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FEATHER  作者: 「S」
第二章 山賊討伐編 ―夜明けの道―
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第二章4  『復讐』

 丘を急いで下り、街へと出る。

 一歩、また一歩と踏みしめる度、悲鳴は大きく、肌に熱を感じる。


 見渡すかぎりの炎と、逃げ遅れている人たち。

 救わなければと思うと同時に焦燥感に駆られ、頭の整理がつかなくなる。


 原因究明をしなければ、対処のしようもない。

 人々を助けようにも、あちらこちらに火の粉が舞っている。


 考えれば考えるほど時間は過ぎ、事態はどんどん悪化する。


「先生!」


「シエラ!」


 走って後をつけてきたのか、シエラは肩で息をする。

 飛び出てきてしまった割に状況を何も把握できておらず、対応に支障をきたしている。

 順序が逆になってしまったが、今は現状を把握しようと思う。


「何があった?」


「山賊が、襲ってきて……」


「なるほどな……」


 街が燃えている原因を知り、辺りを見回す。


 山賊がやって来たのであれば、火の手が回ったのはここの反対側、山賊が逃げた山の入り口がある方からだと推測できる。


 そのため、こちらへの被害は少なく、まだ無事な民家も多くはないが残っている。


 丘から見下ろした街の図を思い出してみるに黒煙が上がっていたのは街の中央より手前、多く見積もっても街の3分の1がやられている。


 消火と救助を考えるには、骨が折れそうだった。


「……ん?」


 ふと、街の緊急事態に見掛けないやつのことを思い出す。

 一体どこで何をしているのか、シエラなら知っているはず。


「猿山はどうした?」


「えっと、山賊を退治しに街の中央へ……」


「そうか」


 覚えた魔法で山賊を駆逐しようとでも考えているのか。

 怒りに身を任せ、突っ走っているようで、気が気でなくなる。

 打開策として、作業は分担することにする。


「俺は猿山を追う。シエラは住民を丘の上に避難させておいてくれ」


 欲を言えば、男手を借りて川の水を汲み、街の中央付近まで消火活動を行いたいところなのだが、山賊が街の中央を超えている危険性により、そうも言っていられない。


 街全体を水魔法で消化したいのは山々だが、放火している元を断たなければ意味がない。


 今取るべき行動としては、山賊を撃退すること。

 避難は各自でできるとして、誘導してくれるものがいれば、被害は最小限に抑えられる。

 山賊の下っ端の実力を見るかぎり、シエラであれは最悪、魔法で応戦できる。


 そう判断しての人選。


「できるか?」


 するとシエラは静かに相槌を打ち、行動へ移す。

 走り去るシエラを確認し、こちらも急いで猿山のもとを目指す。


「ったく、無茶すんなぁ!」


 疾走する中で働く嫌な予感。

 当たってほしくはないと願いながら、間に合うことを祈るばかりだった。


 

