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 アーシオンは、お人好しのヒロを騙し、その親切に付け込んで、彼が自分から牢獄へ飛び込むように仕向けた。おそらく、魔王に関わる情報を秘匿しようとする、ゼエル陛下の意を酌んでのことだろうが、それは、あまりにも卑劣な行いだった。

 彼の不義に対し、サクラコが取った行動は、ボイコットだった。皇子を非難し、投獄されたヒロが解放されなければ、自身に課せられた、魔王討伐と言う使命を放棄すると書面にしたため、魔法の剣の中へ引きこもったのである。入れ替わりの呪いは、サクラコに主導権があるから、こうなれば誰も彼女を引っ張り出すことはできない。

 しかも、剣の中はとても居心地がよかった。それは、電気を消した部屋で、ふかふかの布団に包まり、隣室で交わされる大人たちの会話を、まどろみながら聞いていた、幼いころの情景によく似ている。加えて、腹も空かないし、用足しも不要だったから、その気になれば何年だって籠城できるのだ。

 実際、この世界へ呼び出されて間もない頃、異世界へ転移した上に、眉目秀麗な青年と身体が入れ替わるなどと言う、わけの分からない状況を受け入れられなかったサクラコは、ここを唯一の逃げ場としていた。もういっそ、世界が滅びるまで引きこもっていようとさえ思ったが、バカ皇子の「女の身体なら、女湯を覗きに行っても咎められないだろう」と言うハレンチな発言を耳にして、魔王討伐と言う困難に、立ち向かう決心をしたのである。どうやらアーシオンは、見た目も身体能力も高スペックだが、中身は男子高校生レベルらしい。自分の身体を預けたまま、野放しにするのは危険だった。

 ともかく、サクラコの籠城作戦は、皇帝を動かした。ヒロは無事に釈放され、今はゼエル陛下に招かれ朝食の席を共にしている。

「一度、牢へ入れた者を、すぐさま放免するなど、皇帝の私が間違っていましたと公言するようなものだ」イ=ゼエル帝国が初代皇帝ゼエルは、軽く焦げ目のついたソーセージの先端を、冒険者に突き付けた。「貴様は、その意味が分かっているのか?」

「もちろんです、陛下」ヒロは言ってから、薄く切ったパンに煮豆をたっぷり乗せて、口の中へ放り込んだ。それを、しばらくもぐもぐやってから飲み下し、続ける。「そうまでして、ご厚情を賜ったことには、感謝に尽くせません。そこで一つ、俺に恩返しをさせていただけませんか?」

「ほう?」ゼエルは首を傾げた。

「こう言っちゃなんですがね」ヒロは言って、一つ咳払いをしてから、向かいの席でパンに蜂蜜を塗りたくっている魔法使いを指さした。「こいつらだけに任せてたんじゃ、魔王を見つけるのに何年も掛かります。ここは専門家の手を借りるべきだし、俺には助けになりそうなやつに、心当たりがあるんです」

 ザヒは小さく肩をすくめた。

「魔王退治の専門家でもいると言うのか?」ゼエルは興味を引かれた様子でたずねた。

「それは、サクラコとアーシオンの仕事です。ただ、その魔王を見つけるためには、魔王を隠す四匹の魔物を倒さなければならないと聞いています」

 皇帝は頷いた。

「ところが、その四魔獣さえも、どこにいるかわからない」

「それ、いいね!」サクラコは言って、親指を立てた。帯剣はしているが、食事の席なので、今は鎧の代わりに、貴族らしい服に着替えている。「四聖獣の対極って感じ」

「頼む、サクラコ。今は、そう言う話をしている時ではないのだ」皇帝は、渋い顔で青年をたしなめてから、ヒロに目を戻した。「貴様の言うとおりだ。だが、我らとて遊んでいるわけではない。各地に人を送り、捜索にあたらせている」

「それでも、大陸中をしらみつぶしにできるほどの、動員ではない」

 ゼエルは渋々と言った様子で頷いた。

「では、冒険者を使うべきです」

 途端に、ゼエルは疑わしげな表情になる。「貴様は、バカか?」

「最近、そうなんじゃないかと、疑い始めてるところです」ヒロは肩をすくめて言った。「そもそも、こんなことに首を突っ込む人間が、賢いはずもない」

 ザヒが、くっくと笑った。「それは暗に、私や陛下をバカ者だと言っていないか?」

「バカでも皇帝でも、魔王と言う脅威を見過ごす愚か者よりはましだ」ゼエルは言って、じろりとヒロを睨んだ。「しかし私は、災厄の存在を民草に知らしめる危険性について、思い至らぬほど間抜けでもないぞ」

