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FEATHER  作者: 「S」
第一章 フェザー襲来編 ―その羽は何より美しく―
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第一章6  『導きの羽』

「――あれか……」



 とある屋上。


 背中に日差しの温もりを感じながら、男はそこに開けられた風穴の奥、瓦礫の広がる屋内へと目をやる。


 そこに横たわる一人の少年。

 それを見つけると、フードに隠した顔を隣に佇む仲間へと向ける。


 互いにローブを身に纏い、表情はわからないが内心ここまで誰にも気づかれずに来れたことに安堵し、作戦決行の相槌を打つ。


 屋内へと飛び降り、瓦礫の土を踏む。

 一人は少年へ颯爽と近づき、その後を追うように男はゆっくりと進む。


 うつ伏せに倒れ込んだ彼の身体をそっと抱き寄せ、息があることを確認すると、彼女は持ち物である回復薬を取り出し、一滴ほどその唇へと垂らしてやる。


 その光景を確認すると、男は辺り一帯を見回し、感慨深く佇む。


 瓦礫の山。壁のめり込み跡。床のクレーター。

 何かしらの魔法を使ったであろう形跡。


「ん……?」


 そこには一枚の羽が落ちていた。


 黒く消えかかった光。

 その上へ覆い被さるように、舞い降りた白い羽が重なり、泡のように散った。


「皮肉だな……」


 それを眺めながら思う。


 この世界の歪さ。

 互いが互いを思いやり、逃げ場など無く、共に犠牲となった。


 一人は憎悪を燃やし、一人は愛を育んだ。



 まるで、人のように――。



「……」


 振り返り、彼女へと視線を移す。

 背負われた少年を目に、ゆっくりと瞬きをして、


「行くぞ」


 そうやって、光射すこの場を後にした。



      ※



 眩しい光。頬を撫でるそよ風。

 とても暖かくて、心地がいい。

 そして徐々に、意識が覚醒する。


「……っ」


 瞼を開いた先。

 辺りを見回せば、オレンジ色の空間が広がっていた。


「ここは……」


 見知った部屋。

 ベッドに横たわった身体を起こして、気づいたことに時刻は夕方と化していた。


「保健室、か……」


 手当てされた身体。

 少しの傷と巻かれた包帯。

 案の定の治癒力により、また死に底なったようだった。


「……」


 解放された窓。そよ風により靡くカーテン。


 その先に広がる夕焼け空。

 どこへ向かうのか、鳥が数羽ほど飛び去って行く。


 当たり障りのない平凡な光景。

 ぼんやりとそれを眺めて、先ほどの戦いが頭の中を駆け巡る。


 捻り出した答えの先。

 彼を取り込むことでしか、あの場を解決できなかった。


 彼と彼女をこの身に宿し、より一層、無感情になってしまった。


 人間では、なくなってしまった。


「ん……?」


 ベッドの横、置かれた一枚の羽に目が留まる。

 白く光り輝くそれを手に、物思いに耽ってしまう。


 嫌な予感が当たって生まれた現状。

 そこに浮かぶは、決意と覚悟で。

 静かにそっと、それを強く抱いて。


「羽亮っ!」


 勢いよく開けられる戸に、遮られた。


「お嬢……」



 現れた、金色の長髪に赤い瞳をした少女――『花園華聯はなぞのかれん』。



 そこへ続くようにして、『月島颯斗つきしまはやと』と『如月龍司きさらぎりゅうじ』が息を切らしてやってくる。


「大丈夫っ?怪我はない?何その傷っ!?誰がやったの?早く教えなさいっ!」


「お嬢、落ち着いて……」


 取り乱した表情。



「さっきのフェザー?そうよね?そうなのよねっ?待ってなさい、今すぐ敵を取って――」



 久しぶりに見る、慌てふためく華聯の姿。

 それ故に大きく息を吸って、


「華聯!」


「……っ」


 落ち着かせるために張り上げた声が、罵声の如く響いたことに嫌気がさした。


「俺は、大丈夫だから」


 だからそっと、苦笑する。

 少しでも、この場の空気を和ませるために。

 必死の笑みを取り繕う。


「……そう」


 沈む顔。

 自分も同じように、申し訳なく俯いてしまう。

 それを見兼ねてか、後ろの二人は顔を見合わせ、口を開こうとして、


