発掘結果の分析3
街への帰路、馬上のシンシアはずっと無言だった。
かなり気落ちした様子だった。無理もない、調査途中の遺構が瓦礫と化してしまったのだから。最後に食べようと楽しみに取っておいた大好物を突然横取りされた、なんて表現では足りないほど悲愴感を漂わせていた。そんな、力なくうな垂れるシンシアの背中に向かって、アレックスもさすがに声を掛けることができなかった。
その代わりに、アレックスは先ほどの遺跡での出来事に関連して、幾つかの疑問について考えていた。
例えば、マルドナドが持っていた拳銃。あれはどこで手に入れたのだろう? 王都でも出回り始めたばかりの最新型を、地方の一労働者が簡単に手に入れられるとは思えなかった。
それから、昨日に起こった発掘現場荒らし。実は野犬の仕業ではなく、調査を邪魔し、自分で宝を手に入れようとした、マルドナドの仕業だったのだろうか?
そして結局、あの石壁の向こうに何があったのだろうか?
しかしこれらの答えはすべて、瓦礫と土砂の中に埋もれてしまった。真相は闇の中だとわかってしまうと、なおさら気になってしようがない。未だに昂る神経と相成って、今夜は眠れそうもないだろう。
こうしてお互い無言のまま、月明かりに照らされて雪原のように白く輝く荒野の道を進んだ。そして、もう少しでケシュの街に辿り着く頃、前を行くシンシアがぽつりと言った。
「ねえ、ブローム」
「なんですか?」
「わたし、魔法具の使い方、ちゃんと勉強するわ」
突然何を言い出すかと思えば……、一瞬呆れたが、それだけ自分の失敗を悔いたということだろうか。
「……それが良いと思います」
と、アレックスは答え、続けて「何なら、俺が教えましょうか?」と言おうとしかけたところで、街の方角の空が赤く照らされていることに気付いた。
「博士、何でしょうか、あれ?」
シンシアが顔を上げると、急に大声で叫んだ。
「なんてことを! ブローム、急いで!」
シンシアはアレックスの返事も待たず、馬の速度を上げた。
「ちょっと、待ってください」
アレックスも慌てて彼女の後を追った。
アレックスとシンシアが滞在していた宿屋が紅蓮の炎に包まれていた。
バケツリレーで消火活動にあたる人々、家財を持って逃げ惑う人々、遠くから心配そうに眺める群衆、群衆を追い返そうと怒号する保安局員……、巻き上がる火柱を中心に町中が大混乱に陥っていた。
無数の火の粉が舞い散る中、アレックスは近くにいた男に事情を訊いた。
「な、何があったんですか?」
「見りゃわかるだろ、火事だ!」
「どうして?」
「知るか。突然大きな音がして、一気に燃え上がったらしいぞ。そんなところに突っ立ってると邪魔だ、どけ」
男はアレックスを押しのけて群衆の中に消えていった。
アレックスは宿屋に目を向けた。木造の宿屋は完全に炎に覆われていた。窓ガラスも割れ、中から渦巻く炎が姿を見せていた。
荷物は諦めるしかなさそうだ。と言っても、部屋に置いてあった物はわずかな着替え程度で、財布などの貴重品は全部肩がけ鞄に入れて、今も肌身離さず持っている。だから、ほぼ被害はゼロだ。
しかし、シンシアは違った。
彼女は燃えさかる宿屋に突入しようとして、二人の保安局員に取り押さえられていた。
「離しなさい! あの中には大切なものがあるの!」
「危ないです!」アレックスも慌ててシンシアのところに駆け寄って、彼女の腕を掴んだ。「諦めてください、もう無理です」
「そんな事できるわけないでしょ」シンシアは涙目で自室だった窓を指差し、ヒステリックに叫んだ。「部屋には大切な書類が、それに今回の調査の出土品だって置いてあるんだから! ブローム、貴方助手なら取ってきなさい!」
できることなら言う通りにしてあげたい、しかしさすがに無理な注文だった。何故なら、今まさにかつて宿屋だった建物は火の塊となって崩れ落ちたところだからだ。
遺跡の時にしろ、今にしろ、シンシアは考古関係になると見境がなくなる。よくこれまで生きてこられたものだ、と内心呆れながらも、火が鎮まり、黒焦げの柱が露わになって、ようやくシンシアが落ち着くまで、アレックスは彼女の手を握り続けていた。
□ □ □
早朝、シンシアとアレックスは鉄道建設会社の事務所に呼び出された。
目の前には、執務席に座って難しい表情を浮かべるジェフ=ターナーと、その傍らに無言でクリストファー=ホワイトが立っていた。
