発掘結果の分析1
「相変わらずの堅物っぷりだな、シンシアは」
ハインリッヒは唸るように言うと、蒸留酒を一気に飲み干した。
「じゃあ、こんなことが前にもあったんですか?」
テーブルの反対側に座っていたアレックスは訊ねた。
ケシュの街に戻ってきた後、独り繁華街をぶらついていたアレックスは、そこでハインリッヒとばったり会ったのだ。一緒に夕食を、と誘われ、もはや常連となった〈山猫亭〉に入った。
そこでアレックスから今日の出来事を伝えられたハインリッヒは、怒りを隠そうともしなかった。
「しょっちゅうだ」ハインリッヒは空になったジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた。「あいつは目の前に宝箱があっても、時間がない、調査順序が違う、とかなんとか言い訳して、開けるのを後回しにする奴なんだ」
「自分の好物は後回しにするタイプなんですか?」
と口にして、ふとアレックスはシンシアの好きな食べ物は何だろう、やっぱり缶詰の豆スープかなと、今はどうでもいいことが頭に浮かんだ。
「違う。あいつに言わせれば、調査の裏付けができない宝なんて価値はない、だそうだ。この姿勢こそ考古学者の矜持だと」
「ははぁ……」
前にシンシアから似たような話を聞いた気がする。
「だとしても、慎重過ぎるだろ。掘っても宝が見つからないなんて話はよくあるから、それは我慢できる。しかし宝を目の前にしておきながら、それを掴みとれないなんて、トレジャーハンターにとってはこの世のいかなる拷問にも勝る苦痛だ。アレックス君もそう思わないか?」
「はい、思います」
アレックスの今の気分はまさにハインリッヒの言う通りだった。あとほんのわずか手を伸ばすだけで人類の至宝に届くというのに、なんて歯がゆい気分だろう。
「それでこそ、トレジャーハンターだ」ハインリッヒはニヤリと笑いながら頷いた。
「コット博士にもう一度文句を言ったら、意見を変えてくれませんかね? 最初ははなから通路の土砂取りなんてしないつもりだったのに、なんだかんだ言って方針を変えたし。今回だって……」
ハインリッヒは悔しそうに首を振った。「問題の性質が違う。『本遺構』の土砂取りはあくまで調査の優先度の問題だ。今回は一部とはいえ遺跡を壊す必要があるんだろ。シンシアはますます慎重になる。そいつをひっくり返すのは、父の叱責でも、教皇の魔法でも無理だろうな」
アレックスは頭を抱える。「ああ、悔しいなあ……」
するとハインリッヒが低い声で言った。「アレックス君……、君は本当にトレジャーハンターとして成功し、大金を掴みたいと考えているのか?」
「何ですか突然? ……もちろんですよ」
「それは本心か?」
どうしてわざわざ念を押してくるのだろう? と不審に思いながらもアレックスは頷いた。「そうじゃなかったら、今頃こんなところにいませんって」
「そうか……」ハインリッヒは素早く左右に目配せをした後、身を乗り出し、小声で囁くように言った。「だったらやることは一つだ。君自身で宝を手に入れれば良い」
「えっ、どういうことですか?」
「そのままの意味だ。君がその石の壁を破壊し、中にある宝を探し当てろ、と言っている」
アレックスは息をするのを忘れて、ハインリッヒの顔を見つめた。彼の口は固く結ばれ、目を細めアレックスを見つめていた。冗談を言っているように見えなかった。
アレックスは唾を飲み込んだ。「……コット博士を裏切れってことですか?」
ハインリッヒは微かに口角を上げると、黙って頷いた。
「無理無理無理無理!」アレックスはブルブルと首を何度も左右に振った。「そんなことしたら俺、博士に八つ裂きにされちゃいますよ」
ハインリッヒは冷ややかな視線を向けてきた。「じゃあ君はシンシアの言うことに従って、明日通路の入口を埋め直して、手ぶらで王都に帰るというんだな?」
「そ、それは……」
アレックスは言い淀んだ。シンシアを怒らせるのは怖い、でも、宝を拝めないのも嫌だ。
ハインリッヒは畳み掛けるように言葉を続けた。「既成事実を作ってしまえば、あいつだって文句は言えないさ。……それにこれは、シンシアのためでもある」
「……博士の?」
「君とシンシアがもたもたしている間に、噂を聞きつけたトレジャーハンター共が宝を奪ってしまうぞ」
ハインリッヒに指摘されて、アレックスはこの街に怪しい連中が集まっているという噂を思い出した。『本遺構』の土砂取りで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
「やっぱり、別のトレジャーハンターたちが集まってきているんですか?」
ハインリッヒは残念そうに首を振った。「君から怪しい連中の話を聞いて、僕の方で少し調べてみたがわからなかった。でもこういった噂は必ず広まる。今でなくともいずれハンター共が大挙して押し寄せてくるさ。そうしたら手柄を根こそぎ持っていかれて、これまでの君たちの苦労は水の泡だ。だが、シンシアの助手である君が先に宝を手に入れれば、あいつの労力も無駄じゃなかったと世間に示すことができるだろう」
ハインリッヒの話も一理あるように思えてきた。己を厳しく律するシンシアは立派で尊敬できる部分もある。でも結果としてそれが彼女に不利益をもたらすのであれば、助手として救うべきではないだろうか?
アレックスは意を決して訊ねた。「……ハインリッヒさん、俺は何をしたら良いんですか?」
ハインリッヒは勿体振るように、ゆっくりと黒いジャケットの懐から鍵の束を取り出し、アレックスの眼の前に掲げた。
「これは、鉄道工事で使っている資材倉庫の鍵だ。何かの役に立つかもと思ってターナー君から借りておいたんだ。で、その倉庫には爆薬が……」
アレックスはハインリッヒの説明を一言も聞き漏らすまいと、熱心に耳を傾けた。
※ ※ ※
アレックスが駆け出して行ったあと、ハインリッヒはお替りした蒸留酒を味わうようにゆっくりと口に含んだ。
ぷるぷると頰が震えた。
笑いが込み上げてくる。
(こうも簡単に思惑通りに動いてくれるとは、実に単純な男だ、アレックスという奴は)
これで首尾よくアレックスが隠し部屋の宝を手に入れれば、また同じように言いくるめて宝を巻き上げることなんて造作もないだろう。例えば「僕自ら、オークションでの売り方を教えてあげよう」とでも言えば、彼は喜んで宝をこちらへ渡すに違いない。
そして、自分が宝を発見したと公表すれば、ハインリッヒ=シェーンベルクの名声はますます高まることだろう。もし宝が本当にメサイア・アンティークならば、伝説のトレジャーハンターの仲間入りだ。また万が一失敗して、シンシアの逆鱗に触れたとしても、すべてアレックスのせいにしてしまえば良い。
当然アレックスは反論するだろうが、駆け出しのトレジャーハンターとノーブレスハンター、たった数日雇っただけの助手と二十年以上付き合ってきた幼馴染、周囲がどちらを信用するかと問われれば、答えは自ずと決まってくる。
「世間知らずでお人よしのトレジャーハンターの卵君、せいぜい頑張ってもらおうか、僕のために……」
ハインリッヒはジョッキを天井に向かって独り高々とジョッキを掲げた。




