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帰らずの迷宮 8

 驚くべきことにバルサン伯爵とその仲間たちは狼たちの支援があるとは言え、レッサードラゴンを相手に互角以上の戦いを見せていた。

 レッサードラゴンの鱗はところどころに剥がれ、そこからおびただしい出血を見せている。今もレッサードラゴンの首元に飛び込んだバルサン伯爵が手にした幅広の短剣で、鱗の一枚を剥ぎ飛ばす。

 っていうか、すごいなあの人。部下に任せるんじゃなくて、自らが死地に飛び込んで戦うのか。完全に初対面の印象は吹っ飛んだ。本物の竜殺しだ。

 兵士たちがバルサン伯爵が剥ぎ取った鱗の隙間を目掛けて槍を突き出す。ほとんどは鱗に弾かれたが、一本が首元に突き刺さる。レッサードラゴンが怒りの咆哮を上げ、大きく首を振った。槍を突き刺した兵士がその勢いに振り回され、地面に転がる。すぐさま他の兵士たちが転がった兵士の手足を引っ張って戦線から離脱させる。

 その間にも短剣を鞘に収めたバルサン伯爵は控えの兵士から大剣を受け取り、レッサードラゴンの足の爪と爪の間に振り下ろす。斬撃の結果はここからは見えなかったが、レッサードラゴンは大きく足を振り上げ、バルサン伯爵を弾き飛ばした。

 バルサン伯爵の体がごろごろと転がり、兵士たちが受け止める。かと思うと、バルサン伯爵は飛び起きた。


「弓兵! 目を狙え! 狼たちには当てるなよ!」


 兵士たちが下がり、五人ほどの弓兵が一斉に矢を放つ。鋭く飛翔した矢だったが、レッサードラゴンの目には当たらなかった。矢は鱗に弾かれて地面に落ちる。だがレッサードラゴンにとっては十分に不快だったようだ。大きく息を吸い込む。


「ブレスだ! 盾を構えろ!」


 大盾を構えた兵士が前に出てブレスに備える。他の者はその後ろに下がった。バルサン伯爵自身も盾兵の後ろに転がり込む。炎のブレスが盾にぶち当たって四散する。レッサードラゴンのブレスは、炎の息というよりは火のついた粘着物を飛ばすようなものであるらしい。炎の直撃を受けた盾兵は、すぐさま盾を地面に押し付けて消火する。


「しばらくブレスは来ないぞ! かかれ!」


 バルサン伯爵が槍を持ち、先陣を切ってレッサードラゴンに肉薄する。鱗に逆らうように槍をねじ込み、また一枚の鱗を弾き飛ばす。他の兵士たちはすでに鱗が剥がれて肉が見えている場所を狙って槍を突き出した。槍衾から逃れようとレッサードラゴンはその巨体を捻り、体の怪我の少ない面で槍を受け止める。

 一方、狼たちも人間たちとは反対側からレッサードラゴンに攻勢をかけている。鱗に阻まれてはいるが、レッサードラゴンは鬱陶しそうに足を動かす。

 そしてレッサードラゴンが体をぎゅっと縮こまらせた。


「突進だ! 避けろ!」


 その言葉通り、レッサードラゴンが突進を始める。兵士たちは左右に分かれて、突進を避ける。被害者は出なかったが、兵士たちは分断されてしまった。さらに態勢を崩した兵士たちにレッサードラゴンの顎が迫る。ひとりの兵士が食いつかれそうになって、その体をバルサン伯爵が突き飛ばした。

 ガチンとレッサードラゴンの顎が閉じられ、バルサン伯爵の体が宙吊りになる。その左腕ががっちりと牙に挟まれている。

 っていうか、俺はいつまで傍観しているんだ。なまじいい戦いをしているものだから介入するタイミングを見失ってしまっていた。だがこのままではバルサン伯爵の命に関わる。だがバルサン伯爵の体が邪魔で強力な魔法を使いにくい。


「ネージュ! シルヴィ!」


 レッサードラゴンとは言え、ドラゴンの前に2人を出すことに不安はあるが、2人は一瞬の躊躇いもなく飛び出していく。ネージュが身体強化した筋力で力任せに鱗の上からその足に斬りつける。一方、高く跳び上がったシルヴィはレッサードラゴンの頬を深く切り裂いた。

 痛みにレッサードラゴンが咆哮を上げ、その拍子にバルサン伯爵の体が床に落ちる。

 シルヴィが地面に降り立ったのを確認して、俺はドラゴンの首を狙い、レーザーを放った。

 大氾濫のドラゴンほどの抵抗はなく、レーザーは鱗を焼き融かしてその首を貫いた。レーザーを横に払ってその首を落とす。

 それから俺はバルサン伯爵の下に駆け寄った。左腕の損傷は酷く、出血も多い。だが意識ははっきりとしているようだ。


「奇術師、いや魔法使いか……」


「申し訳ありません。加勢が遅れました」


「私のことは良い。それよりも話を聞いてくれ。レオン王子が戻られないのだ。私が言えた義理ではないが、捜索と救助を頼みたい……」


「しばらく黙ってて下さい。治療しますから」


「……頼む」


 回復魔法でバルサン伯爵の傷を癒やしていく。左腕が完全に食われてなくて良かった。流石に失った腕が生えてくるような力はない。と、思う。見る見るうちに傷が塞がっていき、今にも千切れそうだった腕もしっかりと復元した。


