大氾濫 4
本日二話目の投稿です。
村の上空で探知魔法を使うと、さっき呼び出した狼たちによって戦線にはかなり余裕ができているのが分かった。どうやら召喚した狼は一匹でもゴブリンを仕留められるくらいには強いらしい。それでも余裕が出来た今は多対一の状況を常に作り出し、有利に立ち回っている。元々が集団で狩りをする生き物だから、そういうのは得意なのだろう。
しかし相手がオーガやミノタウロス、サイクロプスのような大物になると多対一でも苦しいようだ。倒せないわけではないが、時間が掛かっている。
「どうやら俺の仕事だな」
しかし村のそばで昨夜のような爆裂魔法を使うわけにはいかない。山火事のことを考えると炎系は却下だ。水系も村に押し寄せて水害になる可能性がある。風は以前にも言ったが更地になりかねないので却下。森は恵みだ。村を守りきれたとしても、その後の生活が立ち行かなくなるようなことをしては無意味だ。
となると土系だろう。光を集めたレーザーみたいな攻撃魔法も考えたが、熱量で結局山火事になりかねないからな。
まずは試しに一匹のオーガに狙いを定め、先を尖らせた岩石の砲弾を上空から撃ち込んでみる。
外れる。
狙いが難しいというより、動いている目標に当てるのは困難だ。
となればまずは足を止める。
地面から無数の土の槍を生成してオーガを串刺しにする。下半身を貫かれたオーガの動きが止まる。そこに岩砲弾。今度こそ命中してオーガの上半身が消失した。
やれる。
しかしこれでは一匹ずつ対処しなくてはならない。効率を考えると下策だろう。土の槍でオーガの動きは完全に止めることができた。後は狼たちに任せてもいいはずだ。
俺は視界に収められる大物に意識を向けた。一度にすべては無理だ。魔力の変換許容量も、集中力も足りていない。それでも数十なら!
「下がれ!」
狼たちに指示を出す。彼らとは精神的なリンクが繋がっているので声に出さずとも伝わるが、声を出せばより明確に指示は伝わる。
狼たちがざぁと後ろに下がった。
大物たちを狙って魔法を放つ。
一度に数十、それを繰り返し何度も。
狼たちを下げたことや、大物の数が多いこともあって狙いは大雑把だ。その分、広範囲に土の槍を出現させる。大物の周りにいた小物が巻き込まれて絶命する。だが大物たちの命を断つには至らない。それでも足は止まった。
振り返り、続ける。村の全周、片っ端から大物を狙っていく。
取りこぼしもあるが、おおよそ一周を終えて狼たちに再度攻撃の指示を出す。
続けて大魔法の準備。
魔力を吸い上げていく。
十分な魔力を変換し終えて、一気に発動。
地響きを立てて、村の周りに土壁が出現する。
幅5メートル、高さ10メートルほどの硬化した土の壁だ。
これを魔物たちが突破するのは容易ではないだろう。
というか、今更だけど、最初からこれやって放置でもよかったんじゃね?
それはそれで村人たちがパニックになりそうではあるけれど。
今はもう俺の魔法が知られてしまったので関係ない。
俺のせいってことで話はつくだろう。
一度に集中しすぎたせいでフラフラする。
俺は高度を落として土壁の上に着地した。膝を着けて、それから大の字に寝っ転がる。ちょっと休憩だ。魔物の数はあまりにも多い。どのくらい戦い続けることになるのか分からない。三日三晩? それで終わるか? 考えたくはないがもっと続くということもありうる。
そもそも大氾濫の発生原因が分からないのだ。
場合によっては村は召喚獣に任せて俺は原因の解明と、その解決に向かった方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたらぐぅと腹が鳴った。
そう言えば朝起きてそのまま飛び出してきたから朝ごはんを食べていない。
食事を取らなくてはいけないが、村の中に戻るのは気が重かった。
しかし戻らないわけにはいかない。それこそ腹が減っては戦はできぬというやつである。
土壁の上から村の中を覗き込むと、大人たちは武器を手にしたまま物々しく村の中を歩き回っているようだった。中には土壁に向かって武器を振り下ろしている者もいる。
なにやってんの? それで守られてるって理解できてないわけ?