「それについては、アーシオンから聞いています」ヒロは肩をすくめた。「別に、魔王が来るぞとふれて回る必要はありません。冒険者に仕事を配る各地の斡旋所に補助金を出して、魔物被害の調査をさせるんです。補助を受ける条件として、週一なり月一なりの報告義務を課せば、情報は勝手に集まって来るでしょう。なにより、魔王の影響か何かは知りませんが、大陸に魔物がはびこっているのは間違いありませんから、帝国として、現状を看過できないと言う姿勢を見せることにもなり、むしろ人心を安らげることにも繋がるはずです」

 滑らかに語るヒロを、ゼエルとザヒは、少しばかり驚いた様子で見つめた。二メートル近い体躯に加え、ゴリラのような胸板や、少女のサクラコの胴回りほどもある二の腕からして、この冒険者が、一見すると脳みそまで筋肉に支配されているような印象を受けるのは確かだ。しかし、サクラコは、彼がマンドレイク退治を請け負った村で、巧みな語り口を披露したことを覚えていたから、「さすが、ヒロさん!」以上に思うところはない。

「どうだ?」ゼエルはザヒに問うた。

 ザヒは、束の間考えてから口を開く。「国の事業と言う体であれば、それを不審に思う者はないだろう。問題は、大陸全土の冒険者を雇うほどの予算を、捻出できるかどうかだ」

 ゼエルは頷き、渋い顔をした。「現実的ではない」

「いえ」と、ヒロ。「そのための負担は、魔物退治の依頼主が負ってくれます。斡旋所にさせることは、あくまで窓口を訪れる依頼主や、冒険者からの聞き取り調査と、帝国への報告だけです。彼らが喜んで義務を果たそうと思える額であれば、それほど国庫の負担にはならないでしょう。もし可能なら、斡旋所に依頼者への手数料を引き下げさせ、その穴埋めに補助金の一部を当てるよう命じて下さい。そうすれば依頼が増えて、より情報が集まりやすくなるはずです」

「なるほど」ゼエルは頷く。「加えて魔物の駆除が進み、その脅威が減れば、各地の往来が容易くなる。金銭物品の流れも盛んになり、税収が増えれば、配った補助金の分など、すぐに取り戻せるか」

「孵ってもいないヒヨコを数えるのは、どうかと思いますがね」ヒロは釘を刺した。

「わかっているとも」ゼエルはにやりと笑って言った。しかし、その笑みはすぐに引っ込んだ。「つまり、貴様の言う専門家とは、冒険者のことか?」

「もちろん、それもありますが、実は本命が別にあります」

 ゼエルは片方の眉を、ぴくりと吊り上げた。「本命?」

「エウラと言う学者で、彼は魔物を専門に研究しているんです」

「何が面白くて、魔物なんぞを研究する?」

「さあ?」ヒロは肩をすくめた。「俺も陛下も魔物と言うものを、火事や洪水と同じ、ただの厄介事としか見ていませんからね。興味があるとしても、手に負えるやつか、逃げた方が無難なやつかと言うことくらいです。先生の考えを理解しようとしても、無理な話でしょう」

 ヒロはサクラコに目を向ける。

「魔物に、わざわざ名前をつけて、分類するようなお前なら、先生とも気が合うかも知れないな」

 サクラコは頷いた。「こっちの世界の人は、みんな魔物に無関心なのかと思ってたけど、ちゃんと気にしてる人もいるんだね」

「気にする面が違うだけだ。飯のあとで、会いに行ってみるか? 彼は、この帝都に住んでるんだ」

「うん、行く行く」サクラコは、大いに乗り気で答えた。

「そうとなれば、私も付いて行かねばならないな」と、ザヒ。

「まあ、あんたは俺を監視しなきゃいけないからな」ヒロは苦笑いを浮かべて言ってから、皇帝に目を戻した。「陛下」

「なんだ?」

「魔王の秘密を、先生に明かす許可をいただけませんか」

 ゼエルは途端に、渋い顔をした。「何かを秘密にしようとするなら、それを知る者を一人でも減らすように努めるものだ。増やしてどうする」

「ごもっとも」ヒロは頷いた。「しかし、陛下の本当の目的は、秘密を守ることではありません。あくまで魔王の討伐です。エウラ先生なら、『全ての魔物の母』などと言う、わけのわからない生き物に、何か新しい知見を示してくれるでしょう」