「……っ」


 パチンという平手打ちの音が鳴っていた。


「まったく、こんな大怪我して……」


 真剣な眼差し。

 強く叩いたはずの手は、頬に添えられるようにして止まっていて。

 そこに痛みなど無く、


「心配したんだからね……?」


「……ごめん」


 謝る以外の選択肢が、見当たらなかった。


 頬にある優しい感触。

 その手の温もりを感じながら、自分の手を重ねる。



 ――暖かい……。



 伝わってくる熱が心にまで染み渡る。

 ただそれが、嬉しいのに悲しいのは何故なのだろう。


「そんで?」


 ふと聞こえる呆れ声。

 目を向ければ、肩をすくめて、胸を撫で下ろしている彼らがいる。


「結局お前に何があった?」


 当然の問い。

 言い逃れのできないことに、しばらく口を噤んで、ここは素直に答えることにした。


 三人と別れ、外へ向かおうとして体育館でフェザーと遭遇したこと。

 戦う破目になり、ジリ貧になって、なんとか撃退することができたこと。



 それ以外の真実など、告げることなく包み隠して――。



「なるほどな~……」


「それでそんな大怪我してたんだねぇ~」


 呑気な感想。

 こっちは死にかけたというのに、二人の対応はいつも通り。

 そんなことに少しほど不貞腐れていれば、ボスっという振動がして、


「スー……スー……」


 あったのは、こちらへと倒れた華聯の寝顔で。

 そこに驚きつつも、頬は自然と緩んでいた。


「お嬢、ずっとお前の心配してたんだぞ」


「ずっと気を張り詰めて、見ているこっちが疲れてくるほどに」


 二人の態度。

 どうしてそんなにも落ち着いていたのかがわかり、容易にその姿が目に浮かぶ。


「そうか……」



 ――ありがとう、華聯……。



 胸の中でそっと感謝の意を浮かべて、愛おしくも彼女の頭をそっと撫でる。

 心なしか彼女の口元が緩んだように見え、微笑してしまう。


 そして、申し訳なく思う。



 この笑顔も見納めか、と――。



「なぁ……」


「なんだ?」


「先生は、まだいるか?」


「うん、いると思うけど……」


「そうか……」


「なんか伝言か?」


「まあ、な……」


「……?」


 眠っている彼女を起こさないようにベッドから降りる。

 夕日に照らされながら、重く沈んだ心を持ち上げる。


「華聯を頼んだ」


 二つの意味での言葉。

 でもどうやら、勘着いてはいないようで、


「ああ?」


 如月の返答を耳に、ゆっくりとこの場を離れて行く。

 その光から抜け出して、自ら影に飛び込むように。



 重たい足取りで、あの頃の孤独感を抱いて――。



      ※



 冷たい廊下を裸足で歩き、職員室の前までやってくる。

 ノックをし、静かに戸を開ける。

 中を見渡せば、有り難い事に一人の講師だけが席に着いていた。


「先生」


 そこへいつも通り近づけば、


「他の生徒なら、もうとっくに帰ってる時間帯です。あなたたちだけですよ?こんな時間まで残っているのは……」


 先生の対応はいつも通りのもので。


「他の先生は?」


「今日の件について会議を行っています」


「先生抜きでですか?」


「私は少しばかりやることがありまして、会議を欠席しているんです」


「そうですか」


 何気ない会話。

 切り出す勇気が少し、持てないでいる。


「……君がここに来たのは、こんな話をしに来たわけではないのでしょう?」


 何でもわかっているような言い分。

 おそらくは、話しづらいことなのだろうと、歩み寄ってくれている。

 だから少しばかり間をおいて、小さな一呼吸をする。


「3日間ほど学校を休ませてもらいたいんです」


「ほう……今まで一度も休まなかった君がですか。珍しいですね」


「すみません……」


「責めているわけではありません。その格好からして大体の見当はつきますからね」


「……?」


 先生の顔。


 その視線を追うように自分の身体を見て見れば、今朝とはまた違った形で替えの制服までもがボロボロになっていた。


 長袖だった白シャツは右だけ半袖、左は七分袖となり、黒の長ズボンは膝下あたりまでしかない。

 どちらもが何かに食われたような虫食い状態で、生地はチリヂリに焼けている。

