暁の星 66
シルヴィを残して俺はアレクサンドラのところに向かった。
彼女の望みを後回しにした上、危険に晒したことを謝らなければならないと思ったからだ。
デラシネにいるとき、アレクサンドラは基本的にわずかな国民たちとの交流をしていることが多い。
共に森に入り、恵みを採取し、時には斧を振るうことすらある。
彼女はダイソン魔石を身に宿しているので、その身体能力は普通の人間をはるかに凌駕する。力仕事だって彼女にかかればお手の物だ。
だが彼女は帝国女帝でもある。
国家の元首がそんなことやってていいのか、とも思うが、デラシネの住人は俺が連れてきた家族とフィラール、アレアスくん、メイドのマルーを除いて、共和国で難民として保護されていた北方部族の人たちだ。
よく考えたら帝国臣民ですらないやんけ!
しかしそれでもアレクサンドラは帝国を放逐された元皇女として、彼らの故郷奪還のシンボルだった。
結果的に帝国は滅んだが、彼らが故郷に帰ることもできなかった。
何故なら彼らは帝国の中でも西寄りに故郷があり、その辺りは見晴らしが良い。なのでクララが飛行魔法で偵察を行えば簡単に見つかってしまう。
正直、クララの使う魔法は俺には理解不能なので、相対したくないんだよなあ。
勇者戦で得た力でわからん殺ししてしまうのが一番ではあるんだが……。
正直、クララやバルサン伯爵は殺したくないんだよなあ。殺す理由もないし。
ただ向こうは国王を守るために必死に立ち向かってくるだろう。
彼らの実力を考えたら、殺さずに無力化するというのもちょっと難しい、か?
いや、いけるか?
そこはほら、善処するということで。
今日のアレクサンドラは年配の女性たちに交じって洗濯をしていた。
ぶっちゃけ、この手の労働って大体アレクサンドラの操るアンデッドで済ませることもできるんだけど、あんまりアンデッドに頼って生活するのもね。良くないよね。
「アレクサンドラ」
俺は老婆と談笑しているアレクサンドラに後ろから声をかけた。
取り繕っているのだろうが、自分の国民と笑い合っているところを邪魔するのは申し訳ない。
「どうなさいましたか、アンリ様」
「いや、まずは謝っておこうと思って。かなり遠回りさせてしまったが、次は君の望みを叶える」
「ありがとうございます」
暗い笑み。
先ほどまで老婆に見せていたものとはまるで違う。
それは復讐者の笑みだ。
「私の参加は認めてくださらないのですよね」
「アレクサンドラに力があることは俺も認めてる。だが不測の事態は起こりうる。クララの魔法は予測ができないし、バルサン伯爵の強さは人間に限界を超えているくらいだ。さらに言えば、ボーエンシィ機関の妨害なんかもあるかもしれない」
「そうでしょうか? あの人たちはむしろ今の私たちの状況を望んでいると思いますが」
そう言われてみれば確かにそうかあ。
ボーエンシィ機関の目的はこの世界の本来の人類。
つまり魔法使いの復活にある。
同時に、現在人間を名乗る繁殖した魔法生物たちの絶滅もだ。
そして今から俺がやろうとしていることは、魔法生物が作った国のトップを二人殺害することだ。彼らの目的とぶつかったりはしない。
あとこの辺はっきりさせてはないんだけど、アレクサンドラと俺がそういう関係になったら、ダイソン魔石を身に宿し、魔法使いに至った者同士から子が産まれるかもしれず、むしろボーエンシィ機関は消極的味方と言えるかもしれない。
連中からそういう話を聞いたわけではないので推測だけれども。
「でもクララのほうが正統派の魔法使いだからな。彼女を殺そうとしてしまうと、止めに入ってくるかもしれない」
「そうかもしれませんね。しかしアンリ様とクララ様は決定的に敵対してしまいましたので、お二人が子を成す可能性は低いと見るべきでしょう。ボーエンシィ機関としては、クララ様に宛がう男性魔法使いを新たに作り上げようとするのでは?」
うーん、それはそれで厄介な話だなあ。
現状、ボーエンシィ機関は俺たちにとって脅威ではない。
それは敵対しているとかいないとかではなく、勇者と戦って俺とシルヴィが得た力が、彼らを簡単に撃退できるほどのものだからだ。
だがボーエンシィ機関がダイソン魔石を使って生み出す魔法使いについては、その能力についてまったく予測ができない。
ネージュは魔物を生み出せる能力を得たし、シルヴィは人の魂を奪い蒐集できた。クララは比較的俺に近い魔法使いになったし、アレクサンドラは死霊術士だ。
あと俺もその一人だと思われるしな。
つまりどんな能力を持った魔法使いが作り出されるかまったく想像がつかないのだ。
「まあ、わからないことを考えてばかりいても仕方ない。俺はシルヴィと二人でまずはフラウ王国国王の首から狙うつもりだ。クララもバルサン伯爵もそっちにいるはずだからな。先に手強いほうを潰しておく」
「ネージュ様も置いて行かれるので?」
「ネージュはいてくれたほうが心強くはあるんだけどな」
フラウ王国の諜報機関で訓練を受けたネージュの潜伏や索敵能力は捨てがたい。
だが俺たちは今からフラウ王国の王宮に国王の暗殺に向かうのだ。
当然、フラウ王国諜報機関『ガルデニア』が敵に回る。
ネージュの性格から言って、古巣と敵対するのはちょっと辛いんじゃないかなと思うのだ。
ということを説明するとアレクサンドラは理解を示してくれた。
「私はフラウ王国の国王の首を、とは言いましたが、実際的に首を持ってきて欲しいわけではありませんよ。生首を飾る趣味はありませんし」
死霊術士らしかぬ発言だなあ。
「私の意思によってフラウ王国の国王が殺害されたという事実がちゃんと広まり、認識され、記録されるのであれば、別に王宮ごと吹き飛ばしてもらっても構いません」
「それはそれで死亡確認が面倒臭いんだよなあ」
あと俺自身が国王と最後の会話をしてみたいところがある。
なんてったって祖国の国王で、妻の父親だしな。
「ご武運を」
「ありがとう、アレクサンドラ」
「私たちは同志ですから」
「いや、そういうことじゃなくて、世界を滅ぼすのを止めてくれてありがとう」
「アンリ様は私のために怒って下さいました。世界の全てから裏切られたと感じた私の味方になるとおっしゃってくださいました。あなたが私の同志である限り、あなたとあなたの家族を未来永劫守り続けると誓います」
それはそれでちょーっと重いんだよな。
同志のそれを逸脱しているというか。
兎にも角にも魔族との和解は失敗に終わり、俺たちは後回しにしていたアレクサンドラの復讐譚を再開しなければならない。
これは彼女が世界を滅ぼそうとするのを止めた俺の責任だ。
大変間が空いて申し訳ありませんでした。
もうひとつの連載作品が結構ギリギリ自転車操業していたのでそちらに注力していました。
この作品はこれにて6章が終わり、次回から7章へと入っていきます。
申し訳ありませんが、不定期更新となりますので、よろしくお願いいたします。