      ※



「はぁ…はぁ…」


 赤く染まる街を全力で駆け、息を切らす。

 数分前まで、シエラと共に魔法の特訓をしていたがために身体には少し、疲労がある。

 しかし、街中を包む炎と住民たちの悲鳴が怒りとなって足を動かす。


 先ほどまでの日常が嘘のようで。

 未だ信じられないのか、信じたくはないのか。

 頭には、何度も回想される光景がある。



「おっし!」


 羽亮から教わった魔法の数々。



 その一つである炎魔法――《火炎弾》を岩にぶつけ、粉砕する。



 今回は少量の魔力での発動だったため、炎の一球を噴射した程度のもの。

 それでも威力は衰えることなく、出来栄えとしては上々だった。


 課題として提示された魔力の配分。

 戦闘での長期戦を想定し、魔力を抑えた状態での発動を可能にするための特訓。


 そのために自分が扱える属性、火・風・雷・土・水の自然から連なる『五行魔素』のうち、水以外の四つ。


 中でも風と土が得意のようで、魔力を抑えた状態でも威力が変動することはなく。

 雷においては宙に細い紫電を迸らせていたため、火と同様の結果だった。


 覚えたてにしては、凄まじい成長速度ではないかと、我ながら恐ろしい。

 危うく天狗になりそうな勢いである。



 ――が、



「……っ!?」



 隣にいるシエラは、手名付けた水の精霊――『アクア』と共鳴し、平原の水分を空中に出現させるという、もはや魔法なのかもわからない現象を引き起こしている。



 地面から浮上してきた、大小異なる多数の水滴を一定の高さまで持って行き、停止させる。

 それはまるで、空から降り注ぐ雨を逆さまに、時間を止めたような芸当。


 5属性全てを扱えるが、水属性以外からっきし、4歳年下の12歳。

 自分とは相反する立場にいるシエラの才は、羽亮の言葉通り目覚ましい。


 しばらくして、超能力のように浮かせていた水が弾け地面に帰る。

 集中していたシエラの表情は、緊張から解け、柔らかく頬を綻ばせる。

 アクアと微笑み合う姿は無邪気な子供で、見ていて和む。


 ふと、魔術ではなく魔導を教えてくれた講師を思い出し、丘の上へ視線を移す。

 シエラと顔を見合わせ、丘を登れば、気に背中を預け俯いた少年がいる。


「寝てる……?」


 黒い髪に黒いロングジャケット、黒いズボンに革のロングブーツ。

 灰色の瞳は瞼により隠され、細身の華奢な体系は女性に近く。

 垂れ目の童顔でありながら、山賊を睨みつけたときの眼光は鋭く、今でも脳裏に焼き付いている。


「なんて言うか、ねぇ?」


 まじまじと眺め、改めて思う。


 美形ではないにしても、講義からして優しく穏やかな性格であるのは確かな話。

 子供っぽい一面もあり、モテないこともないのだろうと思うも、軽く首を振って否定する。


 荒野で拾った頃から講義に至るまで口数は少なく、ぎこちなかった。

 おそらくは積極性や協調性が乏しい、人見知りする体質。

 故に第一印象だけで好きになるような女子はいないだろう。


 さらに言えば、関係を築き、仲を深めても友達としてしか見てもらえないのが現実。


 中身を差し引けば、ただ無愛想で何を考えているかわからない無機質な男。

 それが彼、『魅剣羽亮』という講師。



 ――なのだが、



「可愛い……」


 そよ風に吹かれ、無防備に眠る羽亮は幼く。

 普段の大人っぽさとは掛け離れた姿にシエラは感動を覚えている。


 同い年でモテなさそうな容姿でありながら、魔法の技術や知識は一級品。

 強さや印象のギャップによっては惹かれる女子もいるかもしれない。


 くだらない思考の末、いつの間にか羽亮はモテる側の人間として位置づけられ、軽く嫉妬していた。


