発掘結果の分析4
シンシア=コットに呼び止められた時、既にクリストファーには予感めいたものがあった。
「……何でしょう、博士」
クリストファーは足を止めて振り返ると、じっとシンシアの顔を見据えた。
シンシアは何の前置きもなく、単刀直入に質問、いや、告発した。
「ホワイトさん、二日前、発掘現場を荒らしたのは、貴方ですね?」
確かに予感は的中していた。しかし、クリストファーは一応否定する。
「私が? まさか」
シンシアは表情を変えることなく続けた。
「遺跡を囲う柵の鍵を管理されているホワイトさんなら可能です」
あんぐりと口を開けて、シンシアの横顔を見ているアレックスを一瞥して、クリストファーは答えた。
「それは……、あくまで可能なだけ、ですよね。野犬がやったかもしれない。ほかに私が犯人だと思った理由は?」
「……」
シンシアは答えなかった。
クリストファーは少々面喰らった。クリストファーのことを犯人だと名指しした以上、もう少し証拠らしい証拠を突きつけてくるのかと思ったが、保安局も相手にしないような脆弱な理論で、ほとんど直感のレベルだ。否定してしまえばそれまでの話だ。しかし、そのことをシンシアほどの聡明な人物がわからないはずがない(「お前が犯人だったのか!」と叫んで、クリストファーを睨んでいるアレックスは無視する)。
だからこそ、彼女が何を考えていて、何を言おうとしているのかが逆に気になった。
それに、もうシンシアと話す機会もこれで最後かもしれない。もう少しだけ彼女と話がしたい、という気持ちもあった。
クリストファーは質問を変えた。
「どうして私がそんなことをした、と考えたのですか?」
シンシアは、今度はすぐに答えた。
「貴方は、わたしたちの発掘調査を邪魔したかった。いえ、もっと言うと、発掘自体を無いものにしたかった。だから、遺物を保管していた宿屋にも火をつけて破壊した」
「じゃ、じゃあ、こいつが火付けの犯人!」
アレックスが叫ぶと同時に、クリストファーに向かって飛びかかろうとしてきたが、シンシアが彼の肩を掴み引き留めた。
「落ち着いて、ブローム」
「落ち着けって言われても、昨晩あれだけの騒ぎを起こしたんですよ。それに博士の大事な発掘物だって……」アレックスの動きがピタリと止まった。「あれ、あいつはどうして遺物を壊したんですか? 普通逆でしょ。トレジャーハンターであれ、考古学者であれ、悪の秘密結社であれ、宝を奪うことはあっても壊すことはしないんじゃないですか。それに、発掘の邪魔をするっていうのもよく考えてみたらおかしな話ですよ。相手に掘らせるだけ掘らせて宝が出てきたら横取りするのが常道じゃないですか、……昨日のマルドナドみたいに」
ようやく気付いたか、能無しめ。クリストファーは心の中でアレックスを罵った。ろくな知識も経験もないくせに、優れた人間の隣にいるだけで自分も有能だと勘違いするような人間をクリストファーは特に嫌悪していた。だから、シンシアに蝿のようにまとわり付いているアレックスのことが最初から嫌いだった。「今は私が博士と会話しているのだ、外野は邪魔をするな」と、口から出かかったのを堪えて、代わりに、
「私が発掘を邪魔する理由はなんだとお考えです、博士?」
と、シンシアに向かって問うた。
シンシアは鼻息荒くクリストファーを睨みつけるアレックスを一瞥してから、答えた。
「さあ、わたしには想像もつきません」
クリストファーは最初拍子抜けしたが、確信に満ちた表情を崩さないシンシアを見て、すぐに考えを改めた。本当は全て理解していて、それを口に出さないだけじゃないだろうか。隣にいる何もわかっていない愚かなアレックスを巻き込まないために。
鉄道工事会社の秘書というのは表の顔、クリストファーの本当の所属は教会に関連する組織だ。
そこでの『任務』は各地の建設、工事会社に出向し、開発で見つかった遺跡を管理することだ。考古学者やトレジャーハンター達が遺跡を発掘し、もしそれが教会に関係あるもの、特に魔法大戦期にまつわる遺跡であれば、注意深く動向を把握し、必要があれば、調査を妨害、あるいは遺構や遺物を調査不可能なまでに破壊する。
そして今回、シンシアから見せてもらった発掘物の中に、破壊処置に該当する遺物を見つけてしまった。だからクリストファーは任務に従い、妨害、破壊処置を行ったのだ。
