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発掘作業の実施6

 ドンドンと大きな物音で目を醒ました時、アレックスは宿屋の自室のベッドの上にいた。

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、重い体を起こして、絶え間なく叩かれている部屋の扉を開けた。

 廊下にはいつも通りカーキ色の探検服を着たシンシアが立っていた。

「遅い。もう全員揃ってる」

 アレックスは目を擦った。「えっと……、体調不良なんで、午後から参加じゃ駄目ですか?」

 シンシアは無言でアレックスを睨み上げていた。

「はい……、すぐに準備します」

 四十秒で支度を済ませ、アレックスは廊下に出た。

「お待たせしました」

 シンシアはアレックスの足から頭にかけて観察するように視線を動かした。「さっきと格好が変わってないようだけど? ……っていうか、貴方この街に来てからずっとその格好じゃない?」

 シンシアだけには言われたくない、アレックスは心の中で思いながら答えた。

「下着以外は一着しか持ってきていないんで。持ってきた荷物も全部この鞄に入るくらいですから」アレックスは肩掛け鞄を軽く叩いた。

「あっそう……」シンシアは興味をなくしたような返事をすると、廊下を歩き出した。「発掘期間も残り少ないんだから、時間を無駄にしないで」

「す、すいません……」シンシアが苛ついた時に発する低い声は特に頭に響く、アレックスは頭を押さえた。「ところで昨日、店で飲んでる途中で記憶がなくなってるんですけど、もしかして……」

「ええ、苦労したわよ」

「重ね重ね、すいません……」

 女性に部屋まで運んでもらうなんて、男として何という不覚、それに昨晩ははっきりとは覚えていないものの色々失礼なことを訊いてしまったような……。穴があったら入りたい気分だ。もっとも、これから仕事で穴へ入りに行くわけだが。

「全く、世話がかかる助手。……おかげで、昨日中に完成予定だった資料が終わらなかったし」

「えっ、あれから、仕事してたんですか! 博士もかなり飲んでましたよね?」

「普通でしょ、これくらい」

 酒を飲んだ後に仕事をするのが普通なのか、ジョッキ七杯飲んで平気なのが普通なのか?