「チキショーっ!」


「どうしたの、急に?」


「いや、『羽亮はモテるだろうな』と思った途端、目から心の汗が……うっ」


「先生かっこいいもんね」


「やっぱり?」


「うん。可愛い♪」


「かっこよくて、可愛い?」


 子供らしい突飛な発言。

 女の子という感性もあり、理解しがたく首を傾げてしまう。


「でも……ちょっと怖い」


 何と言えばいいのか。

 複雑そうに苦笑するシエラの気持ちが少し、わかる気がする。


「いつも無表情で、心がないみたいで。でも、優しくて。どこか、寂しそう」


 絞り出した答えは、端的で物足りない。

 もどかしいけれど、これがシエラにとって精一杯の表現。

 それには自分も、同意というか共感できる。


「先生の笑顔は、優しくて、寂しそう」


 時折見せる微笑み方は儚く、今にも消えそうで。

 まるで、心にぽっかり、穴が空いているみたいで。


 羽亮は、2年前まで教会にいた孤児だと言う。

 フェザーに襲撃され、貴族に拾われたとも言っていた。


 きっと、悲惨な人生を歩んできたのだろう。

 そして、何か大切なモノを失ったために弱弱しく枯れ果てた。


 そう思えて仕方がない。


「怖い、か……」


 自分の中にも覚えのある感情。


 山賊と対峙した時の羽亮は、別人と呼べるくらいに殺気立っていた。

 ただふとした瞬間、口元を緩ませ山賊を軽くあしらっていた。


 羽亮には言わなかったが、講義にいくつか疑問点があった。


 羽亮が見せてくれた、火属性の魔法。


 火の玉を弾丸のように飛ばし、拡散させ追尾する《火炎弾》。

 散った火種から魔法陣を描き、火山のような噴火を起こす《獄炎陣》。


 羽亮はそれを光と闇の魔法だと言い、実践して見せた。


 魔法には、火・風・雷・土・水の自然から連なる『五行魔素』と、人間の善悪によって割合が異なる光と闇の属性『心象魔素』。


 『心象魔素』は誰もが持っており、扱う魔法全てに含まれている。

 善人であれば光が強く、悪人であれば闇に傾く。


 だが羽亮は、どちらの属性も同等の威力で発動して見せた。


 何かコツがあるのかと思い見逃していたが、実践に移り、特訓の流れになろうと、闇属性を含む魔法の類は発動できなかった。


 『心象魔素』は、人の善悪に左右される。


 ならば、羽亮が光と闇の属性を扱えた理由は何なのか。


 もし、言葉通りの意味合い以外に存在しないのであれば。

 考えるだけで、複雑な心境になるばかりだった。


「ん……?」


 ふと一筋の煙が空へと昇る光景が視界に入る。

 故郷である《プロスパー》を見下ろせば、瞬く間に煙の数は増え、悲鳴が聞こえ始める。


 それだけで何があったのか、察しが付く。


「まさか……っ」


 煙が昇った一本目は、山の入り口が近い南西あたり。

 おそらくは羽亮に撃退された三下が、仲間を連れ、復讐に来たのだろう。


「だからって……」


 民家のほとんどは木製でできている。

 それを燃やしていこうなどと、あまりに極悪非道。


「許せねぇ……」


 山賊に対する怒りで、心に混沌が渦巻く。

 強く握りしめた拳には、何もなかった。


 けれど今は、魔法がある。

 掌を見つめ、握り締めることで覚悟を決める。


 もう無力な自分ではない。


「おいらが、皆を守る……っ!」


 そうして、丘を全力で駆け下り、山賊のもとへ走り出していた。



 何度も繰り返された、長いようで短い回想。

 しかしそれも、街の中央で屯する山賊を捉え、終わりを告げる。


「お前ら!」


 逃げ遅れた住民を甚振り、痛めつける。


 長い世間話を聞かせる爺さんを蹴り飛ばし。

 暑苦しい筋肉質な青年は頭から血を流し、野垂れている。

