私ヴィランになります
物語というのは、何かのアクシデントがないと成り立たない。
鬼が街を襲っていたりだとか。
人間に恋をしたのに、足がなくて会いにいけないだとか。
パンの欠片を鳥に食べられたりだとか。
なんだって構わないが、そのアクシデントを巻き起こす存在は、ある程度決まっている。
そう、悪役、ヴィランである。
RPGのヒーローだって、ある程度はそうだろう。
ヴィランが悪さをし、民が困るから立ち上がる。
何もなしに行動を開始する勇者は、いったいどれだけだろう。
「教授、やっぱり私、ヴィランを卒論のテーマにしますね!」
「もうなんも言えねーわ」
トーキョーにある、トーキョー大学のとある研究室。
壁一面の棚にあるのは、漫画やDVD、ゲーム……。それと、大量のファイル。下手なアニ研や漫研より、余程大量の資料が揃っているのではないだろうか。部屋の片隅に目をやれば、フィギア類や画材なんかも散在している。
「だって、私にとっては、ヴィラン以上に興味のあるものはないんですよ。先生だって、キャラクターについて研究してるなら、なんとなくの魅力はわかってくれるでしょう? ね!」
ぱっつんストレートの黒髪に、紫色のメッシュ。服装も、その二色で纏められ、V系やゴスロリといった系統に近いようなファッションを身に纏っている。
そんな彼女は、現在十八歳の平沢藍。突拍子もないことを言うが、高校を飛び級して大学に入学し、情報学部の主席である天才だ。とはいうものの、コミュニケーション能力と思考に若干難があるタイプなため、馬鹿っぽく思われがちなのだが。
「具体的に何すんだよ、問題はそれだ」
何をするわけでもないのに常に白衣を身に纏った彼は、『キャラクター』を機軸において研究をしている大学教授で斎藤京という。今年で三十五になり、この研究室の城主である。
萌え系から特撮といった部類まで網羅する生粋のオタクであり、そこそこの顔立ちではあるものの、そちら方面にかける出費が多すぎて結婚を幾度となく逃している残念な成人男性だ。
「……私が、ヴィランになりましょう! で、どう活動して、どうなったか。どうせ院まで行くわけですし、途中経過を纏めます! で、それ以降は、院でと」
完全な思い付きだが、斎藤はふぅん、と相槌を打つ。
「纏まらなかったらどうすんだ?」
「そのときはですね。あ、代替案として、キャラクターを数キャラ作成して、人気の差を測る、みたいな。そういうのどうでしょう」
分野としては『キャラクター論』といったものが基盤の研究室だが、その範囲の中でマーケティングも行っている。そのため、彼女が言うようなものも、斎藤は非常に頼りになるだろう。
「代替案があんなら、まあ、良いだろう。三日後までに、もっと詰めた企画書持って来い。良いな」
「お~! はい! 頑張りますね! じゃあ、帰って作業します!」
バタバタと騒がしい足音を立てながら、彼女は研究室を出て行った。