魔王は勇者である
--魔王は勇者である
勇者は魔王の姿をしてフルスイングをするのである--
彼が手にしている
見た目は木製バット
神器ラグナロック
彼のフォーム調整の為に何度もフルスイングをしていただけ
彼は元の世界に戻りたい一心でフルスイングをしていただけ
明日の草野球で活躍する為にフルスイングをしていただけ
名も無き野球人は異世界サイ・ファミ・リアンから闇を振り払い光を取り戻し
人々から恒久的な平和を与えて自分の役目は終わったのだと確信をして元の世界に戻れると信じていた
しかし、神はそれを許さなかった
彼にはまだ役割があったのだ…
本人はまだその役割を気が付いていなかった…
彼は毎朝、日が昇り始めると野球バットを手にして朝からフルスイングをするのである
日が沈むまで毎日フルスイングをするのである
それを毎日何も起こるわけもなく繰り返すのである
彼は無心の心で孤独にフルスイングをするのである
そのフルスイングが世界を二回も救った
フルスイングをする度に汗が迸る
迸った汗は大地に潤いを注ぎ込む…野球で流した汗は決して無駄じゃない
額から落ちた水滴が荒野に満遍なく伝わり潤った荒野は大地に戻った
そんな出来事は本人は知らずにいた
しかしある日
勇者はいつもフルスイングする練習場所は決まっている
「…ん?」
いつもの場所なのにいつもと違って土が柔らかい
なぜだろうと下を向いたら草が青々と芽生えている
奇跡が起きたのでない 偶然でもない 当然の結果なのである
神器ラグナロックは相手の命を奪う力を秘めているが、別の効果として奪った命を浄化して生命に昇華させるのである
フルスイングをする事で効果が風に乗せて世界を駆け回ったおかげで大地に『生命』を宿した
小さいながらも足元には柔らかい草原が広がっている
いつまでだっても元の世界に帰れない勇者は確信したのだ
「--俺はまだ帰る場合じゃない!
『魔王』として降臨した荒れ果てた異世界に『勇者』として世界を救うのであると--」
それからは世界中に草原や花が咲くまで彼はフルスイングを止めなかった
暗い世界から一筋の光明を解き放ち大地に生命を住民に生きる力を与える
これが『勇者』なのである
ただし、見た目は木製バットをフルスイングしているユニフォーム姿のおっさん
「ちょっと待って!
私はそんなことが聞きたいわけじゃない!
なんで私が異世界に行って野球をしないとダメなのよ!!」
……そういえば、この主人公の名前を聞いていない
……説明をする前に主人公の名前を彼女たちは尋ねた
「人間の少女よ、あなたの名前は何という名前なのでしょうか?」
「そうよ、名乗りなさいよ」
「!?……如月翼よ」
「え?なんて読むの?」
「きーさーらーぎーつーばーさー!」
ふふっと笑い女神と揶揄うエルフ
「アダ名は?」「そんなの好きにしていいわよ」
うーんと考えたエルフはピコーンと閃いた
「それじゃ翼さん!」「呼び捨てでもいいわよ」
「それじゃそれじゃツバサね!」「わかったわよ…ハッ!」
不覚にも私ときたら野球部のマネージャーだと言うのに、目の前のエルフの格好した女の子と頭の中で話しかけてくる女神と仲良くなりスポ根美少女からメルヘン少女になってしまった
「だーかーらー!なんで異世界で野球をしないと行けないのよ!」
ムフフと不覚にも笑みを浮かぶツインテールの碧眼のエルフは言い放つ
「むふっ、知りたい?」「いいえ、知りたくない」
「なんでー!答えるからー!」「どうせ碌でもないことなんでしょうが!」
出会ってまだ一時間も満たないのに仲の良い姉妹喧嘩を見ているようだ
「あなたは選ばれし者なのよ…」「どうせー!あなたは選ばれし者とか言うんでしょ…え…?」
漫画でよく見るお決まりの台詞を目の前で真剣な眼差しで言われた…
只でさえ、時が止まっている空間の中で私の時間がさらに止まった
エルフは続いて説明した
「さっきも言ったけど私たちの住む世界では野球で平和を維持しているのよ!