 目の前を歩く考古学者は実は化け物……それも古の十二魔神の化身じゃないのか? アレックスの背筋がブルリと震えた。


 今日も馬車で作業員たちを引き連れて山の中腹にある発掘現場へ向かう。今日も雲ひとつない快晴で、遠くの山々の輪郭がくっきりと見えた。

 馬車の手綱を握って御者台に座るアレックスの背後から、作業員たちの談笑が聞こえてくる。

「サントスさん、昨日は店に来なかったけど、どうしたんですか?」

「まあ、ちょっといろいろあってな」

「えっ、まさかこれですか……。相手はもしかして、昨日、あの気取った貴族が連れてきた女たち……」

「良い感じでしたもんね、特にあの赤い服を着た女と。……サントスさんもまだまだ元気だなあ」

 はっはっはっ、と彼らは一斉に大笑いした。

 アレックスの隣に座るシンシアは前を向いたままだったが、作業員たちの会話が嫌でも耳に入っているのだろう、不快そうに顔を引きつらせていた。

 すると、マルドナドがシンシアに声を掛けてきた。

「ときに嬢ちゃん、この作業、後何日だったっけ?」

 シンシアは深呼吸した後、ゆっくりと荷台へ振り向いた。「あと三日です。ただ、最終日は片付けがありますので、作業は実質二日ですね」

「二日ねえ。そんな短い間で本当に宝なんて出てくるんか?」

「前にも説明した通り、今回は遺跡の概要を知るための予備調査で、宝を発掘する目的ではありません」

 と、シンシアはやんわりと訂正したが、彼らの耳には届いていないようだ。

「そろそろ、皆が驚くような物が出てこんかねえ?」

「これまで出てきたのは、土器の破片とか石ころばかりだろ。昔の金貨でも出てきたら、他の奴らに自慢できるのにな」

「土器の一片だって、考古学的には重要な物にかわりないですよ」

 と、シンシアは主張したが、彼らの話題はすでに変わっていた。

「ところでお前、最近八百屋の娘との仲はどうなってんだ……」「いやあ、実は……」

 シンシアは前を向くと、胸の前で腕を組んで、独り言のようにしかしアレックスに聞こえるくらいの声で呟いた。

「わたしは一体、何度こんなやりとりをしてきたのかしら……」

「……」

 アレックスは返す言葉が思い浮かばず、苦笑するしかなかった。


 馬車が発掘現場に到着した。

 しかし、様子がおかしいことにすぐに気付いた。

 シンシアが馬車から飛び降りると、昨日までテストピットを掘っていた場所へ向かって走り出した。

「ちょっ、コット博士。待ってください」

 アレックスも、馬車を所定の場所に止めて、シンシアを追おうとしたが、馬車の脇に置いてあった用具入れに目が止まった。発掘道具一式は毎日街に持って帰るのは手間なので現場に置きっぱなしにしてあるのだが、それら発掘道具が壊されていたのだ。

「こりゃひでえな、全部壊されてる」

 馬車の荷台からアレックスの様子を見下ろしていた作業員の誰かが言った。

 アレックスは彼女のところへ向かった。しかし、シンシアが見下ろしている地面を見て、アレックスは更に衝撃を受けた。昨日まで掘っていたテストピットが壊され、埋められてしまっていたのだ。

「一体、どうなってるんですか!」

 シンシアは答えず、黙って地面を見下ろしていた。

 アレックスはふと思いついたことを口にした。「こ、これってもしかして、俺たちに対する妨害ですかね?」

「妨害?」シンシアは怪訝な表情を浮かべ顔を上げた。「……妨害って、誰が?」

「ほら、ホワイトさんが昨日、言ってたじゃないですか。ケシュの街で怪しい連中を見かけるって。きっとそいつらが俺たちの発掘を邪魔したんですよ」

「どうして? その怪しい連中って何者?」

「そりゃあ……、他のトレジャーハンターとか、悪の秘密結社が、俺たちにメサイア・アンティークを見つけさせまいとして」

「馬鹿馬鹿しい」シンシアは首を振った。「どうせ、野犬かなにかの仕業でしょ。近所の子どもがいたずらしたり、野生動物が荒らすなんてこと。発掘現場じゃ時々あるのよ」

「野犬が……?」

 経験豊富なシンシアが言うのだから、それが正しいのだろう。しかしアレックスには受け入れ難かった。

 シンシアは『本遺構』へ目を向けた。「あっちの土砂崩れ回避用の屋根も壊れてるわね……」

「それに、ほとんどの道具も壊されてるんです」

 アレックスが伝えると、シンシアのまぶたがピクリとわずかに持ち上がった。「道具も……そう、じゃあ街で調達してこないと。ブローム。ちょっと戻って買ってきて」

「わ、わかりました……。それにしても博士、随分冷静ですね」

 予想外の事態が起こったにもかかわらず、シンシアには慌てた様子が全く見られなかった。アレックスがシンシアの立場だったら今頃、頭が真っ白になっているかもしれない。

「そう? でも責任者が焦ってたら先に進まないしね」シンシアは平然とした様子で言った。「……ああそうだ、ブローム。その鞄」彼女はアレックスの肩掛け鞄を指差した。「いつも肌身離さず持ってる?」

 突然何を訊いてくるのだろう、アレックスは疑問に思いつつ答えた。「ええ、一応。財布とかも入れてますし」

「じゃあ、ついでにもう一つ頼まれてくれる。街に戻ったら……」

 シンシアからの用件を聞いて、アレックスは首を傾げた。

「えっ、そんなことして良いんですか。なんだか恥ずかしいなあ」

「貴方が恥ずかしがってどうするの。別に見られて困るようなものなんてないから大丈夫。……さっ、時間もないから早く行ってきて」


 アレックスは独り馬車でケシュの街に戻ってきた。

 まずは街の工具屋へ向かう。鉄道工事のために作られた街のせいか、スコップなど発掘に必要な道具は種類が豊富に揃えられていた。ただ、アレックスにはどれがいいのがわからなかったので、一番高い魔法具を購入した。

 続いて、シンシアに頼まれた用事を済ませるために宿屋へ戻った。シンシアから借りた鍵で、彼女の部屋の扉を開ける。女性の部屋に入るなんて緊張する、アレックスは次第に速くなる鼓動を感じつつ、ゆっくりと室内に足を踏み入れた。

