暁の星 52
「そういえば二人はいつから力が使えたんだ? 前から使えていたわけじゃないだろ?」
ふと疑問に思って俺は聞いた。
ネージュにしろ、シルヴィにしろ、これまでにも能力を使えば楽に切り抜けられた場面もあったはずだ。
帰らずの迷宮、ボーエンシィ機関との戦い、そして亡者との戦い。
「まず能力の発現まで何年か必要だったわ」
答えたのはシルヴィだ。
「その後、定着と習熟にも数年必要だった。まともに扱えるようになったのは最近のことよ」
「ネージュは?」
「私のは簡単に試せないから……」
確かに実体ある魔物を生み出す能力をほいほいと練習はできない。
「シルヴィに手伝ってもらって、ちょっとずつ覚えた」
「手伝ってたんかい! つまり二人はお互いに能力が使えることを知ってたんだ」
「秘密にしてて悪かったわね。切り札として温存しておくことで合意が取れたのよ」
「まあ、確かに助かったけどさあ」
帰らずの迷宮……は使いどころなかったか。
亡者との戦い……は生存者がいたからなあ。
ネージュの力は使いどころが難しい。
そもそも魔物を生み出す能力があるとわかった時点で、フラウ王国としてはネージュの保護を続けられないだろう。あまりにも危険に思える力だからだ。
こうして王国を出奔した身だからこそ使えたという側面は確かにある。
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。二人がそれぞれに考えてそういう結論に至ったのであれば俺は尊重するよ」
ネージュがあからさまにシュンとしていたので、俺は慌てて言う。
「ネージュの力はアンリの魔法とも相性が悪いしね」
「魔力の消費量が大魔法級だからな」
ネージュが本気で魔物を産み出し続ければあっという間に周辺魔力は枯渇して、俺が魔法を使えなくなる。
「ある意味、アンリを相手にするのに最適な能力ね」
「わかっていればこっちも実体化させた魔物を事前召喚しておくんだけど、わかってなかったらキツいな」
「アンリと一緒には戦えない?」
「いや、使い方次第だと思う。リディアーヌを守るための召喚はすごく助かったし」
なんせ俺の防御系魔法が通用しない相手だった。
俺も魔物を召喚して防御させる手は使えるんだけど、あの場では思いつかなかったな。
だからネージュには本当に助けられた。
「そもそも召喚魔法がなくともネージュのガルデニアとしての能力には助けられているし、なにより」
俺はまだ俺にしがみついたままのネージュの手をぽんぽんと叩く。
「もしネージュになんの力もなかったとしても、俺はネージュと一緒にいるよ」
俺という存在がネージュに救われたこと。
それを忘れたことはないし、そうではなくとも俺はちゃんとネージュのことを愛している。
配偶者として、というとまだちょっと実感はないけれど、家族の一員だとずっと思ってきたし、これからも思い続けるだろう。
「だからなにも不安に思うことはないよ。俺の役に立とうとしなくたっていい。俺はいつだってネージュの味方だよ」
「アンリ……」
ネージュが俺に頭をこすりつけてくる。
はは、まるで猫みたいだ。
「はいはい。それはそれとして今後どうするかは急いで決める必要があるわよ」
「全員で戻る、という手もある」
俺は慎重に言った。
これはリディアーヌにとっては非常に危険を伴う判断だ。
「勇者がレギウムの人々にどういう説明をするにせよ、今ならまだその途中だろう。勇者の発言で俺たちの評価が定まる前にこちらが反論の機会を得ることができる」
「危険すぎない?」
「いえ、ありだと思います。危険というのは主に私のことですわよね」
「そうです。勇者がリディアーヌ様を狙ったとき、あらかじめ守っている状態でなければ、守り切るのは難しいんです。勇者による攻撃の種類によっては、私でも守れません」
「根本的に防御ができる類いのものではないしな」
例えば断空剣。防御魔法の一切を貫通する、世界ごと断つ攻撃。
これを防ぐには攻撃に対して、その動線を断つようにこちらも断空剣で世界を断つしかないだろう。ただしそれができるのはシルヴィだけだ。俺は理屈がわかってもできる確信がない。宣言強化を使っても無理だろうな。
「正直に言うとレギウムの生存者を切る手もあります」
リディアーヌは言う。
「しかしそれをするとレギウムに帝国侵攻の機運を呼び込みます。手打ちにするためにこの一万人はどうしてもレギウムに返還したいですわね」
「レギウム軍の兵士はともかく、勇者が先頭に立ってくると面倒だな。確かにレギウムの国としての方針を、あまり反帝国にはしたくない」
「帝国国内であれば負ける気はしませんが?」
「負けなくとも勝てないだろ。向こうはいつでも逃げられるんだから」
「それも事実ですね。ですが、レギウムに行くということは私の支配地域の外に出るということです。あまり行きたくはありませんね。皆さんが行くのであれば、同行はいたしますが」
「私もアレクサンドラは残った方がいいと思うわ。レギウムと帝国が国交を結ぶというのならともかく、それはしないんですよね?」
「私はそうしたいと思っていますが、陛下?」
「元よりレギウムはどうでもいいです……」
「でしたらアレクサンドラ陛下を除いた四人で、ということになりますわね」
「いえ、国交を無視するというのであればリディアーヌ様もお残りください」
「ですが、交渉ができないのでは?」
「あまり気は進まないですが、やれるだけはやってみます」
シルヴィが嘆息する。
そういやシルヴィは侯爵令嬢だった。
交渉事を学んでいないはずがないよな。
魂喰らいで得た知識もあるだろうってか、リディアーヌ喰ってんじゃん。きみ!