 路地裏には、ウサギの人形を手に泣きじゃくる子供がいる。


 故に注意をこちらへ移し、彼らを逃がす作戦に出る。


「あぁ?」


 気づいた山賊の御一行。

 ガラの悪い連中の視線が一気に集中する。

 その隙を見計らって、逃げ遅れた人々が次々に避難し、安堵する。


「許さねぇっすよ!」


 放った先に誰もが武器を身構え睨んでくる。

 焼け崩れる木材の音が、開戦の合図だった。



      ※



「ほう……」


 部下たちの希望により、《プロスパー》へ進撃し、数時間。

 改めて復讐劇を催し、山賊の首領『《オーク》のバオギップ』は考え深く思う。


 山賊が現れると住民は颯爽と物陰に身を顰める。

 下山した理由は、住民たちの歯向かう意思をへし折るため。

 そのためには、恐怖を与えるのが一番である。


 《プロスパー》の民家は木造建築が主流。

 建物に火を放ち、住処から追いやれば、彼らは蟻のように湧いて出る。


 そこへ復讐心を燃やす部下たちが武力を行使し、住民は恐怖する。

 案の定、爽快なまでに彼らは悲鳴を上げ、散り散りになる。


 弱いもの虐めは見ていて退屈しない。

 下山部隊をやったという若造を呼び出すには、持って来いの余興だった。


 だが現れたのは、山賊に歯向かう割に弱いと名高い『猿山縁間さるやまえんま』という生意気な小僧で。


 そのガキが、部下たちを圧倒しているという状況に面白味を感じていた。


「《ウィンド・ストーム》!」


 猛々しい旋風を巻き起こし、数名の下山部隊を吹き飛ばす。

 後ろには血の気の多い登山部隊が控えている。


「《サンダー・ボルト》!」


 登山部隊には近づかれるとまずいと勘付いてか、掌から紫電を走らせ、遠距離から軽く焼き焦がしている。

 それでも、かわしている者や立ち上がる者がおり、接近している。

 近接戦であれば、山賊に分があることに変わりはない。


「《ガン・ロック》!」


 しかし今度は、鋭く尖った無数の岩を多量に噴射し、近づく敵を次々と串刺しにしていく。

 恐るべきことに登山部隊・下山部隊を含め部下の半数が地面に這いつくばって行った。


「おい」


「はいっ」


「あいつが今まで魔法を使おうとしたことがあるのか?」


「いえ、いつも通り今朝まで弱いガキでした……」


 バオギップの問いに近くにいた下山部下の反応は、信じ難いものを目の当たりにしていると言った様子で。

 あれだけの魔法を一朝一夕で覚えられるわけがないと、誰もが驚愕していた。


「ケトラ」


 その謎を知る者として、魔法を専門とする身内が山賊に一人いる。


 バオギップの側近である、ローブに身を包んだ『ケトラ』という老人。

 4、50代でありながら、顔の皺やフードからはみ出す長い白髭は、もはや仙人と言わんばかりに老け込んでいる。


 熊よりも大きいバオギップと、並び立つ細長いケトラ。

 彼らの関係を知る者はいないが、長い付き合いであるのは間違いない。


 バオギップが信頼を置く彼は魔導士であり、彼なら謎を解けるであろうと踏んでいた。


「何でしょう?」


 バオギップの呼びかけに対し、ケトラは何一つ動揺することなく。

 いつもより冷静な彼にバオギップは問う。


「あいつが使っている魔法は簡単に覚えられるものなのか?」


「……あの者が使っている魔法は、私と同じ『魔導』でしょう。魔法には発動方法が二種類あり、『魔術』は魔力制御を必要とせず、誰でも簡単に扱えますが、詠唱があり戦闘には不向きです。逆に『魔導』は詠唱がない代わりに魔力制御を要する。荒療治ですが、おそらく下山部隊を返り討ちにした黒服の少年が、あの者に我らへの対抗策として教えたのではないかと」


