暁の星 50
俺は素直に礼を言うことがあまりないので、気恥ずかしくてすぐに話題を逸らした。
「それと勇者が気になることを言ってたな。『宣言強化』だったか」
俺がそう言うとシルヴィが頷いた。
「言ってたわね」
その返答は意外だ。
シルヴィは理解して使っていたのだと思っていた。
「ということはシルヴィも無意識に使ってただけか」
そう言うとシルヴィはちょっと難しい顔になって、少しの間考えた。
「無意識かというとそうでもないけれど、宣言強化という言葉は初めて聞いたわね」
「つまり?」
「私は可能性をこじ開ける小技くらいに思ってた。不可能ごとに挑戦するときに、できると言い切ることで、実際にできることがある。そんなおまじない程度の話よ」
ああ、自分を鼓舞する目的で、やりたいことを口にする、ということはあるだろう。
それが自分の持つ力を引き出し、目的の達成に近付けることはある。
「明確な技術だとは捉えていなかった、と」
「そうね。私が持ってる知識の中にも該当するものはないわ」
ということは王国や帝国では知られていない技術だということになる。
ただ宣言するだけで威力が上がるのなら、よく知られていてもおかしくないのにな。
それに、
「だけど勇者は明確に意識していたよな」
警戒すらしていたように思う。
でなければ髪の毛だけを斬らせて宣言の効果を無効化しないはずだ。
「わざわざ説明までしてくれていたわね」
「それだが誤認させるのが目的という可能性は?」
俺は性格の悪さを見せる。
他人の、特に敵が言っていることを素直に信じるような前世は送ってない。
「つまり宣言強化は勇者が言っていたよりもずっと意味もある力で、勇者はそれを恐れている、ということ?」
「なんでわかってない相手に力の説明をするんだろうと思ったんだ。だとしたら思考誘導かな、と」
「つまり『行動を強化』するだけの技術じゃないってことね」
シルヴィは俺と同じ疑念に到達する。
なんでも疑ってかかるべきだ。
そう見えるものがそうだ、ということは意外に少ない。
「推測だけどな」
「『結果の確信』との組み合わせかしら……」
シルヴィがまた知らない言葉を出してきた。
まだ隠し球があるのか。
「結果の確信?」
「たとえばここに小皿があるわね」
テーブルの上にあったなにも乗っていない小皿をシルヴィは手に取る。
そしてテーブル上の燭台に向けて振った。
一瞬の間をおいて、ずるりと燭台は切断されて、倒れる。
「これが『結果の確信』」
シルヴィはなんでもないことのように言ったけど、やってることは相当ヤバい。
ただの小皿だぞ。
陶器の、ティーソーサーより一回り大きいくらいの、ただの皿だ。
「ただの皿で金属の燭台を切った?」
「でもテーブルを切りつけることはできても切断はできない。私はその確信が持てない。そこで『私は斬る』わ」
シルヴィがそう宣言して小皿を振り下ろすとテーブルが両断される。
テーブルと言ってもちゃちなものではない。分厚い木の頑丈そうなテーブルだ。
中央で支えを失ったテーブルはどすんと真ん中に倒れ、テーブルの上のものが滑ってガシャガシャと音を立てた。
「テーブルを両断できるという確信を私は抱けなかった。けれど宣言することで可能になった。どうやらこれが『宣言強化』ね」
そう言ってシルヴィは破壊されて室内を力で元に戻していく。
あっさりやってるけど、どれももう人間業じゃないんだよな。
「倒せないと思っていた勇者もこれをうまく使えば倒せる、ということか」
「可能性を生むことはできるかもしれない。だけど勇者のほうがよほど力への理解が深いわよ」
実際、シルヴィの斬るという宣言を勇者は髪の毛だけを切らせることで意味消失させている。
「宣言の連発で、いや、ダメか」
勇者は宣言強化は連発すると威力が下がるみたいに言っていた。
検証の必要があるが、それが本当なら一撃必殺みたいに使うべきものだ。
「ただ『斬る』と宣言すれば、威力は高いけれど、なにを斬ってもそれで宣言は達成されたとみなされる。『勇者の首を落とす』のような具体的な宣言は威力が落ちる」
「ということは、達成されない宣言であれば、ずっと効果を維持できませんか? 例えば『月を斬る』などの荒唐無稽な宣言で威力をあげて勇者と戦うというのは?」
「ダメなんです。リディアーヌ様。月を斬ろうとする行動にのみ威力が加算されますので」
リディアーヌの外からだからこその提案だったが、今回は残念ながら的外れだったようだ。
だけどそういう視点で考えるのはとても大事なことだ。
「魔法に応用はできないかな? 極光を勇者に当てると宣言すれば、髪の毛などに当たっても範囲威力である程度ダメージは与えられると思う」
光収束魔法はその光の威力も高いが、副次効果としての熱量が大きい。髪の毛に当てられたら火傷を負わせるくらいのことはできそうだ。
「できると思うわ。別に剣に限った効果ではないはずだし」
「これも要考察だな」
どれだけ準備してもし足りないということはない。
これらの力を勇者は自分のものとして扱っているのだから。




