黄泉返りの魔王 2
忙しそうな国王の執務室をさっさと後にして、デルニアンに頼んでリディアーヌに先触れを送ってもらう。
女性の準備は時間がかかるだろう。
ガルデニアのメイドを見つけたので、使者について話を聞く。見分け方はネージュから習いました。
意匠とかを身に着けているわけではなくて、耳を使うとだけ言っておく。
ここから先は企業秘密です。あ、国家か。
「かなり尊大な態度です。明らかに王国を下に見ていますね。調度品や、美術品、茶葉やお茶請けすら、嘲りの対象のようです。その割にはメイドに色目を使っているようですが」
彼女らの情報ネットワークはどうなっているのか。デルニアンですら把握していない情報まで出てくる始末だ。
うーん、そこにリディアーヌを投げ込むのか。やだなあ。飛び火してきそうで。いや、そう持って行った俺が言うのもなんだけど。
まあ、王国を下に見るのは分かる。国家の規模としてアルブル帝国とフラウ王国では比べものにならない。
乱立していた北方国家群を統一したその国土は、フラウ王国の10倍を超える。王国が帝国に飲み込まれていないのは大森林という自然の要害があるからだ。
街道整備前の大森林は、準備を整えていれば越えられることもある、というほどに深く危険で、戦争以前、王国と帝国は地図上では隣接しながらも国交と呼べるようなものはほぼ無かった。
ただ領土の差は10倍以上でも、人口差はそれほどでもない。
北方にある帝国は農業に適した土地が少ない。食料生産量が国土の割には少ないのだ。
さらに王国への侵攻に失敗し、シクラメンを逆侵攻で奪われたため、南方にあった僅かな穀倉地帯すら失っている。
そのため帝国はどちらかというと自然の恵みに頼って生きる小さな集落が山ほど集まっている国家だと言える。巨大な田舎国家だ。
という形でこちらも帝国を嗤っている。
まあ、要はお互い様なのだ。
だけど使者として訪れた国でそういう態度はちょっといただけないな。その程度の人材しかいないのか、その程度の人材でいい国家だと思われたのか。
本来であればどの程度の格を持った人間が使者としてくるべきなのかとか、その辺の政治的駆け引きは俺にはまだ難しい。
「そう言えば使者に随伴してきた騎兵はどうしているのですか?」
「ほとんどは町に繰り出したようですね。監視役が同行していますが、所在の分からない者が何人か」
デルニアンは嘆息する。
俺は少し考えた。
「あんまり良くないですね。使者は囮で工作員を送り込むのが目的だった、という可能性もあります。今からでもいいので監視の強化を進言します」
「馬は預かっているので、消えることはないと思いますが、陛下に進言しておきます」
「この程度のことは軍務大臣の裁可で良くないですか? 他国からの使者だから外務かな? いや、現場裁量でも十分なような」
「外交ですから、流石に現場裁量にはできません。ちなみに騎馬を預かっている関係で、軍務大臣が適当でしょうね」
「私からだと角が立つかも知れないので、その辺の配慮はお任せします」
流石にリディアーヌの準備も終わった頃だろうということで、部屋に向かった。
部屋の前で警備に当たっている女性騎士が俺に気付くと敬礼して、にこりと笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。アンリ様。少し見ない間にまた大きくなられましたね」
「そんなにでもないでしょう」
それはどちらの意味においてもだ。
リディアーヌとは頻繁とは言えぬまでも婚約者としての体を保つ程度には会っている。
前回は、ええと、二ヶ月くらい前?
だから俺の成長期がまだ続いているとは言っても、そんなに変化していない。
考えて見ればジャンヌさんとの付き合いも長いな。頻度は高くないけれど、細々と付き合いが続いている感じだ。
「そう言えばご婚約されたとか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。随分と行き遅れになってしまいましたがなんとか」
そう言いながらもジャンヌさんは幸せそうに笑みを浮かべる。
相手は平民上がりの騎士らしく、身分違いの婚約だが、認めなければ家を出るというジャンヌさんの脅しに親は屈したらしい。
女騎士なのに屈するのは親の方なのか。
確かにこの国の結婚事情からするとジャンヌさんの年齢は適齢期を過ぎているが、健康的な若さがあるため、それほどにも見えない。
前世の感覚に引っ張られてそう思うのかも知れないけれど。
王女の護衛なのだから、親はもっと良いところの縁談をたくさん持ってきていたんだろうなあ。
だけど断わりまくっているうちに適齢期を越えて、縁談の数も減ってきていただろうし、親としても落とし所だったのかもしれない。
ちなみに人目の無いところで偶然ジャンヌさんと会った場合は、未だにタメ口だ。まあ、そんな機会はほとんど無いんだけども。
「リディアーヌ殿下でしたら準備できておりますよ」
そう言ってジャンヌさんは扉を叩いた。
「アンリ様がいらっしゃいました」
一拍おいて、ジャンヌさんは扉を開ける。
部屋に入った俺は中央に立ったリディアーヌにまず目を奪われた。
彼女はこの2年ほどでその美しさに磨きをかけた。
少女時代から可愛いというより美しいという形容詞の似合う女性だったが、今では美しいのひとつ上が必要だ。彼女に恋をしていない俺でも不意打ちでは息を呑むほどなのだ。
あとおっぱいもギリギリ大きすぎないところで収まっている。これ以上だと下品な感じになるしな。そこは完全に俺の感じ方の問題だが。
そんな彼女を引き立てるような落ち着いたドレス。恐らく立って待っていたのは、使者の前に出るときに皺ひとつ付けていない状態であるためだ。
宝飾品の数は少なめになっていて、各部位ワンポイント程度だが、素人目にも質の良い物であろう。
大きさよりも美しさ、そしてリディアーヌの美しさを補強するようなチョイスだ。
つまり相乗効果でヤバい。
なにがヤバいって、割と普段着で来てしまった俺だ。
一応貴族としての格好はしているが、リディアーヌの気合いの入りまくった衣装と並べると、どうしても見劣りする。
髪に櫛すら通してませんよ。俺は。
まあ、いいか。
俺は肩肘張り続けるつもりはない。
リディアーヌは、あれだ。
うちの貴族に声かけるんなら、通さなきゃいけない筋があるんじゃねぇの? ああん? 分かってねぇのか、てめえ。という意味合いだろう。
美しさでぶん殴るわけである。
不意にクスクスと笑う声が耳に届いた。
リディアーヌが笑っている。
「褒め言葉を要求するつもりでしたが、良い反応をいただけたので満足しました」
「本当に言葉にならなかったもので」
「武器の威力が確かめられたところで、行きましょうか。アンリ様」
リディアーヌがエスコートを求めてくるので、それに応じる。
リディアーヌの言うとおり、これは外交だ。
つまり暴力以外の武器を使った戦争なのだ。