 予想通りというべきか、シンシアの部屋は極めて雑然としていた。空の缶詰が散乱し、テーブルには書きかけの報告書だろう、大量の紙が幾つもの塔を作っていた。さすがに下着がベッドや床に落ちているなんてことはなかったが(期待なんてこれっぽっちもしていなかった、と言えば嘘になる)、この状況を、見られても困らないと断言できるシンシアに対して、少しは恥じらいを知るべきだ、とアレックスは呆れた。

 部屋の隅に置かれた木箱の上に、目的のノートを発見した。ペラペラとページをめくると、アレックスには判読できないほど汚い字が書き殴られていた。

 どうしてシンシアはこのノートを鞄にしまっておけ、なんて言ったのだろう? 自分で持っていれば良いのに。そんな疑問を抱きつつもアレックスは言われた通り、ノートを鞄に入れた。


 宿屋を出ると、ちょうどクリストファーがこちらへ向かって歩いてくる姿が見えた。

 クリストファーと面と向かって話すのは、よくよく考えてみると初めてで、正直気は進まなかった。しかし、今は好き嫌いを言っている場合ではない。アレックスはクリストファーを呼び止めた。

 クリストファーは、アレックスがこの時間に街にいることに驚いたのだろう、一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな表情で挨拶を返してきた。

「これはブロームさん、どうしました?」

「今から事務所に行く予定だったんです。実は……」

 アレックスは発掘現場での出来事をクリストファーに伝えた。

 話し終わったあと、クリストファーは悔しそうに首を振った。

「それは災難でした。道具も壊された、と言っていましたが、出土品は無事でしたか?」

「それは大丈夫です。発掘物は毎日街まで運んで博士の部屋に置いていますから」

 クリストファーは目を閉じてふうっと息を吐いた。「それは良かった。……この事件、コット博士はどう考えているのでしょうか?」

「博士は、野犬の仕業だろうって言っています」

「野犬、ですか? 確かにこの辺りには、野犬や狼の集団がうろついていることはあります。……ですが、ブロームさん。貴方はどうやら腑に落ちてない様子で?」

「え……、ええ、まあ」目ざとく機微を察するクリストファーに、アレックスは少しイラっとしながらも、素直に答えた。「犬が穴を壊すならまだわかりますけど、道具まで壊すかなって?」

「ないこともないとは思いますが。犬は結構賢い動物なので」クリストファーは硬い表情で言った。「ではブロームさんは誰の仕業だとお考えで?」

「俺にもはっきりわかりませんが……、昨日ホワイトさんが言ってた、街で見かけた怪しい人物、そいつらが俺たちの発掘を邪魔して、メサイア・アンティークを横取りしようと考えているんじゃ?」

「なるほど……」クリストファーは顎に手を当てて考え込むように俯いた。「その怪しい人物の正体は、どこからかメサイア・アンティークの噂を聞きつけたトレジャーハンターだと?」

「ええ、あるいは、悪の秘密結社の手先か」

「悪の秘密結社、ですか?」

 クリストファーは聞き間違えかと言いたげな表情でアレックスを見た。

「だって、メサイア・アンティークの中には、魔法大戦時に使われた、街一つを消滅させられるくらい強力な禁忌魔法を封じた魔法具もあるって伝説もありますし、それを使って世界征服を狙う連中がいてもおかしくないでしょ」

「ああ、そんなことが書かれた雑誌なら私も見たことがあります。でもあまりにも馬鹿馬鹿しい話です」

「コット博士もそう言ってました。でも、人類の至宝ですよ。どんな効果があっても不思議じゃない」

 クリストファーは哀れむような目でアレックスを見た。「ブロームさん、貴方はメサイア・アンティークに夢を見過ぎてませんか? あれだって所詮は昔の人が使った道具に過ぎません。極論すれば、割れた陶器の破片と変わりはない」

 アレックスはイラっとした。こういう、人の無知を嘲笑するインテリは本当に嫌いだ。夢を見て何が悪い。

「ホワイトさんは、メサイア・アンティークに価値はないと言いたいんですか?」

「いえ、そういうことではないです、歴史的にも重要であることは確かです。ただ、メサイア・アンティークだけをやたら持ち上げるのは違うんじゃないかと、私は言いたいだけです。貴方にもシェーンベルクさんにも、そしてコット博士にも」