何故、信仰の対象であり政府間の調停をも担う、信者たちの手本となるべき教会がそのような工作を行うのか、クリストファーも明確な説明を受けたことはない。しかし大凡の想像はつく。遥か昔から教会は、自身の神の代理人としての正当性を強調するために、表立っては言えない闇の歴史を抱えている。聖人が集う教会であっても血生臭い事件は起こるし、教会の最高法規であり古代の歴史書でもある聖典を、その時々の都合の良いように解釈を捻じ曲げ、密かに改ざんしたこともある。教会成立直後はそれが顕著だったらしい。
つまり、それら都合の悪い証拠を隠蔽し、教会の権威を守るのが、クリストファーが所属する組織の役割だ。
ところで、本当に教会を脅かすような教義に反する遺跡が存在するのか? クリストファーは知らない。今回確認した該当遺物も、ただ大昔から使われている破壊対象リストに載っているだけで、何故破壊しなければならないのか、実はわからない。そしてきっと、今となっては教会の誰にもわからないだろう。しかし、わからないからこそ、皆恐れるのだ。
このような話を聞いたら、教会やクリストファー達のことを臆病だ、と罵る者が出てくるかもしれない。しかし今更止めることなどできない。何故なら、教会の自己保身のためだけに遺跡の監視をやっているわけではないからだ。教会が権威、正当性を失うことは、ともすると教会連合の崩壊にもつながりかねず、大いなる社会不安に繋がる。たとえ嘘で塗り固められていても、その中で日々の生活を営んでいる大勢の人達がいる。考古学者の知識欲やトレジャーハンターの金銭欲を満たすためだけに、彼らの生活を破壊して良いわけがない。
それがたとえ、シンシアであっても。
「……では、ご想像にお任せします、コット博士」
クリストファーも、これ以上語ることを拒絶した。
「そうですか……」
シンシアは小さくため息をついた。
一方、二人のやり取りに付いていけていない様子のアレックスはひたすら首を傾げていた。
これで話は終りだ。しかし、このままだと一方的に『逆恨み』されそうだ。つまらない濡れ衣だけは晴らしておこうと思い、クリストファーはシンシア達に向かって言った。
「最後に一つ良いことを教えましょう。マルドナドを唆したのは、貴方たちの連れ、シェーンベルク伯のご子息と一緒にいた女性です」
「「えっ?」」
さすがに予想外だったのだろう、シンシアとアレックスが同時に目を丸くした。
「ヴェロニカと名乗っていましたが、間違いなく偽名でしょう。所属はわかりません、トレジャーハンターの一人か、どこかの国のスパイか……。どちらにせよ、メサイア・アンティークを狙って、シェーンベルクさんに近づいたのでしょう。彼から情報を聞き出し、手先としてマルドナドを仲間に引き入れたのだと思います。典型的なハニートラップですね」
「ハインリッヒめ! 今度会ったら、本気でただじゃおかない」
怒りの形相で悪態をつくシンシアに、今度は「落ち着いてください、コット博士」と、アレックスがなだめていた。
「これが落ち着いていられる? あいつのせいでわたしはまた酷い目にあったのよ」シンシアが氷の刃物のように鋭い視線をクリストファーに向けてきた。「そもそもそのスパイ女に遺跡の情報を漏らしたのは? まさか……」
「さっ、さあ、……それはどうでしょう」
クリストファーは咄嗟に視線を逸らした。一連の会話の中で初めて背筋が震えた。
しかしここは、表向きの『上司』を『秘書』として庇っておくべきだろう。あんな無能な男でも後々役立つことがあるかもしれない。
今度こそ話を切り上げようと思ったら、アレックスに向かって怒鳴り散らしていたシンシアが急に落ち着いた口調で、クリストファーに向かって言った。
「とにかく、今回の調査成果が、発掘物も記録ノートも含めて何もかも失われてしまいました。非常に残念です」
その言葉を聞いて、クリストファーは安堵した。それは、『任務』を全うできたことに対してか、それとももう彼女に手荒なまねをする必要がなくなったことに対してか、すぐには判別がつかなかった。
もちろん、そんな気持ちはおくびにも出さず、何故か驚いた様子でシンシアを見つめるアレックスを横目に、クリストファーは感情を殺した口調で言った。