 服の下にあるのは肌ではなく、巻かれた白い包帯で。


「まったく、無茶をしますね」


 その言葉に、黙ることしかできなかった。


「それで?用件はそれだけではないのでしょう?」


 察しの良い人。

 本当に何でもわかっているんじゃないかと思わされる。

 その言葉通り、本題は別にあった。


「俺が休養している間、皆を俺から遠ざけてほしいんです」


「それはまたどうして?」


「あいつらといると、楽しいあまり、はしゃいで治るもんも治らないと思うから」


「それは……そうですね」


 感慨深く先生は苦笑する。

 割と本当のように思えること、そんな自分の姿が目に浮かんで呆れながらに嬉しそうにしている。

 そして自分も、確信を突いたかのように微笑する。


「つまり君は、自宅で3日間ほど安静にしていたいと、皆を遠ざけて一人になりたいと、そう言うのですね?」


「はい。いろいろ、やられましたから……」


 そっと胸に手を添える。

 心身共に弱っているというような、そんな主張を見せる。


「……わかりました。ゆっくり休んでください」


 その言質を耳に、心の中で悪戯な笑みを浮かべる。


「ありがとうございます」


 一方で見せるこちらの顔には、申し訳なくも謝辞を浮かべた苦笑をする。

 その表裏の奥底に、秘かな悲しみと寂しさを潜ませて。

 思い出と感謝をこの胸にそっと、抱き続けて。


 そうやって、何もかもに背を向けるように、惜しみながらこの場を後にした。



      ※



 とぼとぼと帰る黄昏れ時。


 何年ぶりだろう。素足で歩くのは。

 朱色に染まる道を孤独に苛まれながら、ボロボロの衣服で進んでいく。


 まるで昔に戻ったかのよう。

 だからなのか、懐かしく思う。


 教会での思い出。

 今の自分。今までの自分。

 その何もかもを彷彿とさせる。



 ――これでいい……。



 ずっと、過去に囚われ続けている。

 凄く、複雑な心境。



 ――これでいいんだ……。



 恨み続けたフェザー。

 なのに今や、そんなフェザーに恋をして、己もフェザーと化している。

 それ故に、苦虫を噛み締めるように、笑みを溢す。


「滑稽だな……」


 先ほどの皆に手向けた言葉。

 見せる表情すべてが演技だった。

 一体いつから、欺いていたのかというように。


 そんなのは決まっている。


 出逢った瞬間から、こうなることはわかっていた。


 自分がいれば絶対、迷惑が掛かること。

 受け入れてくれるはずがないのだと、最初から諦めていた。


 だから今、自分がこんな状態になったのはいい機会だった。



 『もう、あいつらとはいられない』と――。



 ――ただ、



 わかってはいても、長く一緒にいすぎたせいで情が移っている。


 人間である証拠。

 胸の奥が少しばかりチクリとする。



 ――でも、



 寂しいという孤独も、悲しいという痛みも、生きることの辛さも、全部全部覚えている。

 常にそうだったように、結局は今もそれは変わらない。


 心の中に誰もいないのなら、支えが無いのなら、それはただの棒。

 突っ立っているだけの案山子も同然。



「―――」



 沈みかかった、夜に変わる淡い空の色。

 瞳に映し出されるのはやっぱり、どんな時でさえシスターの笑顔。

 その最後に浮かぶのは、同じ色で染められた別れの瞬間で。


 そこから誓った今があること。

 それを改め直させてくれる。



 あの日から、俺は――、



 自分で自分を支えている状態。

 誰かが傍にいてくれても、埋まらないこの胸の空白。

 きっと、日々を無感情に生きている時点で、気づいていたのかもしれない。



 人じゃなかったんだ、って――。



「ん……?」


 ふと立ち止まった足。

 夕暮れにより行き交う人々。

 顔を横へと向けてみれば、身に覚えのない店が存在している。


「……」


 一歩、また一歩と近づいていくその足。

 まるで何かに引き付けられるように、店の前に立ち尽くす。


「《GOVERNガヴァン》……?」


 店の看板。ガラス越しに並べられた骨董品の数々。

 シックな作りからして、おそらくはアンティークショップの類。


「……っ」


