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帰らずの迷宮 12

 30層を越えると地図を書くための羊皮紙が無くなり、探索は手探りとなった。こんなことなら黒板とチョークを持ち込んでおくんだったな。

 出て来る魔物は相変わらずドラゴンばかりだが、強さが徐々に増してきている。すでに大氾濫で戦ったドラゴンより強いという実感だ。レーザーで対処できているのはいいが、ドラゴンを貫通するレーザーは迷宮の壁まで傷つける。あまり一所で戦っていると、迷宮が崩れる恐れがあった。


「いっそ16層で天井を撃ち抜くという手もあったのかもね」


「試してみる価値はあったかも知れません。ただ迷宮の崩落がどの程度の規模になるか分かりません。命を賭けて試してみるのは他に手段が無くなってからでいいかと思います」


 そもそもそんなことは迷宮の製作者も想定済みだと思うのだ。現在俺たちが居る帰らずの迷宮下層は、上層の真下に建造されてはいないだろう。


「それにしたって15層までと思わせておいて、さらに15層以上進ませるというのは意地が悪い……」


「最初は魔法使い殺しかと思いましたが、こうなると逆の可能性もありますね」


「というと?」


「魔法使い以外は進めないように作られているのではないか、と。魔法使いなら魔法で水は得られますから」


「魔法使い以外は途中で水が尽きてお陀仏というわけか。それでもドラゴンの血を飲んでなんとかなるかも知れん」


「少しは渇死を引き伸ばせるでしょうね。ですからそれでもなんともならないくらいに進ませるのではないかと」


「しかし50層を超えるとなると精神的に持たんぞ」


「52層まで確認して、それでも駄目なら16層まで戻って天井を抜いて見るのはどうでしょうか?」


「なぜ52層なのだ?」


「私が製作者だとして、挑戦者の心を折るのが目的なら50層ぴったりでゴールにはしないからです。逆に言えばそこを超えるのなら次は60層まで頑張るのが自然でしょう。かと言ってそこまで作るのは製作者側もコストが増大します。51層にゴールが無くて、52層に続くようなら60層より先まで迷宮が続くことが予想されます」


「そこまで見越して52層にゴールがあるかも知れんぞ」


「その時はこちらの読みが甘かったと笑うしかありませんね。決めるのはレオン殿下です」


「私に振るのかい……」


 疲れ果てた顔でレオン王子が言う。しかしレオン王子が自らの名誉を賭けて迷宮に挑戦し続けるというのなら、決断を下すのはレオン王子でなければならない。そうでなければ彼が収納魔法に入らずにここにいる理由が無いのだ。

 正直、自分ひとりならどんどん先に進みますよ。


「……52層まで探索しよう。53層が確認できたら16層まで戻る。天井が抜けたとして、上に上がる手段はあるのかい? 空を飛ぶ魔法は使えないと聞いたけど」


「幸い土魔法は使えます。足元から土壁をせり上げれば上階に到達することは可能でしょう」


「それが駄目だったら?」


 救いを求めるようにレオン王子が言う。だが救いの言葉は無い。


「53層の先に向かうしかないでしょう。道が閉ざされたわけではないのです」


「その時は……、いやその時に言おう。軽々しく口にするべきではないな」


 レオン王子の心は折れかけている。だがまだ折れると決まったわけではない。彼の精神が絶望に負けることのない鋼の強さを見せるかも知れないし、逆に折れずに曲がってそれでも耐えるかも知れないのだ。

 帰らずの迷宮はレオン王子の心を試していると言っていいだろう。バルサン伯爵は意外と元気っすね。


「父上が見ているからな。この迷宮で無様は晒せんよ」


 父親の魂がついていることがバルサン伯爵の心の支えになっているというわけだ。俺にネージュとシルヴィがいるようなもんだな。

 ちなみにこの二人、完全な男所帯となった一行にも関わらず風呂を要求してくる鬼畜である。ここにいる男たちが禁欲して何日になると思ってんですかね。俺という抑止力が無かったら酷いことになってますよ。まあ、俺がいなかったらそもそもここにいないんですけどね。

 もちろん男性陣も交代で風呂に入っているので、迷宮に潜って何週間も経っているとは思えない清潔ぶりである。服が臭くなってるのはどうしようもないけどね。俺たちは衣服も防具も替えを用意してあるけど、さすがに大人のサイズの衣服までは持ち込んでいない。こんな長丁場になるとは思ってなかったもん。

 こうなると学園の勉強に追いつけるかも心配である。流石に進級できないということはないと思うが、夏休みは無くなるかも知れんね。ピサンリに戻れなければアリスのご機嫌が大変である。なにか対策を考えておかなければ。




 40層を越えた。

 食料にはまだ十分な余裕があるが、先々のことを考えて外から持ち込んだ食事は一日に一食として、後はドラゴンの肉で飢えをしのいでいる。

 フラウ王国は朝と夕しか食事をしない文化だが、休憩を取るという意味も込めて昼過ぎにも食事をするようにした。と言っても時間の感覚はすでに無い。戦闘のことを考えて空腹になる前に安全を確保して食事をしている、という感じだ。

 3度目の食事が終わると野営の準備をして、無理にでも眠るということを繰り返している。

 失敗だったのはテーブルをひとつしか持ち込まなかったことだろうか。椅子も6脚しかない。地べたで食事をするのは精神的によろしくないので2交代で食事をしている。時間的にはロスだが、精神の安定のほうが優先される。

