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FEATHER  作者: 「S」
第一章 フェザー襲来編 ―その羽は何より美しく―
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第一章3  『白と黒』

「――ここか……」



 黒翼を広げ、空中から眺める一人の青年。

 大国の城と同等か、それ以上のスケールを誇る建築物。

 これが学校だというのだから少し驚くも、生徒数や都市部のことを考えれば当然かと納得する。


 そうやって、目の前に広がる光景に少し圧倒されつつも、気分は重く荒んだものだった。



 何故ならここへ来た目的は――、



「あいつはどこだ……?」


 探し人を見つけるため、感覚を研ぎ澄ます。

 急降下しながら瞳を閉じ、人々の騒めく声を耳にする。

 気配と共に、その者の生命力、魔力を探す。


「違う……違う……」


 人ひとりひとりに目を向け探していくも、簡単には見つからず、上空へと飛翔する。

 どこにいるかと思考を凝らせ、今度は校舎に沿うように徘徊する。


「ん……?」


 往復するように飛空していると、何やら背後からミサイルのようなものが近づいていた。

 だがそれに気づいたのも束の間、距離はもうすぐ傍で。



 防ごうと左手を伸ばすもその勢いは止まらず――、



 破裂音と爆風が辺り一帯を包み込んだ。



 ――けれど、



「軽いな……」


 物静かに、それでいて堂々と、黒煙の中呟く。


「こんなので潰せるとはな」


 先ほど伸ばした左手。

 ミサイルに触れ、発動した紛い物の魔法(仮)。


 ただ単純な、翼による風魔法擬きで爆発の勢いをこちら側ではなく後方へと追いやっただけの、魔法と呼ぶかは不確かなもの。


「さてと……」


 振り返り、校舎へと目をやる。


「……っ!」


 するとそこには、探し人である者の魔力が、逃げ惑う生徒を潜り抜けながら走り去っていく姿があった。


「見つけたぁ……っ!」


 苛立った漏れ声。

 彼の進んでいく方向へ、こちらも翼を広げて飛行する。


「何やってんだよあいつ……っ!」


 走り去っていく彼を眺めながら思った一言。

 だがそれは、彼であって彼ではない、そんな彼女へと向けられたものだった。


「クソが……っ」


 目で追いきれなくなった彼の行先。

 方向からしてグラウンド並みに大きな体育館側へと進んでいるのがわかる。


 そのため上昇し、平らな屋根へと急降下する。

 風に身を任せ、突っ切るように衝突する。


 大きく突き破った屋根。

 薄暗い影に染まり切った土煙の舞う空間で、着陸し、視線を泳がせば、予想通り鉢合わせたことに二ヤリと頬が綻ぶ。


 そして、彼女の傍にいる彼へと声を掛ける。


「よう……返してもらうぜ」


 

