暁の星 59
そして俺は最後のレギウム人生存者を収納魔法から解放した。
何度も使い回されたシートの上に若い男性が出現する。
健康そうで、元気がありそうな人を後回しにしてきた結果だ。
レギウム側の担当者も生存者への対応に慣れてきて、手際よく男性に話しかけ、ほどほどに暖かいスープを手渡している。
東の空は暁に燃えている。
雲が赤く染まり、その合間から光が大地を照らし始めた。
大統領官邸は騒然とした空気に包まれている。
俺が収納魔法から解放した生存者は一万人を軽く超えていた。
まあね、一万人って言うのは概算だし、ここで全員解放以外はありえないので、しゃーないよ。
生存者は最後の記憶が亡者に襲われるところだ。
そんな彼らは恐怖と不安の中にあって、いつパニックを起こしてもおかしくはない。
それを人々が必死に落ち着かせている。
それでもあちらこちらですすり泣く声や、誰かを求めて名前を呼ぶ声がしている。
亡者に襲われたとき、ニニアエにどれだけの人がいたのかはわからないし、第二軍がどれほどの戦力を有していたのかも聞いていないが、俺の個人的な肌感としては助かったのは一割以下で、ほとんどの人は身内なり、仲間なりを失っている。
それは喪失という言葉で済ませるにはあまりにも大きい。
それでも寒さに震え、腹は減る。
いまも大統領官邸には次々と資材が運び込まれ、食料品は次々と調理されている。
天候も快晴とは言えない。
まるで人々の心を映したかのような晴れ間のほとんどない曇り空だ。
毛布が配られもしたが、数が足りず、あちこちで熾された焚き火に人々が群がり、情報交換しているのが見えた。
「終わったか? 今日はちと寒いが、冬よりはずっとマシだな」
「親しげに話しかけてくるのなんなの?」
俺は思わず勇者にぼやく。
さっきまで明確に殺し合いをしていて、俺はこいつに腕やら足を切り飛ばされているのだ。
「別に殺し合うからって恨み合わなきゃいけないわけじゃないだろ」
「恨みがないなら殺し合わなくていいじゃないか」
「それがそうもいかんのよな。黄泉返りの魔王は人類の敵に認定された。故に勇者はこれを倒さなければならん。そういう仕組みなんだ。わかるだろ」
「いや、なんとなくそういうものなんだろうって推測はできるけど、わかるとまでは言えないな」
「アンリはちょっと特殊なのよ。あなたのことは私のほうが理解しているつもりよ」
シルヴィは肩を竦めて言う。
「つまり役職なのよね。あなたは強いけれど、あのワケの分からない力は勇者に付随しているもので、あなたのものではない。世界の常識の外側を感じ、干渉する力は勇者という調停者が持つ力でしかない」
「そこまでわかってるんなら、あんたはこっちにきそうなもんだけどな」
「私はもう純粋な人間じゃないってことでしょ。だから馴染むのにちょっと苦労したわけ」
「なるほど。そちら側の勇者ってことか。じゃあこいつは?」
こいつ呼ばわり止めて。
「アンリは、なんというか、元々存在が外側寄りなのよね。そういう役職なのだと思うけれど」
その役職って言葉いきなり出てきたけど、事前説明はありましたか?
「厄介な話だ」
そう言うわりには楽しそうなんだよな。
勝てる勝てない、生きるか死ぬか、そういう勝負の外側で生きている感じがする。
「とにかく今日はもうこれ以上は止めておきましょう。私たちを排除したところで、アレクサンドラがまた亡者を進軍させるだけよ」
「そうだろうなあ。それが不味いのはわかる。仕切り直しだ。必ず魔王は倒すからな。覚えておけよ」
三下みたいな捨て台詞を残して勇者はふっとかき消えた。
背景の変更による転移だろう。
「どうする? 誰かに立ち去ることを伝えておきたいが」
「たぶん肝心なところには伝わらないでしょ。今日はすっと消えておきましょ。デラシネが恋しいわ」
「確かにな。転移魔法で?」
「そうしましょ」
俺はシルヴィを連れてデラシネへと転移する。
一瞬の酩酊感があって、俺たちは見慣れたデラシネに帰還した。
薄暗いデラシネは住人たちがいくらか起きだしていて、朝の仕事を始めている。
俺たちはアレクサンドラ邸の扉を叩いた。
「アンリ!」
出迎えてくれたのはネージュだ。
「ただいま。ネージュ。変わりはない?」
「なんとも」
まあ、ネージュたちをデラシネに置いて丸一日くらいしか経っていないから、なんにも起こるはずがなかった。
「リディアーヌ様とアレクサンドラ陛下は?」
「どっちも寝てる」
「確かにまだちょっと早い時間か」
デラシネはレギウムよりずっと西にあるので、こちらではまだ太陽が昇っていない。
逆にネージュはよく起きてたな。
「足音でアンリだってわかったから」
そこはともかく、寝てたのにそれで起きるのは相当だよ。
らしいと言えばらしいんだけどね。
「とりあえず徹夜だから寝るよ。また後で報告するから」
「うん。……一緒に寝る」
俺は思わずシルヴィの顔を見る。
他意はないんだけど、お伺いを立ててしまった感じだ。
「いいんじゃない? いまからなにかしたりはしないでしょ」
うーん、ネージュ相手だとそういう気持ちにならないんだよな。
家族感が強すぎる。
「それじゃおやすみ。また後で」
魔王の側近にも休息は必要なのだ。