「わかった、わかった」ゼエルは、辟易した様子で手を振り、話を終わらせると、ザヒに目を向けた。「その、エウラ先生とやらも、お前とアーシオンで監視するのだ」

「承知した」ザヒは頷いた。

「もう一人」と、ヒロは素早く言った。「そこに、先生の助手も加えてください」

 ゼエルはしかめっ面を冒険者に向けた。「このあと、村一つ作れるくらいの人数に、増えたりしないだろうな」

「もう、これで打ち止めですよ」

「だと良いがな」ゼエルは疑わしげに鼻を鳴らした。


 王宮を出たヒロは、サクラコたちを、帝都の中心部からやや離れた場所へと連れて行った。そこは、急増する帝都の人口に応じるため、最近になって整備された区画で、真新しい集合住宅が建ち並んでいた。どれも似たようなレンガ造りで、街並みとしては統一感があり、ある意味、美しくもあるのだが、それは大量の住居を供給すると言う目的で造られたためか、少しばかり安っぽくもある。サクラコが以前、テレビで見たパリの街並みも、やはり外壁の色や建物の構造などが規格化されていたが、それは景観を重視した結果、生まれた統一感だった。つまるところ、「そうなった」のか「そうしている」のかの違いである。

 ヒロは、三階建ての建物の前で足を止めると、アーチ形の入口をくぐり、石段を登って二階へと向かった。階段の踊り場からは、右手に廊下が伸びており、その左手は採光のための窓が開けられた壁があって、住民たちの居室へ続く扉は、右手に連なっていた。一番奥の扉をノックすると、すぐに声があがった。

「はい、はーい。どなたですか?」

 声変わり前の、少年の声だった。束の間を置いて扉が開き、赤毛の少年が顔を覗かせる。彼はヒロの顔を見るなり目を丸くして、次いで満面に笑みを浮かべ、言った。「ヒロさん!」

「よお、レミ」ヒロも笑みを返す。

 少年は室内に顔を向けた。「エウラ先生、人食い鬼(オーガ)のおじさんだよ!」

 がたがたと何かが崩れる音と、悲鳴が聞こえた。束の間があって、その声が言った。「上がってもらいなさい。私はちょっと、手が離せないんだ」

 レミはヒロに目を戻し、肩をすくめた。「だってさ」

「相変わらずだな、先生は」ヒロは苦笑いを浮かべて言った。

 サクラコは、人差し指でヒロの肩を突いた。「オーガって?」

「初めて会った時、レミは俺を人喰い鬼だと思って腰を抜かしたんだ」

「だって、こんなに大きい人を見たのは、初めてだったからさ」と、レミ。

 確かに、この世界の人たちは、大抵が一六〇センチそこそこの身長なのに、ヒロの身の丈は二メートル近くあった。レミが彼を、鬼なり巨人なりに見紛うのも無理はない。ちなみに、サクラコがヒロに抱いた第一印象は、かつて州知事も務めた某ハリウッドスターに似ているなあと言うものだ。ちょっと厳ついながらも、愛嬌のある彼の面立ちを、サクラコは好ましく思っていた。

「ひとまず、先生を助けに行こう」ヒロは言って、ずかずかと室内に足を踏み入れた。サクラコも、手を貸そうと後に続くが、レミに呼び止められた。

「お兄さんたちは?」

「えっと」サクラコは一瞬、言葉を切った。ゼエル陛下は、エウラ先生と彼の助手に秘密の共有を許したが、それを打ち明ける役目はヒロに任せるべきだろう。「僕はアーシオンで、こっちがザヒ」