      ※



 ――数分前。



 突如として現れたフェザーの存在により、学園の廊下は騒然と悲鳴で立ち込め、生徒たちは慌ただしくも避難を開始する。


 ただ、そんな中で一人、その人波を遡るように掻い潜り、自分は走り出していた。


「まさか……っ」


 息を切らしながら、蘇るは皆との先ほどの会話。

 フェザーにより緊急警報が発令され、華聯や如月、月島たちとはすぐに別れた。


 というのも、身体が自然と走り出していた。

 呼び止める彼らの声を無視して、ただひたすらに走り出していた。


 どこを目指すわけでもなく、ただ外へと、皆とは違う場所へと。



 何かに導かれるように、惹かれるように――。



 もしかしたら、その目で確かめたかったのかもしれない。


 今朝出逢ったフェザーの存在を。

 自分が憎んできた存在を。

 幼い頃に憧れを抱いた、翼をもつ者の姿を。


「いや……やっぱり、か……っ」


 風を切り、ふと思う。


 フェザーが現れることは、最初からわかっていた。

 今朝出逢ってしまった時点で、わかっていた。


 だから、驚くことのほどでもなかった。



 ――でも、



 足が止まる。


 誰もいない静かな廊下。避難し終わった静かな空間。誰もいない場所。


 あるのは左右に別れた曲がり角だけ。

 左に行けば体育館。右へと進めば大空を見渡せる外へと出られる。


 右を見て、左を見て、どちらへと進もうか迷う。

 当初は右へと進む予定だった。


 けれど心が叫んでいる。

 左に進め、と。左に進みたい、と。


 怖気づいたわけじゃない。

 フェザーに会いたい。その気持ちは変わらない。

 なのに不思議と、足が自然と、体育館側へと進んでいる。


 暗闇の広がる廊下。

 誰もいないせいか、その薄暗さが不穏に思える。不安を煽る。



「―――」



 そっとドアノブへと手を置く。

 ひんやりとした感触が、朝と同じ感覚へと陥らせる。


 ゆっくりと開放し、その広い空間を見渡す。

 これまで以上に陰った空間。窓から差し込む日射しだけが唯一の光。

 一歩、また一歩と進んでいき、辺りを見回して、2階の開いた窓へと目をやる。


 そこには靡くカーテンがあり、ひらひらと舞っていることに注目する。

 徐々に強く音を立てるそれは、風が強く吹いていることを指し示している。



 ――そして、



「……っ!」


 分厚く頑丈なはずの屋根が、勢いよく崩落する。

 岩盤が落ちてくるように、目の前に瓦礫の山が広がる。

 土煙が舞い、貫通された穴から光が射し込む。



「―――」



 心臓が高鳴る。


 目の前に広がる光景。

 射し込んだ光と土煙の舞う中、現れる一体の影。

 スポットライトを浴びるように佇むその存在。



 それは正しく――、



「よう……返してもらうぜ」


 翼を持つ者。人類の憧れ。憎き敵。

 その存在を目にした瞬間、驚愕する。



 ――何故なら、



「お……前、が……っ」


 その存在――フェザーに、心臓を貫かれていたのだから。


「かは……っ」


 貫かれた手が引き抜かれる。

 大量の血を流し、視界が歪みながら身体がバタリとその場に倒れ込む。

 出逢った瞬間に訪れた突然の死。



 ――また、か……。



 何も見えない。聞こえない。



 そうやって、本日2度目の死を噛み締めながら、意識はどこか遠くへと旅立っていった――。



      ※



『あーあ、また死んじゃった』


 投げやりにもふと思う。

 呆れるように死んでしまった自分の体を見つめながら、意識だけが浮遊している。


『無様だな~……』


 情けなく、何もできなかったことへの虚しさだけが重く伸し掛かる。


『お嬢、怒るだろうな……。勝手に飛び出して、勝手に死んじまってんだから』


 思念体になって呟く一言一言。

 その全てが遣る瀬無い思いで、どうしようもない現状への諦めだった。


『……まぁでも、これで良かったのかもしれないな』


 そっと瞳を閉じる。

 思い深く、ずっとこの瞬間を待ちわびていた。


『これでやっと、シスターに会える……』


 意識だけとなった体が、霊魂となって上昇していく。

 広がる真っ白な眩しい世界。



 包まれていく暖かな光に身を委ね、笑みを溢して――。



『シスターに会ったら、何しようかな……』


 消えて行く霊体。

 泡となり、自分の一部一部が欠けて行く。


『そうだ……話をしよう。いろんなことがあったもんなぁ……』


 光に抱かれ、出口が近づいているのか姿形が薄くなっていく。

 だから最後だというように、ここにある思いを言葉にする。


『ねぇ、シスター。シスターがいなくなってから、いろんなことがあったんだよ……?たくさんたくさん、話したいことがあるんだ』



 やっと――、やっと――。



 再会できることへの喜び。

 懐かしい思い出が、心の中を淡く彩る。


『でも、ゆっくり話すね。時間はたっぷりあるし……』



 ――ああ……やっと会える。



 ぼんやりと最後の欠片となった意識の中、白き羽を持った天使が現れる。

 こちらへと手を伸ばし、近づいてくる彼女の姿から迎えが来たのだと悟った。


「ダメ……っ!」


 響く声。

 舞う羽と靡く金髪に魅了されながら、再び会った彼女に見惚れる。


『……』


 何も考えられず、ただ茫然とこの光景を眺める。

 徐々に思考が働くようになり、現状を確認する。


『君は……』


 消えかかった意識の中、彼女の存在に目を向ける。


 沈んでいく空間。

 でもそれは、空間ではなく自分の方。

 地上へと戻されるように下降し、無くなっていったはずの意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。


