暁の星 58
月明かりのない夜だった。
この辺りには瓦斯灯もなく、篝火がいくつも用意された。
直立式の電気スタンドみたいな、運動会の玉入れで使うカゴのもっと背の低いバージョンみたいな台で松明がいくつもぼうぼうと燃えている。
明るい、とは言い難いが、十分な視界は得られている。
大統領官邸の庭では多くの人が慌ただしく走り回っていた。
俺が最初に十人くらいを収納魔法から出して見せて、この調子で一万人以上を出しますと宣言したからだ。
レギウム側に受け入れの準備などあるはずもなく、関係各所の人々がたたき起こされてこの場に集められている。
軍人のような人も、医者のような人も、官僚のような人も、生存者を出す前から人人人だ。
食料品も運び込まれ、煮炊きが開始されている。
生存者って腹が減っていることが多いというか、ほぼそうなんだよね。
たぶん亡者になりかけの状態で結構活動するから、その時に胃の中身は消化しきってしまうのではないかと思う。
実際、最初に出した十人も貪るように軍が持っていた携行食糧にがっついている。
「なにやってんの?」
予兆もなくそう問いかけられる。
これは勇者の声だ。
俺は努めて驚きを表に出さないように堪えた。
「今回の事件で生存したレギウムの国民を一万人返還する。その準備をしているんだ。邪魔をするなよ」
「おいおい、人を狂犬みたいに言うんじゃねぇよ。俺ァ、勇者だぞ」
狂犬みたいに襲いかかってきたやん。
「ずいぶん遅いお帰りね。なにをしていたのかしら?」
シルヴィが気づいて参戦してきた。
うん、二人でいれば対抗できるな。
こっちから攻撃を仕掛けたりはしないけど。
「なにもなんもあれだけの魔物ほったらかしていくってひどくない? あれが周りに溢れ出していれば、被害は甚大だったぞ」
「強制連行したのはそっちだろうに」
「違いない。だからちゃんと後始末してきたわけよ」
「それでどうしてここに?」
「そりゃおまえさん、報告はしとかなきゃならんからな。あ、おい、大統領、こっちこいよ」
気軽な感じで勇者はレギウム連合大統領を呼ぶ。
実際の力関係がわかるなあ。
「こいつら当代の魔王の部下ね。四天王みたいなやつ」
「本当のこと、でしたか」
あ、勇者とは謎に会話が通じるけど、大統領の言葉は駄目なのね。
またシルヴィさんに通訳してもらう時間だ。
「ですがレギウムの国民を見捨てるわけにもいきません。魔王と交渉したことをお許しください」
「許すも許さないもねぇよ。俺は暁の星だ。地上のことには関わらない」
「いや、思いっきり関与してきてるじゃん!」
俺は思わず言う。
「言葉の綾だよ。わかんねぇかなぁ。暁の星は人類の脅威にだけ対抗する。そのために力を与えられているんだ。ただの国家間の交渉には出て行かないンだ」
「魔王は人類の脅威だ、と?」
「そのものだろ?」
「まあ、確かに」
そこは認めちゃうよね。
アレクサンドラは危うい。世界を滅ぼそうとしていたし、いまもいつ何時それを再開するかわからない。
ひとまず王国と共和国の元首を殺せば収まるだろうけど、その後、また世界に向けて亡者を進軍させるかもしれないのだ。
「そうならないように努力をしている。だからここらで手打ちにはできないのか? 人類の脅威というとボーエンシィ機関もいるだろうに」
「ボーエンシィ機関? ああ、あのうろちょろ小細工をしている連中か。あんな小物はどうでもいいだろ」
「小物って……」
やってることの規模とか、個々の強さとか相当だけどね。
いや、いまの俺たちからするとそうでもないのか。
あいつらは理外攻撃はしてこなかった。
たぶんいまの俺やシルヴィなら楽に対処できる。
「黄泉返りの魔王を作り出したのはあいつらだぞ」
「そうかもしれないが、そうやって得た力で世界を滅ぼそうとしたのは、あの女だろ」
それも事実なんだよな。
ボーエンシィ機関は最終的に人類を抹消して魔法使いの世界を作ろうと計画はしていても、種を撒くだけで自分たちでそれを実行していない。
それは多分、この世界に魔法使いがまだほとんどいないからだ。
現時点で人類を滅ぼすと、ただただ人類がいなくなり、魔法使いもいない世界になってしまう。
「ここで魔王が退いたら、それで終わりにはならないのか?」
「だからそれじゃ面白くねぇだろうが」
「面白いかどうかって勇者の行動原理としてどうなのよ」
「ダメってことはあるまい。世界が滅ぶのを止めるなら、シリアスになってなきゃダメか? 過程を楽しんじゃいけないってか?」
「そうは言わないが、アレクサンドラにもうその気はないのに、それでも倒すのか?」
「そういうことになっている」
「なっている?」
俺は疑問形で聞いたが、勇者は特に返事をしてこなかった。
「第二陣の準備ができたみたいね。今度は百人くらい出してほしいみたいよ」
シルヴィが通訳してくれて、俺は生存者の返還作業に戻った。




