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第四話 長い冬と別れの馬車

 ロウソクの炎が冷たい風で揺らめき……消えました。

 公爵家専用の教会に集まった人々の服装は、空を覆う雲のように黒く、表情もみな暗く落ち込んでいます。


『人々の夢を現実にした奇跡の少女、アリュメット。その功績を讃え、ここにその名を刻む』


 あまりにも短い命を炎のように激しく燃やし、輝かせた少女のお葬式に国中の人々が悲しみました。

 その中でもひときわ悲しみの言葉を叫び、墓碑にしがみつく人がいます。


 「アリュメット! なんで、なんでお前が……うおおおぉぉ……」


 そんな悲痛な叫び声を上げるアリュメットのお父さんに、冷たい雪がハラハラと寂しそうに降りかかりました。



 こんな悲しいアリュメットのお葬式が行われたのは何故でしょうか?


 それは……


 むかしむかし、ではなく少し昔……今より1ヶ月ほど前のことです。


 アリュメットをお父さんに再会させた強子ちゃんは、公爵様のお城に戻ってきたところでした。


 「ただいま戻りました。公爵様」


 「ああ、元気そうで何よりだ。お父様とは楽しく過ごせたかい?」


 「ええ、公爵様のご厚意に感謝します」


 「はっはっは、君は相変わらず子供らしくないね。おや、その素敵な靴はどうしたんだい?」


 「これは……お父さんが私に作ってくれた世界一の靴です!」


 アリュメットの気持ちを代弁して、強子ちゃんは胸を張ってそう言い切りました。


 公爵様とのお話を終えた強子ちゃんは、以前よりバリバリと仕事を始めました。

 馬車の中で考えていたことを、早く実現しようと頑張っているのです。


(雪の中での車は、まだまだ危ないから電車を通したいわね。そしたらアリュメットのお父さんにも楽に会いに行けるはずだし)


 そんなことを考えながら簡単な資料を作っていると、扉をノックして公爵夫人と一人のメイドが部屋に入ってきました。

 そのメイドは強子ちゃんが初めて見る人でした。

 とても美しい女性で、肌も雪のように白く、長く綺麗な髪と切れ長な目は氷の結晶のように青く輝いています。


 「アリュメットちゃん、おかえりなさい。今日からあなたに付き人を一人つけることにしました。新人ですけどよく出来た者ですので安心なさい」


 メイドさんは綺麗なお辞儀をすると、自分の名前を言いました。


 「今日からアリュメット様のお世話をさせていただくことになりました、レジーナ=スノウです。レジーナとお呼びください」


 強子ちゃんも負けじと綺麗なお辞儀をすると、笑顔で右手を差し出しながら挨拶をする。


 「私はアリュメット。靴屋の娘よ。よろしくね、レジーナさん」


 強子ちゃんの差し出した右手にレジーナの右手が触れました。

 強子ちゃんが握りしめたレジーナの右手は、まるで氷のように冷たく感じました。



 レジーナはとても優秀なメイドでした。

 お茶や着替えの準備は素早く的確で、強子ちゃんのお仕事のお手伝いまでしてくれます。

 強子ちゃんが炎のような情熱を相手に与えるように、レジーナは氷のように冷静な思考を城のみんなにもたらしてくれました。

 そのおかげで、あっという間に町と町をつなぐ電車の計画は完成したのです。

 あとは、この雪さえやんでくれれば、この世界で初めての電車が走る日も近いのですが……


 「……もうすぐ春だってのにすごい雪。ゴホッゴホッ……レジーナも暖かくしときなさいよ。私みたいに風邪引いちゃうん……ゴホッ、だから」


 顔を真っ赤にしながらフーフーいってベットで横になっている強子ちゃんが、ベットの横で看病してくれているレジーナに声をかけました。


 「私は大丈夫です。寒いのには慣れていますので」


 レジーナの冷たい手が強子ちゃんのおでこに乗せられました。

 その冷たい手がとても心地よく、強子ちゃんはそのまま意識を失いそうになりました。

 でも眠るわけにはいきません。

 まだまだ強子ちゃんは、お祖母ちゃんやお母さんに会うつもりはないのですから。


 「そう、なの? ゴホッゴホッ……ふぅ、さすが雪の女王様ね」


 「……気付いておられたのですね」


 レジーナは強子ちゃんの口に水差しを差し出すと、強子ちゃんはゆっくりと喉を鳴らして水を飲み込みます。


 「んぐ……はぁ、そりゃ気付くわよ。スノウっていってるし、レジーナは女王って意味だしね。それに、こんなに綺麗な人もそうそういないから」


 「……そうですか。なら何故お側に置かれたのですか? この雪も、あなたの風邪も、全て私のしわざだと分かっているでしょうに」


 強子ちゃんは真っ赤な顔で少し笑って答えます。


 「理由はいっぱいあるけど、一番の理由はレジーナのことが知りたかったからね。ほら、雪の女王様って不思議でしょ?」


 「不思議……ですか?」


 「そう、不思議。だって冷静で理性的なのに、いきなり男の子を城に連れてっちゃうし、それなのに男の子をお城に残して別の場所にいっちゃうし……なんであんなことしたの?」