 それにより気づいたのは、再会したのはシスターではなく今朝出逢った少女ということで、片翼を生やした彼女に抱かれ肉体へと引き戻されているということ。


『どうして……』


 再び目にした少女に、複雑な感情が渦を巻く。

 なぜ彼女がいるのか。どうして下へ引き戻すのか。


 もう少しで手が届くはずだった。

 なのに何故、シスターとの再会を阻止し、何の未練もない地上へと戻されなければならないのか。


 悲しみが色濃く心の中を蝕んでいく。



 どうして、と――。



『なんで……』


 地上へと戻され、自分の死体を目に立ち尽くす。

 失くなっていたはずの意識が、元の幽体となって彼女へと目を向ける。


「……」


 問われた質問に対し、彼女は黙ったまま。

 それに対し少しの苛立ちと、悲しみが止めどなく溢れてくる。



 また会えなかった、と――。



『どうして会っちゃダメなんだ……。なんで引き戻したんだ……。あとちょっとだったのに……』


 顔を抑え、悲しみに暮れる。

 我慢しようするのに、この世界の自分は正直で、泣き崩れてしまう。


『……っ』


 そして不意にそっと、暖かな温もりが体を包み込む。


「ごめんなさい……」


 囁かれる彼女の言葉。

 申し訳なく伝わってくるその思いに、自然と耳を傾ける。


「でも、私は羽亮に生きてほしいって思うから……」


 彼女との目が合う。


 蒼く透き通った瞳。

 その輝きに、どこか懐かしさを覚えてしまう。



 この子の瞳は、空の色にそっくりなのだ、と――。



『どうして、俺の名前を……』


 吸い込まれるようにして、視線が彼女に釘付けになる。

 すると彼女は微笑み、優しく頬に触れてくる。


「ずっと、見てたから」


『ぇ……』


 撫でるように、愛しく見つめるその瞳。

 何か不思議な感情が、心の中を包み込む。


「羽亮をずっと、見てたから」


『……』


 彼女の言葉に、何故だか心が揺れてしまう。


 ずっと見ていてくれた。

 それは今まで、自分が一人ではなかったのだという証。


 人は誰かが傍にいてくれるだけで安心する。

 たとえそれが、翼を生やした天使であっても。


 だからなのだろうか。



 彼女の存在が少し、愛しく思えてしまうのは――。



「さぁ、行こう?」


『行くって、どこへ……』


 強引にも手を掴まれ、立ち上がり、彼女の向ける視線の先を追いかける。

 そこには、うつ伏せに倒れた自分の死体、その傍にフェザーがいる。



 やられた相手とその光景を眺め、再度、彼女へと目をやれば――、



「あいつをやっつけに」


『え……』


 とっさに放たれる彼女の言葉。

 そのセリフに、困りながらに頬を掻く。


『俺、弱いんだけど……』


 もう一度、フェザーへと目を向ける。

 先の光景を思い出すに、勝てるはずがないのは明らかだった。


「大丈夫!羽亮ならできるよ♪」


『どこから来るんだよ、その自信……』


 呑気な物言いとその満面の笑み。

 彼女のその姿に羽亮は苦笑を浮かべてしまう。


「だって、羽亮には私がついてるもん。そして私には羽亮がいる……だからきっと、勝てる!」


『……』


 無茶苦茶な言い分。どこにも筋が通ってない答え。理由にもならない意見。

 そこに再び、微笑ましくも苦笑すれば、何故か過ぎるシスターの姿。

 その笑顔に、残念な気持ちを抱いて思う。



 ――ごめん、シスター。まだ、会えそうにないや……。



「……?」


 首を傾げる彼女。

 疑問を晴らすように、『なんでもない』と口にする。


『……』



 三度、最後だとでもいうように自分を襲った存在――フェザーへと視線を移す。



 そしてまた、彼女へと顔を向ける。

 すると両手が、重なり合うように握られており、彼女の温もりが伝わってくる。

 瞳を閉じて、世界が鮮明に彩られていく。



 それ故に彼女は、屈託のない笑みを浮かべて――、



「羽亮……ごめん」


 少し涙曇った声でそう言った。

 それが、何が為の謝罪だったのかはわからない。



 けれどその言葉を機として、白き光の世界が終わりを告げた――。



 ――届いたはずの手は、

  舞い落ちる天使の羽を掴み取っていた――

  

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