「お話は以上ですか?」
シンシアは頷いた。「ええ、それだけです」
アレックスが何か言いたそうに口を開きかけたが、シンシアがその口を塞いだ。
「じゃあそろそろ時間なので」
シンシアは軽く頭を下げると、背を向けて部屋の出口に向かった。アレックスが一瞬だけクリストファーを睨むと、シンシアの後に続いて歩き出した。
シンシアが部屋を出る直前、再び振り返った。
「ホワイトさん、最後に一言だけ伝えておきます」シンシアはかすかに微笑むように表情を和らげた。「地中奥深くに埋め隠したどんな秘密も、いつかは掘り返されます」
「そうでしょうか?」
「ええ、わたしたちがいる限り。……じゃあさようなら、ホワイトさん」
と言い残し、今度こそシンシアたちは部屋を出て行った。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉じられ、一人取り残されたクリストファーの胸が、ひびが入ったかのように痛んだ。
□ □ □
アレックスとシンシアは駅のベンチに並んで座って列車の到着を待っていた。
手元にある荷物はほんのわずか。持ってきた道具は壊され、発掘物も火事で全て失われてしまった。
結局、この街に何をしに来たのだろうか。残るのは疲労と無力感だけだ。
隣のベンチに座っているシンシアは眠っているのだろうか、腕を組んだまま俯き、ピクリとも動かない。
悪いとは思いつつ、アレックスはシンシアに声を掛けた。
「あのう……博士?」
するとすぐに「何?」と返事があった。
「本当に、これで良かったんですか?」
「何が?」シンシアは片目を開けてアレックスを見た。
「クリストファー=ホワイトのことですよ。保安局に突き出したほうが良いんじゃないですか?」
「あるのは本人の自白といえなくもないような曖昧な証言だけ、これじゃあ保安局は相手にしないでしょうね。それに今は教会とやり合うなんて、それこそ時間の無駄」
「教会?」
「あっ、ううん……」シンシアは首を振った。「つまり、発掘中止の取り下げをわたしが教会に掛け合っても、相手にされないってこと。おじさまでも難しい話だから」
話が飛んだような気がする。
「そんなことよりもブローム、今はやることがあるでしょ」
「やることって? ……まさか、帰ってまた発掘物の清掃ですか?」
研究所に山のように積まれた木箱を思い出して、アレックスは思わず吐きそうになった。
「それもあるけど」シンシアはアレックスが持っていた肩掛け鞄を指差した。「カメラと記録ノート、出して」
「あっ……、はい」
アレックスは鞄から、撮影済みのフィルムとシンシアから預かっていた記録ノートを取り出し、彼女に渡した。
「よくやったブローム!」シンシアはノートとフィルムをアレックスの手からひったくると、恋い焦がれていた想い人と再会したかのようにぎゅっと抱き締めた。「ざまあみろ、これだけは死守してやったわ」
「ええっと、もしかしてコット博士、こうなることを予見してたんですか?」
アレックスは、目尻を下げ、はあはあと喘ぎながら記録ノートのページをめくるシンシアに問うと、彼女はよだれを拭きつつ答えた。
「まさか。……でも、発掘現場が荒らされる事件があって、一応保険は掛けておこうと思って、ノートを貴方に預けておいたの」
どうやら、クリストファーとの会話の目的は、彼を糾弾することではなくて、発掘物も資料も全て失ったと嘘を伝えることで、彼から記録ノートとフィルムを守ることだったらしい。
「でもどうしてノートなんですか? どうせ隠すなら発掘物の方が良かったんじゃ……」
「あれを全部隠そうとしたら、遺跡を狙っている連中に確実に気取られるでしょ。ちゃんとした記録さえ残ってれば、最悪現物がなくとも研究はできるし」
ちゃんとした記録がなければ意味がない。前にシンシアが言っていたような気がする。しかし……。
「それじゃあ、オークションで売れないじゃないですか!」
「だから、わたしはトレジャーハンターじゃなくて、考古学者だって言ってるでしょ。売ることが目的じゃない」
耳にタコができるほど聞かされた話だが、やはり納得がいかなかった。
