第五話 不思議な力と秘密の掟
月の光に照らされながら、九匹の雪狼が氷の馬車をひいて空を駆け抜けます。
そんな氷の馬車の中で強子ちゃんは、レジーナの膝の上でちょこんと座っていました。
強子ちゃんは「座席……もう少し広くできなかったの?」と聞きましたが、レジーナが「神様に見つからないためには、これ以上大きくする訳にはいけません」と言うのです。
レジーナが平気なら良いのかな?と思って、レジーナの温かい胸に強子ちゃんは身を委ねました。
その後もレジーナに魔法や神様について質問をしたり、今後の計画を話し合ったりしながらも馬車は風のように走り続けました。
そして数日後……遠くに目的のお城が見えてきました。
「あれがシンデレラ城……」
暗闇の中で炎に照らされ浮かび上がっている幻想的なお城を見ながら、強子ちゃんは呟きました。
――魔法使いの婦人が杖を振ると、カボチャが馬車に、ネズミは白馬や御者に変身します。
捕まえてきたトカゲもお供に変身すると、最後はシンデレラの服装がとても素敵なドレスになりました。
「さあ、シンデレラ。これで舞踏会に行けるわね?」
そんな素敵な魔法を使った魔法使いのご婦人が、美しいお姫様のような服装になったシンデレラと呼ばれる女性に声をかけました。
「夢みたい……本当にありがとうございます」
シンデレラは魔法使いの婦人に美しくも丁寧なお辞儀をして、感謝の言葉を言いました。
「楽しんできなさい、シンデレラ。でも、わたしの魔法は十二時までしか続きません。気を付けるんですよ」
「はい、本当にありがとうございました」
ガラスの靴を鳴らしながら馬車に乗り込むシンデレラを見送った魔法使いの婦人は、草影の方へとくるりと振り向くとにこやかに尋ねました。
「私に何かご用かしら? ……あら、マッチ売りの少女と……雪の女王様!? 珍しい組み合わせね」
少し驚いた魔法使いの婦人に、強子ちゃんは頭を下げてお願い事を言いました。
「お願いします。私達の話を聞いていただけますか? 私達は、この世界で幸せになってはいけないと決められたもの達を助けたいのです」
「……立ち話もなんですから、私のお家にご招待してもいいかしら?」
――魔法使いの婦人こと、ソルシエールさんのお家は、お花に囲まれたとても可愛らしいお家でした。
そんな可愛らしいお家には何匹もの妖精がくつろいだり、お喋りをしています。
そんな妖精達に囲まれながら、丸くて可愛いテーブルに案内された強子ちゃん達に、ソルシエールさんがハーブティーを入れてくれました。
「それじゃあ、お話を聞かせてもらおうかしら? えーと、アリュメットちゃんとレジーナさんと……もう一人いるわね?」
「はい。アリュメットの体を借りている万建木強子といいます。私が―――」
強子ちゃんはこの世界に来てからいままでのこと、レジーナのこと、神様の考えとこれからのことをソルシエールさんに話しました。
ソルシエールさんは何度も頷きながら、ときおりアリュメットやレジーナにも質問をして、真剣に……なごやかにお話を聞いてくれました。
「――話はよく分かったわ。みなさん、よく頑張ったわね」
ソルシエールさんが杖を振ると、ティーポットが歩きだしてハーブティーを注いでまわります。
「お力を貸していただけることは出来ますか?」
燃えるような瞳でソルシエールさんを見つめる強子ちゃん。
そんな強子ちゃんにソルシエールさんは少し困った顔で応えます。
「……私は頑張っている少女を応援するのが趣味なの。だから貴女達のことも応援してあげたいと思ってはいるのよ? でも、このままじゃ難しいわね」
「……難しくしている理由を教えていただけますか?」
「そうねぇ、魔法使いの掟はご存じかしら?
