第三話 夢と希望と……
強子ちゃんと公爵様を乗せた馬車は数人の護衛に囲まれて、ファイアード公爵の屋敷へと道を進めます。
ファイアード公爵――彼は街の噂で『変わり者好きの公爵様』と呼ばれていました。
王様の弟で公爵様なのに、いろんな場所に顔を出しては、変わり者を屋敷へと招待するのです。
毒がある食べ物を好んで食べる変わり者。
不味くて食べられない物を、あえて料理しようとする料理人。
国中歩いて回って下手くそな風景の絵を描く絵描き。
自分で作った翼で空を飛ぼうと夢見る若者などなど……
ときには、数字を沢山の紙に書いて呪文を唱える魔法使いも招待したと、街の噂で聞きました。
それも、とっても大切にしてくれているらしいのです。
この噂を耳にした強子ちゃんが「……やるわね」と呟いたのは三日前のことでした。
そんな公爵様の屋敷に一日かけて馬車で移動した強子ちゃんは、屋敷の大きさに少し驚いて眉を上げました。
それは屋敷というより、立派なお城だったのです。
「今日からここが君の家になる。君が言った、素敵な未来への夢を叶えるために尽力は惜しまないつもりだ」
ファイアード公爵はお城を見あげる強子ちゃんにそう言いました。
「高台にあるのに水源はあるし、防衛には適しているようですね」
強子ちゃんはお城の回りの堀から流れる川に興味津々です。
「……君、魔法で少年の姿をしている魔法使いなんじゃないかい?」
あまりに子供らしくない感想に、公爵様は姿を変える魔法使いの噂を思い出しました。
「……少年じゃないけど?」
「……本当に魔法使いなのかい?」
こちらを値踏みするように見つめる公爵様に、強子ちゃんは胸を張って言いました。
「いいえ、私は少女よ」
「しょ、少女? え? 女の子?」
理解が追い付かない公爵様を強引に納得させると、強子ちゃんはお城の中へと案内されました。
――それから一年が過ぎ、公爵様のおさめる領土は……激変しました。
公爵様の屋敷に着いてからの強子ちゃんの働きぶりは素晴らしく、凄まじいものでした。
「もし異世界に行ったら……」と夢見る兄に対抗して身に付けた知識と技術が、日の目を見すぎて大輪の花を咲かせたのです。
強子ちゃんが公爵様のお城で働きだしてから半年で、城下町の生活や技術は一足飛びどころか、二足、三足と飛び跳ね続けました。
強子ちゃんの知識と技術も当然のごとく素晴らしかったのですが、公爵様が集めていた様々な変わり者……という名の知識人がいたのも、この信じられない発展を支える立役者になりました。
強子ちゃんが毒の知識と取り除く技術を伝えると、スポンジが水を吸うがごとく吸収し、たちまち多くの食材や薬を開拓した薬学博士。
癖やアクの強い食材の調理方法や原理を教えると、烈火のごとく様々な料理を開発しだした料理研究家。
現代の地図の書き方や道具などを渡すと、馬車馬のように正確な地図を書き始めた地図職人。
飛行機やヘリコプター、動力の原理を図にすると、風のように素早く車や小型プロペラ機、電球などを発明した発明家。
数学の知識や活用法を1つ話すと50で返事して、数字の素晴らしさを世界に広めるために、みんなの研究を手伝ってくれた数学者。
他にも文学や音楽、絵画などの芸術家にも刺激を与えたり、歴史や地理などの考察にも発想の切っ掛けをつくったりと、やりたい放題です。
(学校の勉強……正直バカにしていたけど、学問って有効に使える人が使うと物凄い力を発揮するのね。私も負けないんだから!)
そして、この夢のような発展を一番加速したのは童話の世界に存在した魔法のおかげでした。
そう、この世界には魔法があったのです。
公爵様が集めた知識人たちの中にも魔法に詳しい人がいたので、強子ちゃんは時間をつくっては話を聞きに行きました。
「魔法とはこの世界に存在するエーテルを――――以下省略」
ようするに不思議で便利な力があるので、その魔法を科学的に活用してみると……エネルギーの問題がほとんど無くなったではありませんか。
これには強子ちゃんも飛び跳ねてガッツポーズをとってしまいました。
そんな強子ちゃんがみんなの情熱に火をつけて……
みんなが強子ちゃんの負けん気に火をつけて……
そうして、一年後には強子ちゃんが公爵様にいった『素敵な未来への夢』を現実にしたのです。
そんな働きすぎの強子ちゃんにファイアード公爵は心配して声をかけました。
「君はもう十分に働いてくれた……少し休んではどうだい?」
「いえ、大丈夫です。動いていた方が落ち着きますから」
強子ちゃんは仕事の手を休めると、出来るだけ明るい声で返事をしました。
「やはりお父様のことが気になるのかね? 彼はしっかりと働いているようだから、一度帰ってみてもいいのではないかな?」
胸に手を当て悩む強子ちゃん。
強子ちゃんは、一度お父さんの所に帰ろうと思っているのですが、アリュメットがどうしても頷いてくれません。
(アリュ、なんで帰ることを嫌がるのよ。お父さんに会いたくないの?)
(だって……)
(またそれなの? 言いたいことは言わなきゃ伝わらないっていったでしょ?)
悩むようにみえる強子ちゃんに、ファイアード公爵婦人が声をかけます。
「アリュメットちゃん。あなたが望めば私達の養子になってもいいのよ? もちろんあなたが望めばお父様もお城に招待しますわよ?」
「過大なお話を、ありがとうございます」
強子ちゃんは頭を下げるとアリュメットに選択を迫りました。
(アリュが選べないなら私が選ぼっかな~。公爵様の子供もいいわよね)
(そ、それはダメ!)
(なら、ちゃんと言いなさいよ。言わなきゃ勝手に決めちゃうから)
(そ、それは……強子ちゃんが家族に会えないのに……私だけがお父さんに会うなんて……私、なんにもしてないのに……)
(……はぁ、バカね。よしっ、勝手に決めよ!)
(えっ! ちょっと待って!)
「……大変ありがたいお話ですが、辞退させていただきます。すみません。それと……やはり一度お父さんに会いに行ってもよろしいでしょうか?」
(っ! 強子ちゃん!)
(親友が我慢している姿を喜ぶ趣味なんて、私にはないから。私のことを思ってくれるなら、幸せを目指さなきゃ)
(し、親友!? で、でも……)
(でも、じゃないです! 二人して凍えてどうすんのよ。私が凍えて動けなくなったら、アリュが火をつけるしかないのよ? それまでに、ちゃんと暖まっておかなきゃ、ね?)
(……うん。私……強くなるね。強子ちゃん……強子に負けないぐらい強く……)
(それは私への挑戦状ね? 負けないんだから!)
強子ちゃんはファイアード公爵夫婦と話しながら、心の中ではアリュメットと会話するといった離れ業を平然と行いながら、今後の計画を立てていくのでした。
一方その頃……この童話の世界の神様とも呼べる存在が、マッチ売りの少女が起こした異変に気付きました。
『え? マッチ売りの少女が生きている? なんで自動車が? 飛行機まで飛んでるぞ!? 悲劇はどこにいったんだ! ……元に戻さないと。こんな世界を子供たちに見せるわけにはいかない……』
――お父さんの所へ向かう馬車に乗り込もうとする強子ちゃんの首筋に、冷たいものが触れました。
「雪? さっきまであんなに良い天気だったのに」
青く清みきった空は、いつの間にか現れた黒い雲に覆われています。
不思議そうに空を見上げる強子ちゃんに、とても冷たい風が強く吹きつけるのでした。