暁の星 49
しばらく考え込んだリディアーヌは言った。
「お二人の言葉からすると、この世界は被造物であって、お二人は神になったということにはなりませんか?」
「そんなたいしたものじゃないな。せいぜい悪魔というところだろう」
「宗教によっては神扱いされるかもしれませんが、少なくとも聖円教会の信じる神とは違いますね」
「そうですか。安心しました。お二人が人ではなくなったのかと」
リディアーヌの言葉に俺とシルヴィは顔を見合わせる。
俺には人の道を踏み外したという感覚がある。
きっとシルヴィも同じだ。
勇者は「こちら側」と言った。
それはつまり人の領域から踏み出してしまったということではないだろうか。
だからと言ってそれをリディアーヌに話したりはしない。
人格が変わったわけではない。肉体が変わったわけではない。
ただ世界への向き合い方が変わっただけだ。
大前提、この世界は被造物である。
自然発生したと言う可能性は低いだろう。
それに俺は天使さまと呼んでいるなにかと出会った。
彼女がなんであったにせよ、魂をあちらの世界からこちらの世界に運ぶことが可能な存在だ。俺のイメージする超越存在に近しいものがある。
天使さま自体は超越存在というよりは、その端末という印象を受けた。
あるいはアバターかもしれない。
とにかく神はそれほどこの世界に興味がないようだ。
でなければ俺たちの世界改変をこのように見過ごすはずがない。
天使さまがなにも言ってこないことからしても、ある程度は好きにできるはずだ。
そもそも魔法使いのいない世界に、魔法使いとして生まれ変わらせてくれたくらいだからな。
「黙らないでくださいます?」
「ああ、いや、すまない。肉体的には人で間違いないんだが、精神的な有り様は変わってしまったと思ってな」
この世界は神が作ったものである。
とだけ書くと宗教信者なら、だいたい信じている世界の通りなのだけど、なんか思ってたのと違うというか。本や、紙芝居への例えは、わかりやすくするための方便だけど、現実はそれを一次元上げただけの話だ。
これは俺の感覚だから信じなくていいんだけど、この世界は上位存在が戯れに書いた物語なのではないだろうか?
そして飽きて放置されている。
だから俺たちが改編しようが、魂が他所の世界の記憶を持ち込もうが、どうでもいいのだ。
「では実際になにができるのか教えてくださいませんか?」
「そうだな。まずは転移、というよりは背景情報の変更か。紙芝居で言うなら、突然背景を引き抜いて、別の背景を挿入することができる」
「紙芝居に直接手を出すこともできるわ。手にしたナイフで紙芝居を切りつけたら、実際に切れる。世界ごと切れてしまうから、アンリの防御魔法も意味を為さない」
「そのわりには何度も攻撃を外していたようですが?」
「常に動き続ける紙芝居だからな。案外当てるのは難しいんだ」
「私が勇者を刺したときも狙いを定めるのに時間が結構かかりました。結局、本物ではなかったのですけれど」
「つまり対峙した瞬間に確定で殺されるというようなものではないのですね」
「登場人物に対してそれほど自由に振る舞えるわけじゃないんだよな」
つまり俺は攻撃する。おまえは死ぬ。というようなことはできない。
これはお互いにそうなる。
「この世の理の外からの攻撃、いったんこれを理外攻撃と呼ぶことにして、理不尽ではあるが万能ではないということだ。例えばリディアーヌ、君がネージュの召喚した魔物に守られている間、勇者は君への攻撃ができなかった」
「言われてみればそうですね」
「守られている、という状況に対して理外攻撃は万能ではなくなる。俺の防御系魔法は基本的に透けて見えるから、守られている判定に入らないのだと思う」
「そこに見えるから攻撃できる、という状況があれば、理外攻撃は届くのですね。つまり距離は関係ない」
「こうなるとどうやって視界を遮りつつ、相手を攻撃するか、ということになるな」
「攻撃を受ける瞬間だけ、防御魔法に色をつけるとかはできないのですか?」
「できるが、それだと貫通されるだろうな。攻撃前に視界を遮っていれば、斬られるのは防御魔法だけで済むと思う」
「アンリ、それ勘違いしてるから注意したほうがいいわよ。視界を遮っても“そこにいる”とわかっていれば攻撃は届く。そこにいると思っていたけれど、実際はそこにいない、という状況にしないと避けきれないわ」
「ああ、斬るやつじゃなくて、外部からの直接攻撃か。あれは避け方がわからないな」
「避けるより、世界の外側で受け止めたほうがいいと思うわ」
「ああ、できないこともないのか」
つまりこの世界の外側で戦うということだ。
「なんにせよ習熟の時間が必要だ。シルヴィは使いこなせてるんだろうけど、俺はな」
『魂喰らい』の権能を使ったのであれば、シルヴィは勇者の人生を喰らっている。
その技や知識をすべて得ているはずだ。
「いまの私の力はそこまで万能じゃないわ。概念の知識を奪うのが精一杯で勇者自身についてはなにもわからなかった」
「それでも助かったよ。シルヴィがいなければ詰んでいたし、ネージュがいなければリディアーヌは殺されていただろう。二人ともありがとう」
二人が俺に秘密を抱えていたことに対して俺は礼を言うことにした。
彼女たちは自らの保身のために、その力を秘密にしていたわけではないと思う。
いざというときに俺を助けるために隠してくれていたのだ。