 置かれた品物に目を疑う。


 普通のアイテムかと思いきや、伝説名高いものばかりでサンプルという札を張っておきながら六桁を超えた破格。


 いや、そこに驚いたんじゃない。

 札の一つも貼られていない、飾られた一つの剣に魅入られた。



 だって、それは――、



「スペルディウス……?」


 そこはかとなく黒く、鏡のように艶のある美しき刃。

 埋め込まれた紅色のクリスタル。


 それは正しく、昔読み聞かされた絵本の剣にそっくりで。

 見間違えるはずなど、なかった。


「どうして、これが……」


 紛れもない伝説の一振り。

 どう見ても本物。


 毎日のように絵本を開き、そこにある剣が本当にあったらいいのになと目を輝かせたあの頃。


 シスターやその後の調べで、あの絵本の出来事はこの世界の歴史を記したもので実際に存在していることを知って。

 ただそんなのは、別世界のことのように感じていた。


 そこに描かれていたのは、二人の英雄譚。血で血を洗う長き歴史の記録。

 四大天魔と滅びた妖精。愚かな人間と気高きフェザーの存在。

 入り乱れ、交錯するそれぞれの想い。


 あの頃はただ、かっこいいとしか思わなくて、難しいことはよくわからなかったけど、深く読み進めるといろんなことがあったのだと思い知らされた。


 今まで、フェザーに対し、憎しみと怒り、恨みや殺意ばかり浮かべてきた。

 絵本にあったフェザーには、英雄としてこの世を救う姿が載せられていて。

 自分が見てきたフェザーとは、似ても似つかなかった。


 汚れた人間と落ちぶれたフェザー。

 そんなのばかりが広がった世界。


 平和なんてどこにもない。

 故に自然と、この本のことは忘れようとした。


 憧れは憧れで。

 思い出せば、裏切られた苛立ちでおかしくなりそうだったから。

 同時にそれは、シスターとの思い出を汚されたような気分になるから。



 ――でも、



 今目の前にあるのは現実で、息を呑む。


 信じられない光景。

 もしかしたら、ただの勘違いで、ここに飾られているのは客の目を引くためのレプリカなのかもしれない。


 とにもかくにも、店に入ればすべてがわかる。

 そう考え、意を決して店の中へ足を踏み入れてみれば、



「――いらっしゃい」



 入店直後、新聞紙を広げる眼鏡を掛けた老人に声を掛けられていた。

 咄嗟のこと故に黙視する形となり、店内を見渡すことで気を紛らわす。


「……」


 殺風景な部屋だった。

 というより、どういう店なのかがよりわからなくなった感じだった。


 右を向けば木造のタンス。その斜め後ろには先ほどの骨董品。

 左には鉄鎧や盾、樽に収めた数本の剣、壁に掛けられたペンダントや指輪などの類。


 他にも木彫りやモンスターの頭部なんかが揃えてあり、もはや武器屋なのかアクセサリーショップなのか。どれも案の定の価格。


 だから眉を顰めて、店主に問う。


「あの」


「なんだ?」


「あそこにある剣って、本物ですか?」


 途端、眼光炯々と老人は黙り込み、


「……だったらどうした?」


 眉を顰めて視線はまた、新聞へと戻された。



 ――本物……。



 その言葉を疑うわけじゃないけれど、信じ難い。

 もちろん嘘をついているようには見えないし、自分で思ったことでもある。

 けれどやっぱり、現実味が持てない。



 ――ただ、



「いくらですか?」


 あの剣には、何かがある。

 そう踏んだこの決断に、迷いなんてなかった。


「悪いな。ありゃ、売り物じゃねぇんだ」


 嫌味たらしい言い分。

 ならなんで飾ってあるのか、文句を言いたいほどに。


「なら、譲ってくれないか?」


「あぁ?」


 ぶつかり合う苛立ち。

 仕方がない。譲れないものがそこにあるのだから。

 諦める選択肢は、ここにはない。


「……資格」


「……?」


「お前がその剣を扱えたなら、譲ってやらんこともない」


 どういう風の吹き回しか、意図のわからない物言い。

 すると感慨深そうに目を細め、そのわけを口にする。


「知ってると思うが、そいつぁ世界を牛耳れるほどの兵器だ。国のお偉いさんが血眼になって探している。莫大な富を支払ってでも手に入れたいほどのな。売りゃあ一生遊んで暮らせるだろうさ」


