暁の星 51
シルヴィがすでに知っていた『結果の確信』
そして勇者から得た『宣言強化』と『世界の改変』
いずれも俺はまだ知ったばかりで使いこなしているわけじゃない。
「新しい力は今後習熟するとして、その上で俺たちは今すぐどうするかを決めなければいけない」
俺がそう言うとリディアーヌは頷いた。
「勇者がどのようにレギウムの人々に伝えるのかはわかりませんが、私たちはレギウムから突如として姿を消した、という状況です。レギウムの人々と今後どのように付き合っていくかはともかく、信用を毀損するのは避けたい事態です」
俺たちは一万人を返すと約束している。それは果たさなければならない。
だがそれには勇者が邪魔だ。
あいつは俺たちがレギウム領内に入るだけで襲ってくるかもしれない。
「手紙だけ置いてくるか?」
「転移能力が知られるのも避けたいのですけれど」
「そうなるとレギウム領内にいたことにしなければならない。今すぐ戻れば可能だろうけど、その場合、勇者と再び戦いになる恐れがある」
「勇者の転移能力は防げないのですか? 町の中にいる限り、向こうは手を出しにくいと思うのですが」
「無理、だろうな。勇者がこちらの転移を防げなかった。可能ならなんとしてもあのフィールドから逃さなかったはずだ」
一部魔法の無効化など属性の付与された特別な結界の内側だった。
シルヴィが勇者の能力を喰らってなければ勝機はなかったはずだ。
「では手紙を書くとして文字はどうしますか? 私は会話はともかく文字まで習得はしていないのですが」
「それは心配していない。だろ。シルヴィ」
「まあね、リディアーヌ様に文面を考えていただいて、それを私が筆記します」
シルヴィに魂喰らいの能力が残っている以上、レギウムの一般レベルの知識は得られる。
問題は、噛みつき行為が必要なのかどうかなんだけど、シルヴィ、レギウムの誰かに噛みついたんだろうか。
相手はそれを許したんだろうか。
それは一体どういう状況なんだ……。
俺が悶々としていると、シルヴィが呆れたように言った。
「通り魔しただけよ」
それはそれで良くないんだよなあ。
「シルヴィ、それで相手が昏倒するようなことはないのですね?」
「そこまでの力はありません」
「ならいいんですけど」
良くはないと思うなあ。
「私からも一点」
そう言ったのはアレクサンドラ。
「私たちが強制移動させられた荒野ですが、かなり南東方向に飛ばされていたようです」
「なぜそれが……あ、黄泉返りの魔王の権能か」
アレクサンドラは亡者の現在位置を感じ取れる。
それは帝国にいる亡者の位置を感じ取ることで、現在位置を推測することも可能だ、ということだ。
「地図もありませんし、具体的な場所までは指摘できませんが、かなりの距離を移動しました。勇者の行動範囲は東方にかなり広い可能性があります」
「レギウム以外にも転移させられる恐れがあるということか。面倒事が起きる可能性が高そうだな」
「それで確認なんですが、私の呼び出した亡者は権能で呼び戻しましたが、ネージュさんの生み出した魔物は大半が現地に残ってしまっていませんか?」
「あっ」
俺たちは顔を見合わせ、そしてネージュに目線を向けた。
「私と私の生み出した魔物には絆のような繋がりがある。いまは大人しくさせている」
「つまりそこに残ったままなんだな」
うーん、回収の必要があるな。
「ちなみに時間経過で消えたりはしない?」
「私はアンリのように時間で消える魔物は生み出せない」
難易度はネージュがやってることのほうが高いはずなんですけどねえ!
「それより」
ネージュは俺の後ろに回り込んできて、ぎゅっと俺の腰に手を回した。
「私にも力の使い方を教えて」
「それは難しいよ」
「がんばるから」
「頑張れば習得できるという類いのものではないんだ。これは」
「そうね、私の感覚からしてもネージュはこちら側には来られないと思うわ」
「どうして!」
言語化は難しいが、なんとか言葉にしてみようと努力する。
「まず外の世界への認識が必要なんだ。この世界を完全に外側から見る必要がある。それは世界すべてを見渡すという意味ではない。だけど、この世界は別の世界のほんの一部でしかなくて、もしかするとその世界にいる何かは俺たちの世界を簡単にどうにでもできる。それを常識にしなければならない」
「わかんない! わかんないよ! アンリ!」
ネージュの俺を抱く腕に力がこもる。
「お願い。私を置いていかないで。せめて背中が見えるところにいて」
「ネージュ、俺は君を置いてなんかいかないよ。ちゃんとここにいるじゃないか」
「わかってる! わかってる! けどっ! そういうことじゃないの!」
本当はネージュの言いたいことは理解している。
傍にいて、というのは物理的な距離の話ではない。精神性の問題だ。
彼女は得体の知れないものに変わっていく俺が怖いのだ。
そしてこれからの戦いで不要であったり、守られる立場になりたくないのだ。
それはもう避けられないかもしれない。
ネージュはきっとこの力は得られない。
変わった子だけれども、ちゃんと常識のある子だから。
普通は無理なのだ。
俺のように異世界から魂がやってきた人間とか、シルヴィのように魂喰らいの権能で精神性がもはや普通の人間ではなくなっていたりするような、そういう異常者でなければ到達できない。
それでもまだネージュの力は俺たちの戦いについてこれている。
「力を貸してほしい。ネージュ。君の召喚術の使い道を一緒に考えよう。きっといい方法が見つかるよ」
俺はネージュの手のひらを俺の手のひらで包んで言った。