 やはり精神的に一番辛そうなのはレオン王子だ。一行の意思決定者としての責任感が重圧となっているのだろう。限度と決めた52層が近づくにつれ、顔色が悪くなってきている。

 だが考えてみればその意思決定によって振り回されているのは所詮は10人だ。収納魔法に入っている人員を含めても60名程度。自分の命もかかっているとは言え、たかだかその程度のことでこれほど追い詰められてしまうような人が次期国王で本当に大丈夫だろうかと考えてしまう。

 例えばこれが戦争ともなれば数万人からが国のために命を賭けることになる。国王は彼らの命を預からなければならない。この人が王様になったとして、その重圧に耐えられるのか? 戦わずして降伏する道を選んでしまうんじゃないか? そう思われてしまうだけで国王としては失格だろう。

 この程度のことなら黙って付いてこいと言えるくらいの豪胆さがあって欲しい。おそらくそこがレオン王子が次期国王として支持を集めきれない部分なのだろう。

 そう考えると下手に迷宮討伐の名誉をレオン王子に与えるのは怖いな。名実ともに次期国王に確定してしまう。もちろんレオン王子はそれを望んでいるのだろうけど、それが国にとってより良いとは限らないのだ。

 だが俺の一存でどうにかしていい問題でもない。結局は迷宮を討伐できるか。そしてその時までレオン王子の精神が耐えられるか。というところに行き着く。まあ、もちろん最優先は迷宮からの脱出なんですけどね。

 それを考慮するなら俺としては一番気楽なのは迷宮を討伐できずに、脱出できることになる。王位継承権の問題は俺の関与するところではなくなるし、国王からの命令も無事遂行できたことになるからだ。

 個人的には迷宮討伐してみたいんですけどね。というより、せっかくここまで来たんだから、一番奥まで行ってみたいやん。帰らずの迷宮下層は完全に未踏破領域だ。なにが待っているか分からない。そう考えただけで口元がニヤける。

 これだけ大掛かりな迷宮を用意して、その奥に隠したのは財宝か。それとも知識か。あるいは禁忌か。

 こういうロマンに身を浸したくて冒険者になると決めていたのだ。そして今まさにその渦中にいる!

 これでワクワクしなくてなにが男の子かってなもんだ。


「アンリ、楽しそう」


「おっと、まさか」


 慌てて口元を引き締める。楽しんでていいような空気じゃないのは分かってる。


「隠そうとしても無駄よ。足取りで分かるもの」


 シルヴィからも突っ込まれる。そんなに分かりやすいですかね。


「どうして君はそんなに余裕があるんだい……。君だって自分の身がこの場にいる全員を支えていることは分かっているんだろう?」


「皆様の命を軽んじているわけではないことはどうかお分かりください。全力で皆様を守るつもりでおります。そういう意味では、守りきれているということ自体が、私の余裕なのでしょう。今の手応えであれば50層と言わず、100層でも踏破して見せます。100層を超え、皆様を守りきれないというのなら収納魔法に入っていただいて、その上で深淵まで歩き切ってご覧にいれましょう。皆様の恐れが命を失うというものであるのなら、どうか私を信じていただけないでしょうか? 必ず皆様を地上まで連れて帰ります」


 まあ、本当にどこにも脱出手段が無くて詰むという可能性もあるっちゃあるんですが、それでも迷宮の外に向けて掘っていけばそのうち転移魔法の妨害範囲の外に出られるんじゃないかなあって思います。最悪、斜め上に掘っていけばいつか地上に出られるでしょ。今すぐやれって言われたら迷宮探索が終わっちゃうんで、言いませんけどね。

 などと腹の中で思っているのが、心の余裕の正体である。つまり脱出できないなんてことはほとんど思っちゃいないのだ。その上で、皆を迷宮探索に付き合わせるためにそのことを隠している。本当の悪は俺ですわ。

 だって仕方ないやん。この機会を逃したら3年以上待たないと迷宮に挑戦できないのだ。降って湧いたこの機会。最大限に楽しませていただきますよ。ふへへ。


「どうしてそこまで自分に自信が持てるのだい?」


「私を信じてここまで付いてきてくれる人がいるからでしょう。それも二人も」


「アンリに任せておけばすべてうまく行く」


「私はそこまで思っちゃいないけど、まあ、私の命くらいは賭けてやってもいいわ」


 俺は笑みを隠してはいられない。愛する女性二人にここまで想われて、自信を持てない男がどこにいるだろうか。


「これで何故自分を信じられないということがありましょうか。彼女たちが私を信じてくれる限り、私はこの迷宮が地獄に通じていようとも踏破して見せますよ」


 とは言ったけど、ホントに地獄に通じてたら逃げ帰って穴掘りしますわ。重要なのは気構えだからね。あと外面だと思います。

 というか、レオン王子も天井を抜くと言うアイデアには至ったんだから、地上まで掘り進めるというところに気付いてもいいと思うんだよね。俺からは言い出さないんだから、次に気付いた人の功績でいいと思うよ。それは。


「分かった。私も君を信じることにしよう」


「ありがたき幸せ」


 そうして俺の望みどおりに迷宮攻略は進んでいく。

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全18話で書き終えておりますので、安心してご覧になってください。
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