いや、まあ、気持ちも分からないではないのだ。突然、村が出口の無い土壁に覆われたらそりゃ不安にもなるよね。しかしその外側には魔物がわんさかといるのだ。バカな真似はやめてもらいたいものである。
しかし土壁のほうは一切削れていないようなので、俺はそれを無視することにした。害が無いなら好きにやっててもらって構わない。
俺は迷彩魔法で姿を消すと、飛翔魔法で土壁の上から飛び立った。
自宅の前に降り立ち迷彩魔法を解除する。それからどうしていいか分からなくなる。いつもは勝手に扉を開けて入っていた。しかし今はそれが怖い。俺は握りしめた拳を下ろして、結局はいつも通りに勝手に扉を開けようとした。しかし扉は錠が掛けられていて開かない。俺は扉をノックする。
「誰だ……」
緊張した父さんの声。無事でいてくれたことにホッとする。回復魔法を掛け、村人を脅しておいたとは言え、あの場に放置する形になってしまって心配していたのだ。
「父さん、アンリだよ」
錠前の開く音がして扉はすぐに開いた。正直なところ締め出される可能性も考えていたので、安堵する。
「無事で良かった」
扉が開くやいなや、父さんは俺の体を抱きしめた。それから周囲を確認して、俺を家の中に招き入れる。
「あの狼たち、それから壁だ。おまえがやったのか?」
「うん。そうだよ」
「そうか……。村の人々はすっかり怯えてしまっている。調査から戻ってきた冒険者が魔物と戦う狼たちのことも報告してくれていたんだが、信じた者はほとんどいなくてな。魔物同士の争いだろうと皆は思っていた。だがその狼がおまえの影から現れたものだから……」
「分かるよ。みんなの気持ちも分かる。それよりもなにか食べるもの無い? もうお腹ぺこぺこ」
「ああ、ああ、そうだな。ルシール、アンリになにか食べるものを」
「ええ、すぐに用意するわ」
母さんがぱたぱたと調理場に駆け込む。ようやく父さんから解放された俺に、アデールが寄ってくる。
「にいちゃ、まほーちゅかい?」
「ああ、そうだよ」
「なーんで隠してたのさっ」
リーズ姉が肩を組んできてそう尋ねる。
「だって変だろ? 魔法書もない、師匠もいないのに魔法が使えるなんて」
「よく分かんないけど、すごいんだから自慢すりゃいいのに」
「そういうわけにもいかないよ」
魔法の力を目の当たりにした村人たちの反応からも、これまで魔法のことを秘密にしていたのは正解だったと知れる。さすがにこの世界に魔法が無いとまでは思っていなかったが、子ども時代くらいは平穏に過ごしたいと隠してきたのは正しかった。その願望も朝露のように儚く消えてしまったわけだが。
「いつからだ? いつから魔法が使えるようになった?」
「分かんない。たぶん、最初からだと思う」
「そうか、まあ、いい。それよりも村は守りきれそうなのか?」
「壁と狼で今のところ凌げてる。だけど魔物の数が多すぎて持久戦になってるんだ。村の備蓄はどれくらい持つのかな?」
「みんな冬で備蓄を使い尽くしたばかりだからな。そんなに無いはずだ。ルシール、このまま外との接触無しにどれくらい食料は持つ?」
「――量を減らして、保存食を小出しにすれば20日はなんとかというところかしらね。はい、アンリ、朝の残り物だけど」
「ありがとう。母さん」
ありふれた堅パンとスープだが、今は染み渡るほどに美味い。
「当然だが冒険者は食料の備蓄なんて持ってないし、宿屋にも冒険者たちを20日食わせるだけの備蓄は無いだろう。みんなで食料を出し合って10日を越えられるかどうか。だがそれ以上に皆の精神状態が心配だ」
「いっそのこと土壁の一部を下げて村の人たちや冒険者たちに魔物の一部の対処をしてもらおうか。なにも見えない今の状況よりは現実が見えるかも」
「そうだな。だが皆と相談してからだ」
「そうだね」
食事の手を止めて探知魔法の輪を広げる。押し寄せる魔物の数は変わっていない。
狼たちはよくやってくれているが、魔物の増援がひっきりなしに現れるのだ。さらには狼たちは魔法生物ではあるが、疲労もするようだ。余裕のある今は交代で休憩を取っているが、疲労もいずれ蓄積する。さらなる増援が必要だ。
「召喚した狼と土壁で戦い続けることはできると思う。だけど終わりが見えない。原因を見つけ出して叩かなきゃ」
「それは本当におまえがしなきゃいけないことか?」
「どういうこと?」
「アンリ、おまえは空を飛べる。誰かを連れて大森林の外まで運ぶことができるんじゃないのか?」
「できる、と、思う」
「何人までなら連れていける?」
「2人ならなんとか。3人以上だと安定しないと思う。試したことはないからはっきりしたことは言えないけど」
「時間はどれくらいかかる?」
「分からない。村の外には行ったことないんだ」
「大森林のすぐ外にピサンリという町がある。街道沿いに南に行けばすぐ分かる。元は帝国との国境にあった町ということもあって防壁もあるし、軍も駐留している。あそこなら大氾濫でも耐えられる。そこまで皆を避難させたい」
「分かった。食事が終わったら確認してくるよ」
「私は村長に話を通す。村の人々を説得するためにも、まずは村長を説得しなくてはな」
「分かった」
そう言って俺はパンの残りを口に放り込み、スープで飲み込んだ。
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