ガタン、ゴトン……と、列車が近づいてくる音がレールを通じて響いてきた。シンシアはベンチから立ち上がり、プラットホームの端へ向かって歩き出した。アレックスも立ち上がり、彼女の後に付いていく。
「……じゃ、じゃあ、どうしてそんな大切なノートを俺なんかに渡したんですか。博士自身で肌身離さず持っていても良かったじゃないですか」
「わたしは専門家だから狙われやすいのよ。でも貴方は考古学にしろトレジャーハンティングにしろ、ずぶの素人でしょ。そんな人が重要な記録ノートを持っているなんて、誰も……特にホワイトさんみたいなエリート思考の強い人だったら、考えないだろう、と思って」
「そ、そんな……」
アレックスは馬鹿にされたような気がして、口をすぼめた。しかももっと辛いことに、あまりに正論で、言い返すことができない。
「と、言うのは半分冗談で……」
シンシアは足を止めた。
汽笛の音がする。
そしてシンシアは、アレックスに背中を向けたまま言った。
「貴方ならちゃんと守ってくれると思ったからよ」
アレックスは二度瞬きした。「えっ?」
シンシアはゆっくりとアレックスの方を向いた。その顔は優しく微笑んでいた。
「ちゃんとお礼を言えてなかったわね。カメラのことにしろ、マルドナドのことにしろ、今回は色々貴方に助けてもらったわ。ありがとう」
そして、雇い主は深々と頭を下げた。
轟音とともに駅に入ってくる鉄道からの風圧で、シンシアの髪が陽の光を浴びて煌めく川の流れのようにさらさらとなびいた。
しばらくその美しさに見惚れていたアレックスだったが、ハッと我に返り、慌てて言った。
「は、博士。顔を上げてください。お、俺は助手として当然のことをしたまでですから」
そんな言葉を口にしながら、アレックスは決意した。
シンシアの下でもう少し頑張ってみよう、と。
彼女と共に働き、彼女を助け、彼女と対等になりたい。
そして、その先で待っているものがトレジャーハンターなのか考古学者なのかは、たいして重要ではない気がする。
※ ※ ※
クリストファーが用意したチケットは、一車両丸ごと使った、一等客室を超える、王族クラスが利用するような特等客室だった。その豪華な内装に、アレックスは凄い凄いと子どものように大はしゃぎしていたが、シンシアは平静を装った。
(この程度でわたしを懐柔しようなんてなめた真似を。……でも、夕食のワインぐらいなら期待していいかも)
寝所に無事だったわずかな荷物を置いて、オークション会場のVIPルームばりの肉厚ソファーに座り、アレックスに託していた記録ノートを開いた。本当だったら、帰りの列車内で片付けたい仕事が山のようにあったが、必要な資料はすべて燃えてしまった。研究所に戻って作り直すしかない。記録ノートこそ守れたとはいえ、やはり被害は大きい。しばらくは徹夜の日々が続きそうだ。
アレックスがやってきて、シンシアの対面のソファーに座った。そしてテーブルの上に置いてあったパンフレットを拾い上げる。
「おおっ、ルームサービスまであるなんて、至れり尽くせりですね。博士、早速何か頼んでみましょうよ」
「後でね」
シンシアはノートを捲りながら素っ気なく答えた。
アレックスが一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに神妙な顔つきになって、訊いてきた。
「博士、なんだかうやむやになっちゃいましたけど、結局、あの遺跡にメサイア・アンティークはあったんですか?」
シンシアは記録ノートに視線を落としたまま答えた。
「さあ。でも可能性は充分あったと思う」
「本当ですか!」
アレックスが身を乗り出してきた。
「ええ」
シンシアは頷いた。
クリストファー=ホワイトが……教会が発掘を妨害してきたことが一つの傍証だ。クリストファーに見せた発掘物の中にメサイア・アンティークに繋がる品、あるいはメサイア・アンティーク自身が紛れていた可能性だってある。
しかし、それを確かめることはほぼ不可能に違いが……。
教会がメサイア・アンティークを始めとする魔法大戦期の遺跡、遺物調査を快く思っていないことは、考古学関係の知り合いから噂程度で聞いたことはあったが、まさか発掘の邪魔までしてくるとは予想していなかった。
教会の連中は歴史が自分たちのものだとでも思っているのだろうか?