野球で大統領を決めるようなもの!その世界のトップを数百年に一度に決めてるのよ!!」
私は驚いて開いた口が閉じられなかった
「これは私たちの世界を救った魔王、いいえ勇者様が決めたルール通りに決めているの」
「だ、だとしたら!あなた達だけでやればいいじゃないッ!私を巻き込まないでよ!」
沈んだ表情でエルフは答える
「--それは無理なのよ」「無理ってなによ!わたしは…」
「あなたは勇者に選ばれた一人なの…」「え…嘘よ…そんなの…」
さらにエルフのトーンが下がる
「これは…必然だから…」「必然ってなによ!あなたの姿が見えたのもたまたま偶然なんだから仕方ないじゃない!」
必死で否定する彼女に女神は頭の中で映像を見せた
それは戦争から始まり平和が訪れて勇者の最後を映した光景。
「ツバサ、これであなたにもわかっているはず。」 「何よ、これ、勇者って……私のお父さんじゃない…」
「勇者は最後までフルスイングをしていました、自分の命が消えるその時まで世界の為に自分自身の生命を神器ラグナロックに捧げて戦争で亡くなった人々まで復活させました」
「あなたのお父さんは私の家族も復活させたの…」
エルフと女神は少しだけ涙を見せる
勇者は神器ラグナロックに命を吸わせて世界中に命を与えるようにフルスイングをしていた
彼がフルスイングをする度に空に流れ星が降り注ぎ大地に息吹を与えて戦争で亡くなった人々や草木や動物までも復活させたのである
まさかそんなことをする男が自分の父親だとはツバサは思わなかった
幼い頃、私の試合を観戦してた父は突然消えていなくなって
試合に勝ったら投球練習をしてくれる約束はまだ果たされていなかった
父が異世界でこんな事になっているなんて知るはずもなく母や姉に説明できるわけないと悟り
ツバサ自身も覚悟を決めていた
「あなた達の異世界に行けば父を復活させることができるの?」
「たぶん…」
気の弱い答えが返ってくる
「私たちも悩んだのです、このままだと命をかけて救った勇者に合わせる顔はない
そこで勇者を復活させることを考えたのです」
「復活ってどうするの?最後のビジョンを見る限りで蛍の光が点滅するように父の身体は無数の光になって消えたわよ」
(なんて的確でテクニカルな説明なの…)エルフは感心した
「異世界に行けば何が出来るのよ!野球で優勝するくらいならやってやるわよ!そこのエルフも手伝いなさいよ!」
「エルフ!エルフ!って私にも名前があるのよ!!
「……ボブだっけ?」
「違ッ~~~う!シルフィーよ!!」
「んで、シルフィーちゃんはどうやったら私の父親を復活させることが出来るの?」
「それは残りの神器が関わっているの!」
「野球ミットに野球ボールだっけ?」
「…そうだけどそうじゃない!神杯ユグドラシルと神球マトリクス」
「その二つがどう関わっているのよ」
「名前でちゃんと言ってよ~……ユグドラシルとマトリクスの力を使えばなんとかなるかも…」
「なんとかなるならアンタたちで使いなさいよ!女神とエルフがいて何にも役にたってないじゃない!」
「ツバサ!そこの野球を楽しんでいた駄エルフはともかく、私は違います!」
「駄エルフってひどいですよ!わたしだって英雄を探して野球をしていたんですから!」
「ツバサ、勇者のアイテムは勇者に選ばれし者、つまり英雄しか使えないのです…」
「私は別に英雄じゃないわよ」
「いいえ、選ばれし英雄の一人があなたです」
「はぁ~~~!?」
「勇者は最後に言いました…『大事なことは野球の試合で決着をつけろよ!試合に勝った奴が少しの間だけ好きにしていいぞ!』」
「勇者の割にはやっていることが魔王ね…」
「勇者はパワーバランスも考えて1人じゃなく複数の選ばれし者に力を与えるって言ってたのよ」
「どういうこと?」
「1人だけ勇者の力を与えられたら他の国の連中がその一人を巡って争うことになるじゃない!」
「うーん…ますます解らない……」
「マネージャーの癖に頭が悪いのね、お猿さんかしら?」
「はぁ~!?」
「これは炎の国と水の国と大地の国と、私たちが暮らしている風の国で行う『平和な争い』なの」
「矛盾をしていますが仕方ないのです」
「ってことは、私の他にも異世界にスカウトされるメンバーが何人かいて他の国の女神とパシリがいるのね」
「カッッッッッチーンと来るけどそういうことよ!!!」
「…なんでそんな面倒なことを決めたの?」
「勇者が復活したら本人に直接聞きなさいよ!!」
「うっ…それはそうね…」
「ちなみに、四つの国だからって四チームだけではないのです…他の国にも派閥があって少しややこしいですがそれ以上に野球チームがあります」
「風の国のチームは一つだけなの?」
「それがそうとも言えないのです…」
「詳しいことは向こうの世界にいけばわかるわよ」
やはり面倒なことに巻き込まれてしまった
「ところで、異世界で野球なんてルール誰が教えてくれたの?」
「あなたの父である勇者が神杯ユグドラシルの力を解放して異世界に野球という概念を植えつけて私たちの世界の歴史を塗り替えたのです!」
「はぁ~~~~!!??」
驚きの連続ばかりやってくる
これからどうなるんだろうか…
続く