暁の星 60
目が覚めたらもう夕暮れ時だった。
同じベッドで寝たはずのネージュはいない。
今朝の時点でネージュは寝起きだったし、俺の寝顔を見ているのに飽きたのかもしれない。
……あんまりそんな気がしないな。
彼女は可能であればずっと俺の寝顔を見ていそうな気がする。
だから多分、誰かに何らかの用事を頼まれて席を外したのだろう。
俺は用意されていた服に着替える。
麻の平民が着るような簡単なチュニックとズボンだ。
これはマルーがこちらの家の世話もしにきてくれている、ということなのかもしれない。
それを着てリビングに行くと、昨夜は気づかなかったが以前は二脚しかなかったものが四脚に椅子が増えたテーブルに女性陣三人が勢揃いしていた。
「おはようございます。旦那様。シルヴィから首尾を聞いていました。途中からですが参加なさいますか?」
「ああ」
交渉自体はほぼシルヴィがやっていたわけで、俺の出る幕はない気がするけど、一応着席する。
「一万人の返還を大統領が受け入れたところまでね」
「じゃあ後は実務部分くらいか」
「そうなるわね」
「細かい話は必要ありません。無事、確保してしまった生存者を返還したということでよろしいですのね?」
「大体そういう感じだ。途中で勇者が合流してきたが戦闘にはならなかった。アレクサンドラを連れていたら戦闘になったと思う。あいつは魔王を倒すことに強いこだわりがあるようだったから」
「それは僥倖ですわね。敵と見れば襲ってくるタイプなのかと思っていました」
「ただアレクサンドラのことは必ず倒すと言っていたから備えは必要だな」
「そうですわね」
その後は生存者の返還についてある程度省略しながらリディアーヌに伝えていく。
「ということは条約や契約を結んだわけではないのですね?」
「そうですね。口約束、ということになります。ちゃんとしておくべきでしたか?」
「いえ、それで構いません。アレクサンドラ陛下、亡者の一部を鉱山労働に割り振ることは可能ですか?」
「元鉱夫の亡者であれば」
「すぐに採掘を再開してください。アンリ様には帝国各地から金属の回収をお願いしたいのですが、その前に、フラウ王国国王と、フリュイ共和国の大統領、両者の首を取ってきてもらわなければなりません」
「まあ、そうなるか」
アレクサンドラを抑えていたのは、まず魔族となんからの手打ちにしなければならなかったからだ。
この亡者の侵攻において、彼らだけが純粋な被害者だった。
それが上手く運んだいま、アレクサンドラの求めに応えなければならない番だ。
「先にフリュイ共和国かな?」
「フラウ王国が先がよろしいかと。短期間で情報が届くようなことはないでしょうが、クララがいる以上、どうなるかわかりません。バルサン伯と、クララが準備を整える前に暗殺するのが一番です」
自分の親のことなのにリディアーヌはドライだね。
そんな簡単に父親の命を奪う話を進められるものだろうか?
そんな風に思った顔を読み取られたのか、リディアーヌは微苦笑を浮かべた。
「国王陛下に親としての情を感じないわけではないのですよ。ただ王族は王族であれと教育されてきた私たちは、その命は民衆のためにあるのだと知っています。これはフラウ王国の存続に必要な決断ですから――何とも思わなくともありませんが、覚悟は決まっています」
「余計な心配をしてしまった。すまない」
「いいえ、旦那様に心配していただけたのは純粋に嬉しかったですわよ」
リディアーヌがこういうことを言うのは珍しいから、本当に嬉しかったのだろう。
「さて、フラウ王国への潜入暗殺ということであれば、ネージュの出番だな」
「王様の周りはガルデニアが多くいる。私では対処できない」
「そこは俺がどうにかする。バルサン伯爵が出てきたらシルヴィが、クララが出てきたら俺が追加で対処するかたちになるな」
いまの俺たちならバルサン伯爵や、クララに引きを取ることはないだろう。
「役割を逆にしたほうがいいかもしれないわ。バルサン伯爵にはアンリが。クララには私が対処する」
「俺はともかく、シルヴィの負担が大きくないか?」
「一番の難敵はクララよね。そしてあの子は魔法というものに先入観がないから、自由な発想で魔法を使ってくる。理詰めで考えてしまうアンリとは相性が悪いわ」
確かにそうかもしれない。
例えば光を透過する結界魔法を張られたときに、俺は光を通す結界魔法なのだから光魔法で攻撃できると考えるけど、クララは断絶する概念で守っている可能性があり、その場合、見えてはいるけど光魔法の攻撃は通らない、という俺からするとワケがわからないことが発生する可能性がある。
いや、言っててもうなんで? ってなってるんだけど、話に聞く限り、クララの魔法はそういうものであるようだ。
幻想魔法でも実現魔法でもない。
言わば概念魔法というところだろうか。
この結界は攻撃ならなんでも防御するけど、強すぎない可視光は通す。
という細かい設定を、ただ“防御魔法だから攻撃魔法は防げる”という概念で乗り越えてしまうのだ。
俺はつい理屈で考えてしまうから、クララの繰り出してくる攻撃への対処が遅れる可能性がある。
理外攻撃を使えばいいんだろうけど、それにも抵抗できる可能性があるからな。
「わかった。その案で行こう」