ターナーが「災難でしたな……」とかなんとか、昨日の火事に対する慰めの言葉を口にしていたが、アレックスは頭がぼうっとしていて、聞き流していた。休める場所を求めて町中をさまよい歩き、ようやく宿舎を見つけたものの、結局ほとんど眠ることができなかった。シンシアの目の周りも赤く腫れあがっていて、疲労の色を隠せないでいたが、昨日の事件からは立ち直ってくれたようで、いつものはきはきとした口調で、ターナーと言葉をやり取りしていた。
「それにしても、作業員がマルドナドを含めて三人も行方不明か……。これは面倒なことになったな」
ターナーが苛立ちを隠すことなく口にした。
「申し訳……ありません」
コット博士は深々と頭を下げた。
博士は悪くない、とアレックスは口にしかけたが、その前に、クリストファーが落ち着いた声で言った。
「博士、顔を上げてください。貴女のせいではありません。彼らを推薦した私どもにも責任の一端はあります」
「しかしなあ」ターナーは難しい表情のまま唸るように言った。「工事再開への影響は大きいぞ。これ以上遅れが続いたら、本社の連中が何て言ってくるか……」
「工事の再開……ですか?」シンシアがためらいがちに言った。「確かに今日で予備調査は終わりですが、遺跡自体の調査はまだ終わっていません。日を改めて本格的な調査を行う予定です。ですから、工事の再会はもうしばらく待っていただく必要があります」
「それが博士……」クリストファーはきまり悪そうな表情を浮かべた。「大変申し上げにくいことなのですが、あの遺跡の調査は中止になりました」
「えっ! どういうことですか。まさか、おじさま……いえ、シェーンベルク伯が中止を命じたんですか?」
「いえ」クリストファーは首を振った。「昨夜、本社を通じて、教会から通達がありました」
「教会から? ……どうして?」
「大陸横断鉄道の経済的価値を考えると、工事の再開は急務であり、そのためにはトレジャーハンター条約の免除も認める、とのことです」
「そんな馬鹿な! あの遺跡は魔法大戦期の謎に迫れる可能性を秘めています。それをたかが経済的な理由で中止だなんて、信じられない。ホワイトさん、貴方だってそう思うでしょ」
シンシアはクリストファーに訴えるような視線を向けたが、彼はさっと顔を逸らしてしまった。
「たかが経済されど経済だよ、コット博士」ターナーが不満そうに人差し指で机をトントンと叩いた。「こうして博士が遠路はるばるやってきて発掘に専念できるのは何故か、ということも考えてみなさい。そもそも、遺跡は瓦礫の山になって土砂崩れに埋もれてしまったんだろう? だったら、もう発掘なんて意味がない」
「そんなことありません。たとえ瓦礫になったとしても、もう一度掘り返せば、復元も可能です。シェーンベルク伯にも話をして何とか撤回を……」
「教会の決定だ。たとえシェーンベルク伯でも反対はできんよ」
ターナーが冷たく言い放った。
「……」
シンシアは悔しそうに唇を噛み締めた。
「博士」クリストファーが申し訳なさそうに言った。「間もなく王都ジェネバ行きの鉄道が出発します。それに乗ってお帰りください、チケットも手配しておきました。発掘現場の片付けは私どもでやっておきますので」
クリストファーが鉄道のチケットを差し出しても、シンシアは俯いたまま受け取ろうとしなかった。困惑した表情を浮かべるクリストファーと目が合って、アレックスが代わりに受け取った。
踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂とはこのことだ。シンシアは悔しいだろうが、アレックスだって悔しかった。せっかく苦労して、命の危険すらあったのに、何も得られなかったのだ。しかし、今ここで粘っても何も変わらないだろうということは、ターナーの仏頂面を見ていればわかる。
それよりもアレックスとしては、シンシアに一刻も早く王都に帰って、休んでもらいたい、という気持ちが大きかった。
「博士、行きましょう」
と、アレックスは声を掛けたが、シンシアはその場から動かなかった。
ターナーはクリストファーと顔を見合わせ、肩をすくめた。
「我々は工事再開の準備で忙しいので、失礼させてもらうよ」
と言い残して、ターナーは立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。クリストファーもシンシアに向かって黙礼すると、背を向けて、ターナーのあとを追おうとした。
すると突然、シンシアはさっと顔を上げると、打って変わって毅然とした態度で言った。
「ホワイトさん、最後にもう一つだけ、お話があります」
次で最後です。。。