「博士にも?」

「彼女の様子を見ていればわかるでしょ、相当、執心してますよ」

 アレックスは首を傾げた。ハインリッヒならともかく、シンシアがメサイア・アンティークにそれほど執着しているとは思えなかった。

「ええ、だから強引な発掘は控えるように、と私からは忠告しておきますよ。危険だと思ったら発掘を中止してください」

 ここで、ガラーン、ゴローンと鐘の音が響いてきた。街の外れにある教会堂が鳴らす時刻の合図だ。

「おっと、すいません、ブロームさん。私はもう行かなければなりません。それでは」

 と言って、クリストファーは早足で立ち去っていった。


 発掘現場へ戻ろうと馬車置き場に向かう途中、今度はハインリッヒがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。ハインリッヒの隣には、昨日発掘現場にも来ていた赤いドレスを着た女性がいて、彼の腕にがっしりとしがみついている。まだ昼前だというのに大胆な、と思いながら二人の姿を目で追っていると、ハインリッヒはアレックスに気づいて、「やあ」と手を振ってきた。

「おっ、おはようございます」

「おはよう。……って、アレックス君。発掘現場に行っている時間だろ。こんなところで油売ってて良いのか?」

 それはこっちの台詞です、とアレックスは心の中で突っ込みを入れたが、顔には出さず、

「いろいろあって今から戻るところです、ハインリッヒさんこそ、どこに行くつもりだったんですか?」

「ああ」ハインリッヒは隣にいる女性へ目を向けた。「ヴェロニカと一緒に朝食をね」

「誰、この子?」

 腕を絡めたまま、顔だけをハインリッヒさんに向けて、ヴェロニカは訊いた。

「この前話しただろ、僕の知り合いの考古学者の助手だよ。昨日、発掘現場に行った時も居たぞ」

「そういえば。確か名前は……アレックスだっけ」ヴェロニカがぬうっと長い首を伸ばしてアレックスに顔を近づけてきた。「逞しい体格しているのに顔は結構可愛いじゃない。あたしの好みかも」

 口角がわずかに吊り上がったヴェロニカの真っ赤な唇に、アレックスの心臓がどくりと跳ね上がった。

「えっ……えっと」

「あら、顔が赤くなってる。ますます気に入っちゃった。どう、今晩あたしと一緒に……」

「おい待ってくれ、今は俺の相手だろ」ハインリッヒが渋面を作る。

「ごめんごめん、冗談だって。今のあたしはハインリッヒ、全部貴方のものよ」

 と、ヴェロニカは甘えた声でハインリッヒに向かって言った。

 なんだ冗談なのか、とアレックスはほっとしたと同時に少しだけ残念な気分にもなった。

「ところでアレックス君」ハインリッヒはヴェロニカの頬を撫でながら、顔だけアレックスに向けた。「結局君は何をしていたんだ。現場で何か問題があったのか? アドバイザーとしてはちゃんと把握しておかないとな」

 急にアドバイザー面かよ、アレックスは内心呆れながらも、ハインリッヒには知らせておく必要があるかも、と思い、発掘現場での事件をかいつまんで話した。それから原因は野犬なのか街にいる怪しい連中なのか、シンシアやクリストファー、それにアレックス自身の考えも伝えた。

 アレックスが説明を終えると、ハインリッヒは憤激した様子で珍しく声を荒げた。

「何てことだ、僕たちの宝探しの邪魔をする不義な輩がいるだと! 断じて許せぬ」

「落ち着いて、ハインリッヒ」ヴェロニカが腕を引っ張った。「トレジャーハンターのせいだと決まったわけじゃないんでしょ。野犬がやったのかもしれないし」

「野犬だと、そんな話誰が信じる。これは僕のトレジャーハンターとしての輝かしい功績を妬んだ連中の嫌がらせに決まっている」

 若干、改変されているものの、ハインリッヒはアレックスの仮説を支持してくれたようだ。

「アレックス君、よく知らせてくれた。不審な人物については僕に任せて、君たちは引き続き発掘調査を進めたまえ。僕の偉大な発見を邪魔する奴はたとえ誰であろうとも許せない」

 そう言って、ハインリッヒはどこへ向かうのか猛然と走り出した。

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

 ヴェロニカがボリュームのあるドレススカートを持ち上げて、ハインリッヒの後を追って、走っていく。

 二人の後ろ姿を見送りながら、アレックスは逆に不安な気分になってきた。


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