 「……自分でもよくわかりません。あの男の子がそう望んでいるように感じたから……でしょうか」


 綺麗な顔を崩さずに、真面目に質問に答える雪の女王様を見た強子ちゃんは、思わず笑ってしまいました。


 「……なにか可笑しいところがありましたか?」


 「だってレジーナってば、とっても真面目で優しいから……。ふぅ~、やっぱり帰さなくて正解ね。話を聞くならレジーナが一番だわ。……誰かに頼まれて来たんでしょ? 私の……マッチ売りの少女のところに」


 「……はい」


 「物語通りじゃないと困る人がいるのね?」


 「その通りです」


 「……レジーナはこの世界を変えたらいけない理由を知ってるの?」


 「童話の世界が崩れると、それを読んだ子供たちが可哀想だから……と聞いています」


 その言葉を聞いた強子ちゃんは、カッと目を開くと飛び上がって大声を上げました。


 「はぁ? はあ? はあああ!? なにいってんのよっ!! 絵本を読んだ子供が可哀想ですって! こっちは真冬にマッチ擦りながら死んでいるのよ!」


 強子ちゃんの胸の炎は、天地を焦がすほどに燃え盛っていました。

 胸の中のアリュメットも強子ちゃんに負けじと、胸の炎を大きくしようと頑張っているようです。


 「……お、お身体の方は大丈夫でしょうか?」


 強子ちゃんの言動に少しビクッとしたレジーナですが、さすが冷静な雪の女王様。

 強子ちゃんの風邪の具合をなるべく冷静に聞きました。


 「そんなもの吹き飛んだわよ! 行くわよ、レジーナ!」


 「……どこに行くのでしょうか?」


 「そんなの……」


 強子ちゃんはレジーナの方へと振り向くと、きっぱりと言い切りました。


 「みんなを……可哀想な役をやらされているみんなを……幸せにしに行くのに決まってるじゃない! レジーナ、あなたも一緒に幸せになるんだからね!」


 「……お気持ちはありがたいのですが、私には無理です。心が高ぶると全てを凍らせてしまいますので……」


 気が付くと部屋は外より寒くなっており、部屋全体に霜のような氷ができています。

 凍った窓の外は、嵐のような雪で真っ白になっていました。


 「なら私を凍らせてみればいいわ! 絶対に凍ってなんかやらないんだからっ!」


 強子ちゃんは素早くレジーナに近付くと、その体を正面からギュッと抱き締めます。


 「ア、アリュメット様。おやめください!」


 レジーナは白く凍ってゆく強子ちゃんを引き剥がすように力を込めますが、強子ちゃんは離れません。


「わ、私は強子よ! 真建木 強子!

 アリュメットは胸の中で頑張ってくれてるの!

 マッチ売りの少女にだって運命を変えられたんだから、雪の女王だって変わることができるはずよっ!!」


 強子ちゃんはレジーナを強く抱き締めながら、熱い想いをぶつけました。


 「だって、こんなに優しい心を持ってるのに!

 みんなを凍らせないために自分の心に蓋をして……

 でも安心して、私は凍らない! 凍ってなんかやらない!

 私の胸の炎は魔法のマッチで燃えてるんだから!

 私が……私達があなたを暖めてあげる!

 だからもう、一人で泣かないで……私達が一緒にいるから……ね?」


 強子ちゃんの言葉を聞いて、雪の女王は初めて自分が泣いていることに気が付きました。

 それは、雪の女王が初めて流した涙だったのです。


 そんな涙を流させた強子ちゃんを、レジーナはいつの間にか優しく抱き締め返していました。


 生まれて一度も抱き締められたことがなかった雪の女王を抱き締め……

 氷のような青い瞳からも、熱い涙を流すことが出来るのだと教えてくれた小さな少女は、白くなった頬を熱い涙で溶かしながら笑って言いました。


 「ほら、大丈夫でしょ? 本当のレジーナはとっても暖かいんだから……」


 みんなから雪の女王と呼ばれたレジーナは、胸の中の少女を宝物のように大事に抱き締めながら、熱い涙を流し続けるのでした。



 ――アリュメットの墓碑にすがり付くお父さんを、神様は空から見ています。


 「マッチ売りの少女は予定通り凍死したみたいだね。少し物語は変わるが、あとはこっちでなんとかなるだろう」


 神様はマッチ売りの少女の死を確かめると、どこかに行ってしまいました。



 その様子をレジーナが作った氷の鏡で見ていた強子ちゃんは、胸に手を当ててアリュメットに謝ります。


 「ごめんね、アリュ。今の私達じゃ目立つのは危ないから……」


(大丈夫! お父さんには後で公爵様が説明してくれるっていってたし、私も神様には怒ってるんだから!)


 親友がどんどん頼もしくなっているのを感じた強子ちゃんは、思わずクスリと笑いました。


 「強子様、アリュメット様、準備が整いました。いつでも出発できます」


 振り向くと素敵な氷の馬車や九匹の雪狼と一緒に、レジーナがお辞儀をしながら待っていました。


 「もう、強子でいいって言ってるのに。私達は親友で戦友でしょ? 次に様をつけたら私もレジーナ様って呼ぶからね」


 「どうぞご自由に、強子様」


 レジーナが下げていた頭を上げると、そこには春の雪解けを感じさせる素敵な笑みがこぼれていました。


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