「なら……」


『何故、あんたはそうしない?』、そう尋ねようとした時だった。

「だが!」という大声に遮られ、その理由はすぐにわかった。


「並の人間が扱やぁ、いとも容易く殺される。そいつにな」


「……」


「物には意思が宿る。そしてそいつは、人を選ぶ……。認められなきゃ、お前さんの首が吹き飛ぶぜ?それでもやるかい?」


 脅すような口ぶり。

 いや、きっと試しているのだろう。

 何者かはわからないが、伝説の剣が常人に扱えないのもきっと事実。



 ――けど、



 やっぱり、不思議だ。


 ソラと一体となって、目に魔力を集中させることで現れる金眼。

 この瞳により、背後の剣から漂う不吉な魔力が見える。

 振り返ってみれば、黒く禍々しいそれは、徐々に増している。


 まるで、こっちに来いと呼んでいるみたいに。


 だからゆっくりと手を伸ばすのに、


「……っ」


 何かの結界のせいか、拒むように弾かれた。


「ほう……お前さん、混合主ミクスだな?」


「……?」


 聞き慣れの無い単語。



 ――混合主ミクス



 確かに店主はそう言った。

 手を擦りながらそっと一瞥してみれば、店主は隣に佇んでいた。


「お前さん、フェザーと同化しただろ?」


「……っ!」


 老人の瞳が一瞬だが淡い瑠璃色に変わり、やはりただ者ではないのだと、そう確信させる。


「どうしてそれを?」


「そいつは意思を持ってるって言ったろ?」


「ああ……」


「大半のやつはその魔力が見えず、触れるだけで首から上が吹き飛ぶ」


「まじか……」


「マジだ」


 いやらしい返事。

 だがこれで、わかったことがある。


「じゃあ、そうならなかった俺は……」


「まぁ、嫌われてはいないようだな」


 老人はそう言い放ち、カウンターへと戻っていく。

 すると次第に止めどなく溢れていたはずのオーラが収まっていき、


「……合格だ」


 その呟きと共に、途絶えた。


「合格?」


「ああ」


 言葉の意味がわからず、実感も湧かず。

 それ故にもう一度、剣へと手を伸ばすのだが、


「……っ」


 またもその手が届くことはなかった。


「おい……」


「確かに資格はあるようだが、渡すなんて一言も言ってないぜ?おらぁ扱えたら譲ってやらんこともないって言っただけだからな」


 騙されたような裏切り。

 だが確かにそんなこと言っていない。

 歯痒さともどかしさが身を包み込んだ瞬間だった。


「また明日来い」


「ぇ……?」


「俺が教えてやる。その剣の扱い方をな」


 予想外の発言。

 一体何を考えているのだろうと、正直戸惑う。


「俺じゃ不満か?それとも怖気づいたか?今ならまだ後にも引けるが、どうする?」


「いや……」


 そうじゃない。


 教えてくれるのは凄く有り難い申し出で、凄く光栄なこと。

 今までの自分なら心の内、大喜びしていただろう。


 けれど今は、そんな悠長なことは言ってられない。



 だって、俺はもう――、



「何だ?」


 はっきりしない態度に嘆息する老人。

 受諾しようにも、時間がない。



 ――だから、



「それ、どれくらいかかるんだ?」


 そう問うことが、最善の策だった。


「そらぁお前さん次第だな」


「そうか」


 つまり、未定。

 実力次第では明日中にも習得マスター可能ということに胸を撫で下ろす。


「んで?どうする?やるのか、それとも、やらないのか。どっちだ?」


「……やる」


 だからその決断に、迷う余地など無く。


「そっか……」


 怪しげな笑みを浮かべる店主に、嫌な予感がしつつも、



「んじゃ、覚悟しろ?英雄の卵――」



 そんな言質を耳に、不思議な高揚感が胸の中でふつふつと湧いていることを感じながら、そっと店を後にした。



 ――死闘を繰り広げた先に待つは、

  不穏にも導かれる伝説の予兆だった――

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