「二人とも、冒険者?」

「そうじゃないけど、ヒロさんとは友だちなんだ」

「そっか」レミは、にっと笑った。小動物を思わせる、なんとも可愛らしい笑顔で、サクラコはあれこれ考え、「あ、ハムスターか」と結論付ける。

「おーい」と、部屋の奥でヒロが呼ばわる。「手伝ってくれ」

 レミが身振りで付いてくるように示し、サクラコは後へ続く。

 室内の調度は、真ん中に置かれたテーブルと、椅子が二脚。突き当りの開け放たれた大きな窓の下には、ベッドが一つ。テーブルの上には本や巻物が雑然と置かれ、それを押し退けて作ったと思しいスペースには、二人分の汚れた食器があった。左手には隣室へ続く扉があって、開け放たれたそこから、大量の本が()()()()()いる。ヒロはそこで、崩れた本を入口の脇に積み重ねているところだった。サクラコとザヒも、彼を手伝い、どうにか進入路を確保するが、室内にはまだ、不安定に積み上げられた本が、そこらにいくつもの塔を作っている。部屋の真ん中辺りには、明らかにそれが崩れて出来たと思しい山があって、隙間からは手が飛び出していた。

 ヒロは大きなため息をついてから、意を決した様子で隣室へと踏み込む。そうして、飛び出す手を取り、それをぐいと引っ張った。たちまち本の山は崩れ、その下から黒髪の男が出てきて、彼は大きく息を吐いて言った。「ありがとう、ヒロ」

「そろそろ本気で片付けないと、本につぶされて死ぬぞ」

「いやあ」と、男は照れくさそうに頭を掻いた。優し気な面立ちで、先生などと呼ばれている割に、ずいぶんと若く見える。おそらくザヒやアーシオンと、さして変わらない年頃だ。

「その前に、床が抜けるだろう」部屋を覗き込んだザヒが、不吉な予言をする。

「でも、一階の天井は、ちゃんとアーチになってるし、よっぽどのことがない限り、抜けるなんてことはないと思うよ」エウラは笑顔で言ってから、首を傾げた。「えーと、どなた?」

「こいつはザヒ。王宮付きの魔法使いだ」ヒロが紹介した。

「へえ」エウラはにっこり笑って、ヒロを見つめた。「そんな偉い人と知り合いになるだなんて、君も出世したんだね?」

「いや、俺は相変わらずさ」ヒロは肩をすくめた。「先生はどうなんだい?」

「つい先月、本を出したところだよ。これも去年、君が実地調査を手伝ってくれたおかげさ」エウラは言って立ち上がり、身体に着いた埃を払った。

「その本は今、手元にあるのか?」ザヒが問うた。

「そっちの部屋のテーブルの上に置いてあるよ。緑色の表紙で真新しいから、すぐにわかるんじゃないかな」

 ザヒは頷きテーブルへ向かうと、二つしかない椅子の一つを陣取って、件の本を読み始めた。

「たまたま、近くを通りかかったってわけじゃないみたいだね」エウラは首を傾げ、ヒロを見て言う。

「実は、そうなんだ」

「ふうん?」エウラは隣室を指し示した。「あっちで座って話そうか」

 二人は、本だらけの部屋を出た。エウラは、ちらりとサクラコを見てから、レミに目を向けた。「飲み物を用意してくれるかい?」

「はい、先生」

 レミはすぐに答え、部屋の片隅へと向かった。サクラコも「手伝うよ」と言って、後を追い掛ける。レミは、置いてあった小さな樽を運ぶようサクラコに指示し、自分は樽のわきにある白い布が掛けられた籠から、陶器のカップを人数分取り出してテーブルに並べた。サクラコは樽の栓を抜き、少しばかり緊張しながら中身をカップへ注いでいく。幼いころ、醤油を醤油差しへ移そうとして、盛大にこぼしたのが、いささかトラウマになっていた。

 本を読み耽っていたザヒが、さっそくカップを手に取り口につけた。それは、ほとんど無意識と言った様子で、カップの中身が馬のおしっこでも気付かないのではないかと、サクラコはひそかに思った。

 エウラはもう一つの椅子に腰かける。ヒロは、テーブルの上からカップを取ると、窓際のベッドに腰を降ろした。給仕を終えたサクラコは彼の隣に座り、すぐにレミもやって来て、二人の間に尻を押し込んだ。

「それで?」と、エウラ。

 ヒロは頷き、ひとまずカップに口をつけてから、状況をかいつまんで話す。それが終わると、エウラはカップを両手に抱えてつぶやいた。「全ての魔物の母と、それを守る魔獣ねえ」

