最終話 マッチ売りの少女を読む少女
強子ちゃんがガバッと目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上でした。
「強子! よかった……目を覚ましたのね。昨日から凄い熱だったのよ」
お母さんが強子ちゃんを優しく抱きながら安堵の声を出しました。
「えっ!? 熱?」
「そうよ。夕方には落ち着いたけど、もう少しで入院するところだったんだから……」
「夢? いや、違うわ!」
強子ちゃんは胸の奥にある強くて優しい炎を感じながら、「あれは夢じゃない!」と言い切ります。
「強子、どうしたの?」
「お母さん、お願い! ノートパソコン貸してっ!! 時間がないの!!」
お母さんは戸惑いながらも、強子ちゃんがあまりに真剣に頼むので、無理はしないようにと言ってノートパソコンを持ってきてくれました。
「みんな、少し待ってて。そっちの世界では無理でも、こっちの世界なら……」
胸の炎が少しずつ弱くなっているのを感じた強子ちゃんは、ノートパソコンの電源を入れると、物凄い勢いで物語を書き始めました。
それはマッチ売りの少女に転生した少女が、マッチ売りの少女アリュメットと歩む幸せへの物語……
(メーアヒェン……青いバラの花言葉は『不可能』だけじゃなくなったのよ。今は『神の祝福』『奇跡』、それと『夢かなう』って花言葉もあるんだから)
少女は書く、あの世界に住む人々のために……親友たちのために……
少女は紡ぐ、あの世界で経験した想いを込めて……
少女はその物語を……
「――ふぅ、よし投稿。あとは宣伝ね」
あっという間に書き上げた作品を、大手の小説投稿サイト『なれる』に童話として投稿した強子ちゃんは、次は全世界の人々に、この物語を広めようと目論みました。
「早くしないと……いつまでアリュの灯火が持つか分からないんだから、ら、らぁぁあ……?」
胸の炎が灯火ほどになっているのを感じ、あせる強子ちゃん。
なぜか体が急に熱くなり、意識を失ってしまいました。
強子ちゃんが書いた物語を、誰かが読み終わった時と同時に……
とても寒い夜に少女はマッチを売るために歩きます。
「マッチ……マッチはいりませんか……」
白く美しい雪の女王は少年に声をかけました。
「ふるえていますね。私の熊の毛皮におはいりなさい」
シンデレラに魔法をかけた魔法使いは言いました。
「楽しんできなさい、シンデレラ。でも、わたしの魔法は十二時までしか続きません。気を付けるんですよ」
お菓子の家に住んでいる魔女が叫びます。
「馬鹿なことはおよし、グレーテル! 早くかまどの扉を開けるんだよぉ!! は、はやく、うぎゃぁぁ!!」
「――お疲れさま。メレンダさん」
「……ふん、来てたのかい。この芝居のせいで、わたしゃ毎回ススだらけだよ。そのうち、シンデレラになっちまうかもねぇ」
メレンダの愚直を聞いて強子ちゃんが笑います。
「メレンダさん。お別れを言いに来ました。メレンダさんはお別れのときに来そうもないから……」
「……ふん、そうかい。それはせいせいするねぇ。……持ってきな」
メレンダは杖を降ると、強子ちゃんの手の中に虹色のお菓子が現れます。
「この世界にいたら、ずっと幸せに暮らせるってのに……やっぱりバカな娘だね。こんな美味しいお菓子も食べられなくなっちまうんだよ!」
「……うん。メレンダさんのお菓子は最高に美味しいよ。でも、私は向こうの世界で生きたいの……」
強子ちゃんの言葉にメレンダは後ろを向いてこたえます。
「……そうかい。まあ、向こうで母ちゃんのオッパイでも吸っとくんだね」
「……ありがとう。メレンダさん。本当にお世話になりました。……さよなら」
「……本当にバカな娘だよ。こっちのセリフを間違って言っちまうんだからね……」
メレンダの頬に涙が流れました。
『それじゃ、これでお別れだよ。ここでの記憶は消えると思うけど、本当にいいんだね』
神様こと、メーアヒェンが強子ちゃんに尋ねます。
「うん! みんなも幸せになったし、もう安心でしょ?」
『……そうか、さみしくなるね』
なぜかメイド姿のレジーナが、お別れの言葉を伝えに来ました。