そう、知らなくて当然よね。これは本当の魔法使い達の秘密の話なのですから……だから、いまから口にするのはただの一人言。……本当の魔法使いはね――――」
本当の魔法使いには掟がありました。
それは、とってもとっても厳しい約束ごと。
とびっきり素晴らしい力を持った代わりにつけられた鎖です。
どんなに嘆いても、自分が死んでしまうことを知っていたとしても、物語を変えることができない強い鎖……
「――与えられた強い力には、そんな運命も一緒に付いてきてるってわけね。私の友達でお菓子の家に住んでいる魔女がいますが……昔の彼女は口が悪いけど、お腹を空かせた子供達にお菓子を投げつけてた恥ずかしがりやの良い魔女だったのよ?
……私は頑張っている少女の味方だから、少しは貴女達のお手伝いが出来るけど……だから、みんなを……魔女達を助けるのは諦めなさい」
ソルシエールさんは深い緑の瞳で二人……いや、三人を見つめるとキッパリとそう言いました。
「貴女達だけなら、幸せな人生を過ごせるようにお手伝いすることを約束するわよ? 王子様との結婚は無理ですけどね。
……それに彼女達に会えば、貴女達も食べなきゃいけなくなるわ。
私はこれ以上、友達の悲しむ顔を見たくないの。死は……彼女達の救いなのよ?」
ソルシエールさんは一つだけため息をつくと、暗い話を終えようとしました。
「さあ、一人言はお仕舞いよ。いまからは貴女達が幸せになるための、とっておきの魔法をかけてあげるわね」
「……なにが掟よ」
「え?」
ソルシエールが三人に目をやると、レジーナは綺麗な姿勢で目を閉じて話を聞いていますが、強子ちゃんは下を向いてプルプル震えてブツブツ呟いています。
「……どうしたのかしら? もしかして私達のことを悲しんでくれてるの? 気持ちは嬉し――」
「なにが掟よっっ!! そんな運命なんか私が……私達が燃やしてやるんだから! 知ってる? 運命は変えることが出来るんだよ?
友達を救うことだって出来るの! 死が救いだなんて……二度とアリュの前で言わせないからっっ!!」
強子ちゃんとアリュメットの心の炎が燃え盛り、その熱で着ていた服がはためきます。
その様子を見たソルシエールは驚くこともなく、優しい笑みで語りかけます。
「本当に……強くて優しい娘ね。でも、魔女には無理なのよ。掟はそんなに甘くないの」
その時、じっと黙って聞いていたレジーナが青い瞳を輝かせて言いました。
「では、強子様とアリュメット様も魔女になってはいかがでしょうか? その素質は十二分におありかと」
「え? 魔女になれるの? ソルシエールさん、私達も魔女になれるの!?」
詰め寄る強子ちゃんにソルシエールさんは両手の手のひらを前にだして、落ち着くように声をかけました。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。……ふぅー、レジーナさんはその言葉の意味を分かって言っているの?
せっかく幸せを手に入れたのでしょうに……この娘達を失うことになるかもしれないのよ?」
「はい。存じております。その危険も……」
「……そう。強子ちゃん、アリュメットちゃん、魔女になるってことはそれはそれは辛くて厳しいことなのよ。魔女の掟も背負うことになるわ。それでも……やるの?」
「やるわっ! ね? アリュ?」
(もちろん! 強子より早く凄い魔女になってあげるから!)
強子とアリュメットの心の熱が、ソルシエールに強く伝わりました。
「……しょうがない子ね。では、あなた達二人に魔女になるための試練を受けることが出来る、とっておきの魔法をかけてあげるわ。この魔法は12時になっても消えないから安心なさい。……頑張ってね」
ソルシエールは椅子から立つと呪文を唱えながら、優雅に杖を振りました。
するとテーブルの周囲が白く輝き……その輝きが収まると、強子ちゃん達を取り囲むように立つ様々な魔女達がこちらを見ているのでした。