「何か、心当たりはあるか?」ヒロはたずねるが、エウラは答えず何やら考える。

 ザヒが、パタンと音を立てて本を閉じた。「興味深い」

「お気に召したかい?」エウラは笑みを浮かべる。

 ザヒは頷く。「図解が多く、差し詰め、魔物図鑑と言ったところか。単なる読み物に収まらず、魔物を相手にする機会が多い連中には、重宝するだろう」

「そうなのか」と、ヒロ。「俺も一冊買おうかな」

「実際、冒険者がたくさん買ってくれているみたいだよ」エウラは、嬉しそうに言う。

「全ての魔物の母が現れる兆候の一つに、見慣れぬ魔物が多く姿を現す、とある」ザヒは言って、本の表紙を軽く叩く。「これほどの多様性は、その影響と考えて然るべきか?」

「たぶんね」エウラは、あっさりと認めた。「三十年くらい前から魔物を調べ続けてるけど、こんなに種類が増えたのは、ここ五、六年のことなんだ。君たちが魔王の存在に気付いたのも、だいたいその頃だよね?」

「三十年?」サクラコは耳を疑った。「エウラ先生って、一体いくつなの?」

「うん。それは、内緒にしておこうかな」エウラはふふと笑って、唇の前に人差し指を立てた。「ところで、君は何者なんだい?」

「彼はサクラコだ。今はわけがあって、アーシオン皇子を名乗っている」ヒロが説明する。

「皇子様?」レミは、ぎょっとしてサクラコに目を向けた。

「そんな風に見えない?」サクラコは、くすりと笑ってたずねた。

 レミは頷く。「だって、ぜんぜん威張らないんだもん。みんなに飲み物を配るのだって、手伝ってくれたし」

「そりゃあ、中身は普通の女子高生だからね」

 生憎と、誰かに対して威張り散らすスキルは、習得していない。

「ジョシコーセー?」レミは、きょとんとしてたずねる。

「女の子の学生って意味」

 レミは、ますます困惑した様子で、サクラコを見つめた。

「えーと、ね」

 サクラコは、自分とアーシオンの入れ替わりについて、簡単に説明した。レミは目を丸くし、エウラは興味をひかれた様子でサクラコを見つめ、「面白いね」と言う。

「何が面白いもんか」ヒロは渋い顔をする。「こいつを彼と呼ぶか、彼女と呼ぶかで、いつも悩むんだ。ややこしくてしようがない」

「でも、どうして、そんなことになったんだい?」

「ザヒは魔法の儀式で、魔王に対抗できる神様を異界から呼び出して、アーシオンに憑り付かせようとしたんだ。ところが、実際に現れたのは人間の女の子だった。神様と違って肉体があるサクラコは、魂だけがアーシオンに乗り移り、自分の身体から追い出されたアーシオンは、代わりにサクラコの身体に入った、ってところだ」ヒロは言って、ザヒに目を向けた。「合ってるか?」

「大まかに言って、その通りだ」ザヒは頷いた。「付け加えるなら、サクラコには、魔王を倒すまで、アーシオンの身体に縛り付けられる呪いが掛けられている」

「それ」サクラコは、ザヒを指さした。「牢屋で、あなたとアーシオンがヒロさんと話してるときに、初めて聞いたんだけど、なんで今まで教えてくれなかったの?」

 ザヒは肩をすくめた。「お前は、魔王を倒せば全てが解決すると、自分で言ったのだ。それを理解しているのであれば、わざわざ説明する必要もあるまい」

「そっか」

 結局のところ、ラスボスは倒すしかないのだ。加えて、呪いと言っても、他に困った影響があるわけでもない。例えば身体が動かなくなるとか、HPがどんどん減っていくとか。

「ともかく」と、ヒロ。「俺は、こいつの呪いを解くために手を貸すと約束したんだ。そのためには、魔王を見つけ出さなきゃならない。全ての魔物の母と言うなら、そいつも魔物の類だろうし、だったら専門家のエウラ先生に意見を聞くべきだと思って、ここを訪ねたと言うわけさ」

