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魂喰らい 9

「料理をします」


 雪積もる庭園の見えるサロンでお茶を片手にアリスと談笑していると唐突にネージュがそう言った。


 途端に室内の空気が凍りつく。


 あはは、おかしいな。

 暖炉にちゃんと火は入ってますよ。


 にも関わらず紅茶の入ったカップを持ったアリスの手がカタカタと震えている。


「お料理をします」


 なんで言い直した。


 アリスが微笑みながら俺に視線を向けてくるが、その目は一切笑っていない。


 アリス、君は子どもなんだからはっきり言ってしまっても許されるんだよ。

 だから君の口から言ってあげて欲しいなあ。


 アリスは俺にしか分からないほど小さく首を横に振る。

 小さく震えたとしか思えないくらいの動きだ。


 とんでもない。

 叔父様が言ってくださいませ。


 と声なき声が聞こえる。

 シルヴィのお陰で読心術が上達してるね。


「お料理をしようと思います」


 三度目の宣言を受けてついに俺は折れた。


「どうしてかな、ネージュ。ここにはちゃんと料理人もいるし、別に料理をしなくたって困らないだろう?」


「花嫁修業」


「んぶっ」


 アリスがむせた。

 傍に控えていたメイドが慌ててハンカチをその口に当てる。


「こほっ、こほっ、ネージュ様、今、なんと?」


 なんとか取り繕ったアリスがネージュに尋ねる。


「花嫁修業。アンリのお嫁さんになるから、お料理できるようになる」


「そ、そそそ、そうなんですの!? 叔父様、そうなんですの!?」


「落ち着いて、アリス。ネージュが言ってるだけだよ」


「アンリは私と結婚、したくない?」


 ネージュが首をこてんと傾げる。


 ああ、くそ、可愛いなあ。

 35歳でこれ言われてたら即撃沈ですわ。

 全財産貢いでいてもおかしくない。


 だけど今の俺は10歳に過ぎない。

 結婚はあまりにも遠い話だ。


 それまでにネージュに別の気になる人が現れるかもしれない。

 そういう予防線を張っておかなくては俺の精神が耐えられない。


 そもそもネージュの世界は広くない。

 記憶を失って、知っているのは俺とこの領主の館の人々くらい。


 最近ようやく学園で多くの人たちと顔を合わせるようになったが、美しすぎるネージュは遠巻きに見られるだけで近寄ってくる勇気のある人物はリディアーヌだけだ。

 シルヴィですらネージュには遠慮がちだもんな。


 だけど学園は若い男性の教師もいれば、ネージュと同年代くらいに見える14、15歳の男子も沢山いる。

 ネージュのほうが彼らの誰かに恋をする可能性がある。


 第一、ネージュが10歳の俺に本気で恋をしていると思うほうがどうかしている。

 まあ、35歳だった中身も知られているんですが、あれを知ってて恋をすると思う奴はいない。


 ネージュの俺に対する気持ちは依存だ。

 たまたまネージュの傍に居て、力があって、彼女を救ったから、ネージュは俺のことしか見えていないだけだ。

 視野が広がればもっといい男が沢山いるってことを知るだろう。

 寂しいけれどそんなもんだと思う。


「まだ考えられないよ。結婚できるようになるのはまだまだ先の話だし」


「それでもいい。私はアンリに見てもらえるように自分磨きする」


 ネージュさん意識高いっすね。

 作る料理も意識高いっすもんね。


 素材の味を大胆に活かした山菜のサラダとか。

 アク抜きくらいはしてくださいよ。


 自分で狩ってきた猪のスープとか。

 血抜きもしてなければ、処理してないモツが入ってて阿鼻叫喚でしたね。


 これでちゃんと味見をしているというのだから驚きだ。

 俺はネージュを心配すればいいのか、エルフという種への見方を変えればいいのか。


 あと何故か料理に関してだけは誰かに教えを請うということを断じてしない。

 厨房から人払いをするという徹底ぶりだ。


 自分の作った物を食べてもらいたいということだそうだが、それはオリジナル料理じゃなきゃいけないんですかね?

 せめて料理の基本を押さえてから独自色を出すべきだと思うんだが、本人は自信たっぷりだからどうにもならない。


「お料理を教えてもらうというのならいいよ」


「いや」


 即答で拒否っすわ。


「私は私の考えた料理をアンリに食べてもらいたい」


「その気持ちは嬉しいよ。でも――」


「頑張る!」


 続きを言う前にネージュはふんすと鼻息も荒くサロンを出ていく。


 ちょっと人の話はちゃんと聞こうよ。

 駄目だよ。最後まで聞くとまったく意味の違った言葉になるってこともあるんだよ。


「叔父様、頑張ってくださいね」


 そう言ってアリスは猛烈な勢いでお茶菓子を食べ始めた。

 あ、お腹一杯だからって逃げる気だ。

 ずるい!




 さて、自分の胃腸が心配のあまり俺は厨房に向かった。

 大丈夫、今日は雪が積もっていていくらネージュでも食材を探しに外に出ていったりはしないはずだ。

 というか、外に行くときは俺が連れて行ってるし、ネージュをひとり歩かせるようなことはしない。

 さらわれちゃうからね。


 そんなわけで今日のネージュが使えるのは屋敷の中にある食材に限られる。


 食材!