「強子様。お別れはさみしいですが、貴女から受けた恩は忘れません。貴女の温もりも……」
強子ちゃんを抱き締めるレジーナの瞳からは暖かい涙が溢れています。
「レジーナ。貴女は強いけど一人じゃないわ。私もアリュもみんなもいるから……風邪をひかないように気を付けるのよ?」
「強子様……ありがとうございます。お身体にお気をつけて」
笑う強子ちゃんに優しい笑みでこたえるレジーナは、とても美しく……集まった男性はみんなドキドキしていました。
「強子ちゃん。貴女は私の弟子ですが、私なんか足元にも及ばない世界一の魔法使いでしたよ。この世界にこんなにも美しい魔法をかけたのですもの。せめてもの感謝を贈りますね」
ソルシエールが杖を降ると、強子ちゃんがシンデレラのような服装になりました。
「わっ! 私には似合わないって言ってたのに……ありがとうございます。ソルシエールさん。弟子が優秀なのは師匠譲りですよ?」
二人は笑い、抱き締め合います。
そして、強子の前にマッチ売りの少女アリュメットがやって来ました。
「強子……」
「アリュ……」
二人は見つめ合い、お互いの手を握ると口を開きました。
「強子、私はもう負けないわ! 強子に負けないぐらい強くなったんだから!」
「言ったわね! アリュも少しは強くなったみたいだけど、まだまだ私は負けないわよ! あっ、ほら少し泣いてる」
「えっ! うそ!? ……泣いてなんかないじゃない! 強子のウソつき!!」
「あははは……さよなら、アリュ」
「……うん。さよなら、強子」
二人は強く抱き締め合い、別れの言葉を言いました。
「アリュ! 向こうでアリュのこと見てるから。 私、見てるから……」
「強子! 私、強子のこと忘れない……忘れることなんてできない!! 私も頑張るから……」
「「絶対に幸せになってね!!」」
そして……強子ちゃんは向こうの世界に戻って行きました。
「強子……もう、向こうの世界に行ったよね……」
『ああ、行ったよ』
「……お別れなんか嫌だよ。 本当は別れたくない……本当は……強子ぉぉぉ!! 行っちゃやだぁぁー!」
アリュメットはその場で泣き崩れました。
その背中をお父さんがさすります。
「お父さん、強子が……強子が……わあぁぁぁぁ……」
――強子ちゃんの目が覚めると再び倒れた強子ちゃんに、お母さんは鬼のような形相で怒りました。
「強子! あなたって娘は! もうノートパソコンは絶対に渡しませんからねっ!!」
そんなお母さんに抱きつき、とつぜん泣き出した強子ちゃん。
「お、お母さぁぁぁん!! アリュがね、みんながね……でも、お母さんとも、お父さんやお兄ちゃんとも一緒にいたかったから……でも、でも……おがあさぁん!! わあぁぁぁぁ……」
お母さんは驚きながらも、その背中をさすり娘の話をゆっくりと聞きました。
強子ちゃんもアリュメットも……物語が一段落して本来の少女に戻ったのです。
そして時は過ぎ……中学校生になった強子ちゃんはボランティアで幼稚園に来ていました。
どうやら園児達に、『マッチ売りの少女』の絵本を読んでいるようです。
『――新年の朝、人々は街角に座り込み凍え死んだ少女を発見します。
「かわいそうに……マッチで寒さをしのごうとしたんだね……」
少女のまわりに落ちていたマッチの燃えた跡を見て、人々はそう口にします。
そのかわいそうな少女の顔が、幸せそうに笑っていることに気づく人は誰もいませんでした。
そう、誰も……』
「……なんでマッチ売りの少女、死んじゃうの? かわいそう……」
絵本の読み聞かせに集まった園児達が、可哀想な少女の死をなげきました。
「あー、うん。そうだよね。なら、私がとっておきのお話をしてあげる。それはね、目が覚めるとマッチ売りの少女に――」
ある少女が絵本を読むときだけ、その絵本に登場するみんなの顔が少し優しく、幸せそうになるそうです。
そんな幸せそうな物語の住人の表情に気づく人は誰もいませんでした。
そう、誰も……
「アリュ、ちょっと気を抜き過ぎじゃない?」
そう、ある一人の少女の他に誰も……ね。
fin
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