった勇者。1ヶ月足らずで世界龍・クーリアを出し抜き、仲間を守り抜いた英雄。
読んでくださってありがとうございました!
ここからが闇落ちストーリーになる予定…。