「これが魔法か。奇術などと言ってすまなかった」


 顔色の良くなったバルサン伯爵が自分の左腕を動かして様子を確かめる。

 というか、見くびっていたのは俺も同じだ。竜殺しなど名ばかりだと思っていたし、部下を救うために命を賭けられるような人だとは思ってもいなかった。


「狼たちもおまえの手勢か。救われたな。おかげで犠牲者が出ずに済んだ」


「いいえ、見事な戦いぶりでした。無茶をなさならければ、犠牲こそあれど二度目の竜殺しを成し遂げられたでしょう」


「あいつは結婚が近いのだ。こんなところで死なせるわけにはいかん。それに名誉を求めてここに来たわけではない。悪いが、ドラゴンの腹をさばいてはくれないか? 胃袋の中身を確かめたいが、我々がしたのでは時間がかかる」


「分かりました」


「その間に我々は態勢を立て直すとしよう。その後は悪いが負傷者の治療を頼みたい。この礼は必ずする」


 バルサン伯爵が部下を集めている間に、俺はドラゴンの腹部の鱗をレーザーで切り裂いて、そこからは剣を使って肉を切り分けていく。やがて胃袋にたどり着いたが、その中には胃液で溶けかけた魔物の肉塊があるばかりで、人間らしきものは存在しない。

 俺は浄化魔法で身を清めると、兵士たちを整列させ終えたバルサン伯爵に歩み寄った。


「幸い人間が食われたような様子はありませんね」


「まずは朗報と言ったところか。だがそうなるとレオン王子は何処へ行ったのだ?」


「15層をさまよっているのかも知れませんね。他のドラゴンに遭遇していなければ、ですが」


「だが我々でも5日で15層までたどり着いた。王子が帰らずの迷宮に挑戦してからもう三週間だ」


「とりあえず負傷者の治療をしましょう」


「ああ、負傷者はここに並ばせてある。その間に我々は野営の準備をするが、おまえたちはどうするのだ?」


「俺たちも野営の準備をしているところでした。よろしければご一緒させて下さい」


「うむ、こちらから願い出たいところだ。よろしく頼む」


 んで、ネージュとシルヴィさんが何をしているのかと思えば、狼たちと戯れてますね。自由にやっててください。

 俺が負傷者たちの治療を終えると、バルサン伯爵の方からこちらに寄ってきた。


「悪いがドラゴンの肉を分けてもらいたい。保存食は極力温存したいのだ」


「許可など必要ありませんよ。とどめは俺たちでしたが、そこまで弱らせたのは伯爵様たちで間違いありません」


「だがおまえたちがいなければ私は死んでいた。おまえの竜殺しの名誉を疑う者がいれば必ず私が証言しよう」


「なによりの報酬です」


 それからレッサードラゴンの肉が切り分けられ、火が起こされて辺りには肉の焼けるいい匂いが漂い始めた。食事を必要としないはずの狼たちの口からもよだれが垂れている。いや、君らは別に生肉でいいんと違うの?

 狼たちに救われたこともあってか、肉は狼たちにも盛大に振る舞われた。周辺を警戒しているのは新たに呼び出した狼たちだ。貧乏くじで悪いね。てっきり宴になるかと思ったが、そんなことはなく兵士たちは穏やかに食事を楽しんでいる。その間に俺は兵士たちの水筒に水を補充して回った。


「今回の探索が竜退治を目的としていれば首くらいは持ち帰れたのだがなあ」


 レッサードラゴンの死骸を肴にワインを飲んでいたバルサン伯爵がそう呟く。まあ、レーザーで首落ちてますもんね。


「心配には及びませんよ。まるごと持ち帰りましょう」


 そう言って俺はレッサードラゴンの死骸を収納魔法に収めた。もはやそこにレッサードラゴンの死骸があった証は床に広がった血の跡だけだ。


「あの巨体を苦もなく消し去り、持ち運べるというのか。魔法とは……」


 まあ、俺が倒したドラゴンの中では小さいんだけど、そのことは言わないほうがいいだろう。

 食事を終えた兵士たちは毛布を体に巻き付け、交代で睡眠を取るようだ。狼たちが警戒しているから大丈夫だとは伝えたのだが、自分たちの身は自分たちで守るからと言われてしまった。習慣化しているのかもしれない。

 いや、ネージュさんにシルヴィさんや、この状況下で俺たちだけベッドでは寝られませんよ。毛布を出すんで大人しくそれで寝ておいて下さい。

 そんな感じで迷宮二日目の夜は更けていった。多分、夜なんだと思う。

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