 少なくとも食材を使って料理が行われるのだ。


 やったぜ!

 それだけで食べられる物が出てくるという可能性はぐっと高くなる。


 3%が6%くらいには上がったんじゃないだろうか。

 ソシャゲのフェスかよ。

 ネージュの料理の成功品はSSR扱いである。

 それくらいレアい。見たことないもんよ。


 厨房の外では料理人のマチューさんが黄昏れていた。


「あ、アンリ様、そのネージュ様が」


「うん。知ってる。止められなくてごめん」


「いえ、いいのです。今日の夕食はまだ下拵えを始めたところでしたし、ネージュ様もある食材を全部使うということはなくなりましたし」


「でも残ったものだけで夕食を作るというわけにもいかないでしょ。必要なものがあったら買ってくるけど?」


「アンリ様を小間使い扱いするわけには参りません。自分で行ってきます」


 そう言ってマチューさんは歩き去っていった。


 雪の中をご苦労様です。

 本当にごめんなさい。


 そして俺は厨房の入り口の前に立った。

 地獄の釜の蓋の上に乗っている気分だ。


「ネージュ、俺も手伝いたいんだけどいいかい?」


「ぜったいにだめ!」


 知ってた。

 だけど諦めるわけにはいかないんだ。

 俺の命が懸かってるからね。


「ネージュと一緒に料理したいな。きっと楽しいだろうな」


「……アンリ」


 お、揺れてる。

 この声は揺れてるぞ。


 ワンチャンあるか?


「ネージュと一緒に料理した美味しいご飯を食べたいな」


「う、――ダメ!」


 なにがダメだったのか全然分からん!


 どういうことなの?


 なにが正解だったのか。

 それとも正解は存在しなかったのか。

 女心の謎は深まるばかりである。


 その後は何を言っても相手にしてもらえず、最後には邪魔だからあっち行って! と、完全に拒絶されて俺は失意のままに自室に帰った。


 胃薬でも用意しておこうかな。

 でもこの世界の胃薬って本当に効果あるのかいまいち分からないんだよな。

 一応薬師という職業の人が存在していて、薬草などから薬を作っているらしいけど、効果の程はいまいち分からない。

 効いているかな? 効いていないかな? くらいの感じだ。


 あと気になっていた錬金術師も薬を作るらしいけれど、聞いたところによるとガチに金を求めて色々試しているうちにできたもののうち、人に飲ませたら効果があったという感じらしいので、絶対に飲みたくない。


 日本の某胃薬は名前からするとキャベツっぽいけど、キャベツで代わりにならないかしらん。

 なるとしてもキャベツが手元にないですけどね。


 町に出ていってキャベツ買ってこようかしら。

 こんなことならマチューさんにお願いしておくんだったぜ。


 ちなみに回復魔法で食あたりによる嘔吐感は解消できるが、不味さによる嘔吐感は軽減されない。

 体の異常じゃなからね。

 むしろ正常な反応だから。


 刻一刻と迫る死刑執行の瞬間を待つことに耐えられず、俺はジルさんの姿を探して屋敷の中をうろつきまわった。


 この冬休みの間に限定しての話ではあるが、ジルさんから剣の手ほどきを受けている。

 正式な剣術を学んだわけではないので、と最初は断られたが、黒マントとの戦いのことを話し、近接戦の技術を向上させておく必要があると言ったところ、邪道ですよ。と前置きをした上でジルさんは剣を教えてくれるようになった。


 確かにジルさんの剣は邪道だった。

 強くなって勝つのではなく、勝てるようになんでもするという戦い方だ。


 剣術の授業で真似したら怒られること請け合いである。

 しかしそれは別の言い方をすれば実戦的であるということでもあった。

 剣を振ってる時間より、戦い方を学ぶ時間のほうが長いもん。


 でもお陰で強くなったと思う。


 実力が増したわけではない。

 そこは過信してはいけない。

 うまく戦えるようになっただけだ。


 以前が素人すぎただけですかね。


 そんなわけで今日もジルさんに揉んでもらって、体を動かして腹を空かせておこうという考えである。


 アリスとは正反対のアプローチをしていることになるな。


 空腹は最高の調味料だって言うし、もしかしたらネージュの料理だって美味しく食べられるかも知れない。




 駄目でした。


 あかんわ。

 味が無いのはまだ食べられるものなんだって知った。


 今日のネージュは調味料をふんだんに使って、味わい深い料理を目指したのだと言う。


 味は確かに深かったですね。

 引き摺り込まれるかと思いましたもん。


 どうして食べられる物だけを使って味がこうなるのか。


 よくアニメとかで紫色の料理が出てくるけど、あれに匹敵する。

 さすがに色はあんな酷くないけど、実物には臭いがあるのがキツイ。


 どうして料理から異臭がするんですかね?

 臭いがこれは食べ物ではないと訴えかけてくるんだよ。


 領主ご一家の憐れみの視線が忘れられない。


 でも席は離れてるんですね。

 いや、これはジルさんの差配か。


 有能と言わざるを得ない。

 臭いだけで食欲無くなるからな。

 犠牲者は俺ひとりでいい。


 俺は男らしくもネージュの料理を残さず平らげて、言った。


「ネージュ、不味い」


 そして俺は意識を手放した。

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