「なるほど」と、エウラ。「さっき、魔王と彼女を守護する魔獣に、心当たりはあるかって聞いたよね?」

 ヒロは頷く。

「実を言えば、あるんだ」エウラはさらりと言った。

「な、俺の見立て通りだろ?」ヒロは言ってから、サクラコに笑みを向けた。サクラコも笑みを返しながら、少しばかり不思議に思い始めた。

 どうしてヒロは、これほどまでに親切なのだろう。ただの世話好きかと思っていたが、ひょっとして、自分に好意を持ってくれていたりするのだろうか。しかし、サクラコは、飛びぬけて可愛らしいと言うわけではないし、これまで男子にそれっぽいことを言われたこともなかった。ヒロが、自分に対して何かしらの魅力を感じているはずなど、あるわけが――と、ここまで考えて、自分が今、男の身体であることを思い出す。

 なるほど、確かにアーシオンは美人だ。サクラコ自身は腐属性を持たないが、その手に詳しい友人ならいるので、まったく知識がないわけではない。

 もし、ヒロに求められたら、どうしたものだろう。応えるべきか。いや、その類のことに、他人の身体を勝手に使うのは、道義にもとる。その時は、あきらめるよう説くしかないわけだが、それで彼に嫌われるのも、避けたい事態ではある。などと、サクラコが思い悩んでいる間にも、話は進んでいた。

「サクラコさん」エウラが声を掛けてきた。

「あ、はい!」

 教職者は、授業を真面目に聞いていないときに限って、やたらと指してくるものだ。

「君が倒したと言う魔獣の棲家の場所を、教えてくれないかな。できるだけ、正確に?」

「地図はある?」

「あー、そうだね。取って来るよ」

 エウラは席を立ち、自室へと向かった。しばらく経って、また本が雪崩れる音がしてから、彼はA4ほどに折りたたんだ紙を持って出て来る。そうして、眉間に皺を寄せてから、ごちゃごちゃしたテーブルを眺め、あきらめた様子でベッドへ向かい、そこに座るサクラコたちを追っ払ってから、紙を大きく広げた。それは、大陸全土――と言っても、未開の東方は記されていないが――を書き表した地図で、そこかしこに×印やアルファベットと数字からなる記号が、大量に書き込まれている。

 サクラコは地図とにらめっこをしてから、帝都の北西あたりを指さし、同じく地図をのぞき込んでいた、ザヒに目を向けた。すると魔法使いの青年は、サクラコに目を向け、こくりと一つ頷いた。そもそも、マンティコアの居場所を指示したのは、彼なのだ。

「あいつは最初、この辺りにいたんだ」と、サクラコ。「それから少し東に逃げて、ヒロさんを食べようとしていた」

 説明を聞いたエウラは、「なるほど」とつぶやいてから、サクラコが示した点を中心に、指先でぐるりと円を描く。彼は続けた。「魔物の種類には、分布に偏りがあってね。僕は、ある地点から離れるほど、その数が増えると考えている」

 サクラコは首をひねった。「どう言うこと?」

「この地図は、ね。君が倒した魔獣の棲家を中心にして、波紋が広がるように、魔物の種類が増えていることを示しているんだ。多分、魔獣は色々な魔物の祖で、魔物は彼女たちから世代を重ねるごとに、様々な形質を獲得して行っているんじゃないかな」

「進化してるってこと?」

「面白い言葉だね」エウラは、目をぱちくりさせて言った。「ともかく魔獣たちが、色々な魔物たちの祖先だとする僕の仮説が正しいのなら、その魔獣を産んだのは、一体、誰なんだろう?」

 サクラコは、思わず息を飲んだ。「全ての魔物の母」

「ご名答」エウラは拍手した。「長らく僕を悩ませていた問題が、君たちのおかげで解決出来たよ」そして、魔物学者はヒロに目を向ける。「それで?」

「残り三匹の魔獣の居場所を知りたい」

「まあ、そうだろうね」エウラは頷く。

「陛下に頼んで、大陸中の魔物の情報を集めるように手配してある。先生は王宮に詰めて、その分析に当たって欲しい」

「あー」エウラは淡い笑みを浮かべた。「せっかくだけど、遠慮しておこうかな」

 ヒロは驚いた様子でぽかんと口を開き、束の間を置いて言った。「どうして?」

「私は少なくとも、一匹の魔物の居場所について、心当たりがあるってことさ。君たちは、それを倒しに行くわけだし、私も特別な魔物を近くで観察したい」

「それって、つまり」サクラコは思わず口を挟んだ。

「つまりも何も」エウラは、ふふと笑う。「私は、君たちに同行するってことさ」

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