「つまりあいつには、『魔導』の素質があったということか。ふん、面白い」


 部下たちを押しのけ、バオギップは前進する。



 丸く巨大な鉄鉱石を竹のように太い棒に括り付けただけの武器――《アイアン・ハンマー》。



 それを担いで戦闘に参戦しようとする姿は勇ましく、味方でさえ身震いをしていた。


「おい、小僧。俺が相手してやる」


「お前は……」


「この山賊の首領、『《オーク》のバオギップ』だ。俺を倒せたら、もうこの街には二度と近づかねぇ。どうだ、やるか?」


「やってやるっす!」


「いい度胸だ」


 静かで野太い声に猿山は構え、部下たちは後ずさりする。

 バオギップが自ら赴くということは、久しぶりに高揚感を覚えているということ。


 愛用の《アイアン・ハンマー》は、一撃当てるだけで骨を砕き、内臓を弾く。

 殺傷能力に長けた重い武器を振り回されれば、味方にまで被害が及ぶ。


 自分と亘り合えそうな敵を見つけては、戦闘に興じ、楽しさのあまり狂人と化す。

 周りに目もくれず、辺り一帯を破壊する様は誰にも手が付けられない。


 部下たちにとって信頼できる首領であり、同時に恐ろしいモンスター。


 それが、バオギップと言うオークだった。


「ん?」


 始めに動いたのは、片腕を天に掲げる猿山で。

 ここに来て何をしようとするのか、バオギップは不意をつかれ茫然とする。


「《ガン・ロック》!」


 叫んだ名前は土属性の魔法。

 見た目から動きが遅いと判断してか、尖った岩で刺し殺そうという戦法。

 賢いようで、同じ技を連続するというのは陳腐で、少し残念に思う。


「……っ!」


 出現したのは先ほどとは比べ物にならない大きさの岩々で。

 一つでも食らえば腹に風穴が空きそうな巨大さに焦りを感じる。

 瞬間、猿山の腕が降り下ろされ、岩槍の大砲が放たれる。


「ふんぬっ!」


 しかし、一つ一つを見極め、バオギップは《アイアン・ハンマー》により砕いていく。

 それでも全てを防ぐというのは不可能に近く、腕や足に中でも小ぶりな岩たちが命中し、茶色く毛深い体に赤い血が流れ出てくる。


「お前らっ」


 避け終わったかと思えば、当たらずに流れた岩が背後にいた部下たちへ命中し、部隊は壊滅状態へと追いやられていた。


「テメェ……」


 一対一だと内心で決めつけていたが、相手はそうでもなく。

 したり顔で卑怯なことをすると思うも、人のことは言えず、策略としては称賛に値する。


「やってくれんじゃねぇか」


 けれど、許せるかどうかは別の話で、バオギップは静かに猿山を睨みつける。

 そして今度はこちらの番だと、バオギップは一歩踏み出し《アイアン・ハンマー》を横に振ろうと構える。


「《サンダー・ボルト》!」


 だが攻撃の隙を与えんと、猿山は同様の威力で魔法を連発する。

 伸ばす腕から雷を迸らせ、光の速度で高熱が蛇のようにバオギップへ接近する。


「んんっ!」


 それも間一髪、バオギップは《アイアン・ハンマー》の鉄鉱石で受け止め、雷流を弾く。

 危うくショック死させられるほどの魔法を防ぎ、命拾いする。


「《ウィンド・ストーム》!」


 そんな安堵も束の間、猿山は風魔法で追加攻撃する。

 最初とは規模の違う竜巻に閉じ込められ、逃れられる術はなく。


「ぐおおおっ!」


 疾風による斬撃が鎌鼬となり、体中を切り刻む。

 巨体による体重で吹き飛ばなかったことだけが、不幸中の幸いだった。

 そのため、《アイアン・ハンマー》で空を切り、逆風を起こすことで魔法を打ち消す。


「はぁ…はぁ…」


 竜巻が消えるも、中は空気が薄かったために息は切れ、体力も消耗している。

 まさかここまでやるとは思いもよらず、ケトラや僅かな部下は驚きを隠せずにいた。


「はぁ…はぁ…」


 ただ、消耗しているのは猿山も道理。

 魔力制御を敢えてなくし、高威力で発動し続けている。

 限界は、すぐ傍にまで来ている。


「……っ!」


 それでも猿山は、攻撃の手を緩めない。

 ここまで見せず、温存して置いた最後の魔法。

 すかさず、止めの一撃を狙う。


「《火炎弾》!」


 掌から炎の一球を解き放ち、バオギップを襲う。

 火による被害の悪化を気にし、使うかどうか迷った末、切り札となった火属性の魔法。

 山賊の首領だとされるバオギップを燃やし尽くさんと、火の弾丸が命中する。


 そう誰もが確信した時だった。


「《防御壁》!」


 杖に六角形のシールドを張り、《火炎弾》を物理的に弾き飛ばすローブの男。

 側近であるケトラにより、バオギップは一命を取り留める。


「マジっすか……」


 それを機に猿山は地面へ足を着く。

 どうやら猿山は魔力切れを起こしたようで、バオギップは口元を緩ませる。


「はーはっはっはっ!残念だったな、小僧!」


「ぐ……っ」


 高らかに笑うバオギップに猿山は頭を掴まれる。

 特訓による疲労も重なり、身動き一つ取れずにいる。


「お返しだ!」


 掴んだ手を離し、猿山が宙を舞う刹那。

 バオギップは《アイアン・ハンマー》を手に猿山を目掛けて大振りする。


「ぐぼっ」


 それは見事に猿山の腹へと直撃し、勢いよく水平に吹き飛ばされる。

 その距離は計り知れず、向かった先には燃え盛る民家がある。


 猿山に抗える力など、残っているはずもなく。

 猿山は火の海へと、落ちていく。


 朦朧とする意識の中、瞳には黒い雲に覆われた空と、何かが映り込む。

 気づけば、自分の身体に少しの衝撃と振動があり。


「ぇ……」


 徐々に視界が晴れ、地面に目が行く。

 ゆっくりと空中から降ろされていく光景と、腰回りにある誰かの腕。

 地に足を着けたとき、傍に佇む黒一色の存在に猿山は頬を綻ばす。


「悪い。遅れた」


 謝る割に申し訳なさそうに見えない態度。


 そんな『魅剣羽亮』の登場に猿山は苦笑していた。



 ――怒りに燃える街中で、

  少年は安堵する――

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