であれば傲慢も甚だしい。歴史は誰のものでもない。人類すべての共通資産だ。だから負の部分も含めて、歴史を皆で受け入れていかなければならない。たとえ真実によって、それまでの価値観が壊されようとも、それを乗り越えて前に進んでいく。結局それが、人と社会の更なる発展につながるはずだ、とシンシアは信じている。
だから、誰かの都合で歴史を隠し、捻じ曲げようとするならば、それは過去を含めた全人類への冒涜であり、一介の考古学者として抗わなければならない。
それに、都合の良い嘘で塗り固められた世界で飼い慣らされるなんて真っ平御免だ。
存在を確かめるように、シンシアは記録ノートを強く握りしめた。
現物は失われてしまったが、残ったこの記録と写真があれば、連中が隠そうとしている本当の歴史に一歩でも迫れるかもしれない。
「あーあ……」アレックスが両手を高く伸ばしながら背もたれに寄りかかった。「やっぱり悔しいなあ、あと一歩だったかもしれないのに」
「また機会はあるわよ」
シンシアは呟いた。千二百年前の遺跡は他にもどこかに眠っているはずだ。それに今回の遺跡だってまだ完全に諦めたわけじゃない。先ほどアレックスには記録さえあれば大丈夫とは言ったが、実物もあるに越したことはない。トレジャーハンター共が荒らそうと、教会が邪魔をしようと、いつか必ず調査をしてやる。
「悔しいといえばもう一つ」アレックスが再び体を起こした。「俺、結局今回の発掘作業で、壺の破片すら見つけられなかったんですよ」
シンシアはノートから顔を上げ、悔しさを滲ませるアレックスの顔へ目を向けた。アレックスは肩をびくりと震わせた。
「は、博士……、俺の顔に何かついてます?」
「いえ、そうじゃなくて。今回、貴方の言うところのなんの価値もない土器や石ころしか見つかっていないのよ。それを発掘できなかったことが悔しいの?」
「そりゃもちろん、金銀財宝を見つけられれば最高ですけど、せっかくなんだから土器であろうと見つけたかったですよ。自分も何か見つけたーっていうか、あの遺跡に足跡を残してやったぜ、みたいな感覚を味わいたかったです」
シンシアは思わずくすりと笑ってしまった。採用直後はどうなることかと思っていたけど、なかなか面白いことを言うようになったじゃないか。
「なっ、何ですか突然? やっぱり俺の顔、何か変ですか?」
「別に……」
記録ノートを閉じて、シンシアは改めて考古学者見習いの青年をまじまじと見つめた。その瞬間、彼の顔が血の気が失せたように青白くなったのは気のせいだろう。
シンシアは姿勢を正すと、宝くじの当選番号を発表するかのように、明るい声で言ってやった。
「そんな貴方に朗報よ。明後日から、今度はマルセー市の郊外で、五百年前のワグナ砦の発掘が始まるから。今度こそ何か発掘してみせなさい」
アレックスの両目が皿のように丸々と大きく広がった。
「ちょ……ちょっと、待ってください。この列車が王都に着くのが明日の夜ですよね。すぐに出発ってことですか!」
「ええそうよ。それが何か?」
「博士、さすがに働き過ぎですよ。少しは休んだらどうです?」
「そんな暇ないわよ。仕事は数え切れないほど溜まってるんだから。ブローム、貴方もしゃきしゃき働きなさい」
「うへぇ……」
アレックスの表情が苦悶に歪んだが、その瞳は金銀が大量に詰まった宝箱のように輝いていた。
色々突っ込みたいところもあるかと思いますが、ともあれ、最後までお読みいただき、誠のありがとうございました。




