暁の星 47
精神の在り方を変えても現実世界が変わるわけではない。
大地の失われた世界が、現在のこの世界だ。
世界は二つに破かれた。
破かれたなら、貼り直せばいいんだろ!
つまり裂かれたものを、元に戻して裏側からテープで貼り付ける。
俺がイメージしたのは漫画だ。
紙に書かれた物語であるなら、手で破くことができる。
そうやって地上と上空を裂いたのであれば、元に戻すことは容易い。
世界と、世界を、並べて、繋がりを補強する。
地上が世界に戻ってくる。
裂かれた世界は再びひとつに戻った。
おい、おい、これ補強にしか魔力使わねーじゃねーか!
反則だろ、こんなん!
『3人目の勇者かよ。魔王陣営に勇者が2人もいるのズルくない?』
「ごぶっ」
世界を元に戻したのはいいが途端に猛烈な嘔吐感に襲われる。正しくない。これは正しい在り方ではない。暁の星はひとつ、いや、ふたつが正しい。みっつあってはならない。ならない。なら、ならならならならならあなあなななななななな
うるせー!
俺は!
魔法使いだ!
暁の星じゃない!
悪い魔法使いだ!
だから、おまえはがまがえるだ!
勇者の姿ががまがえるに変わる。
げこげこ鳴いて、ぴょんぴょんと二度跳ねて、そして元の姿に戻る。
『うおっ、あぶねえ! 鍵のかけ方えっぐ』
流石にこの力の先人だ。理解が早い。
がまがえるになったのだから、一旦がまがえるでなければ、再変更は不可能だった。
意味がわからない? そういうものなんだ。慣れてくれ。
誰に話しかけているのかって? そう、君だ。これを読んでいる君だよ。
これが漫画か、アニメか、小説かは知らないが、つまり世界は上位存在からすれば容易く改編ができる。パソコンで見ているなら一度印刷してみれば、ビリビリと破けるだろ?
君にそれができるように、俺にもそれができる。
極大光魔法-旭光-!
頭上高く掲げた手から眩い光が放たれる。
攻撃力はない。ただの光だ。ただ直視できないほどの強烈な光だ。
真っ白に塗りつぶされた世界に、俺は帝国帝城の背景を貼り付ける。
同時に世界という紙にペンを突き刺した。
次元の外側からの攻撃だ。
紙にはたやすく穴が空く。
つまり俺が勇者に穴を空けられたのと同じ攻撃。
『おっと、外れだ。まだ慣れてないな』
真っ白になった世界に背景を貼り付けたものの、人物描写が追いついておらず、勇者は俺が突き刺したのとは違う場所に現れた。
代わりに帝城の壁に穴が空く。
登場人物の位置も変えさせてもらった。
わかりやすく玉座側に俺たち。
出入口側に勇者だ。
スケルトンや魔物は可能な限りは連れてきたけど、空間が狭くて入りきらない分は置いて来たよ。ただ数が多くて描写には時間がかかる。
「いや、これでいいんだ」
俺は手の届く範囲にいた全員を包むように抱きしめる。流石に抱えきれないけど、触れていれば大丈夫だ。
描画途中の魔物たちは勇者の視線を遮られたらそれでいい。
つまりな。完全結界の外側に移動させてもらったぞ。
転移魔法――!
次の瞬間、俺たちはフラウ王国王城の屋上に転移する。
酩酊感から立ち直るのに少し時間がかかる。
背景切り替えでの移動だと勇者も付いてきちゃうから、転移魔法で逃れるしかなかった。
ここって梯子をかけて上がってこないと来られない場所だから、一時避難にはぴったりだよね。なんかあって国王が巻き込まれてもまあええか。って感じだしな。
多分だけど勇者は付いてこられない。
この力はそこまで万能ではない。
特に暁の星が三つに増えた影響で、制限はより厳しくなったはずだ。
どういうことか説明してほしいって?
正しい表現とは言えないが、いま1冊の漫画本を3人で奪い合っているような感じだ。
これ以上の表現は俺には思いつかないよ。
いや、それぞれの見ている世界を中心に描かれる3冊をそれぞれが持っていて、相互に影響するというほうがわかりやすいか?
どっちにしてもわかりにくいか。
「いや、なんで自力習得できてんの?」
シルヴィが呆れたように言う。
「俺がもともとこの世界に対して外からの視点を持ってるからだな。たぶん」
「ああ、なるほどね。それでどうするの? レギウムに戻れば、またあいつの領域よ」
「厄介だな。レギウムの人々は勇者を崇めている感じだった。敵対したと知られるのはマズい」
「そもそもなんで襲ってきたのかって話よね」
「俺たちが帝国に引っ込んでもう話が動かなくなるのは気に入らないみたいに言ってたな」
「まあ、勇者としてこの力を持って生まれてきたのに、特に使うことなく人生が終わりそうだというのならわからないでもないけど」
「レギウムは基本平和が続いてたみたいだからな」
亡者に侵攻されて、よしきた! と思ったら、亡者が勝手に退いて、首謀者たちもごめんなさいしてきた、みたいな感じか。いや、よしきたって思うなよ。って話ではあるが。
消防士が火事を望んじゃうみたいな話だよな。たまにあるといえばある。
「中継地に帝城を選んじゃったけど、悪手だったかな」
「他に適当な屋内もなかったし、仕方ないんじゃない?」
「あの、なにがどうなっているのでしょうか?」
リディアーヌが聞いてくる。アレクサンドラも、ネージュもよくわかっていない様子だ。わかるわけがないか。
「まず大前提として今は安全だと思う。勇者の使う転移というか、位置の書き換えは、本人の知らない場所には移動ができないはずだ」
そこは転移魔法と同じだな。
リディアーヌがホッと息を吐き、アレクサンドラとネージュは緊張を解いた。
「転移魔法との違いは有効範囲か。ある程度の範囲の、“主要人物”をまとめて移動させることができる。というか、巻き込むことができる。便利だけど、敵も付いてきてしまうという難点があるな」
「他の能力についてはレギウムに戻ると決まったら教えるわ。今は今後どうするかを考えなければならない」
「俺はレギウムの生存者をなんとか返したいとは思ってるんだが」
一堂は黙りこくってしまう。
そうだよな。あまりにリスクが大きすぎる。
少なくともレギウムに長期間滞在するのは無理だ。
「何人かこちらに取り込んで情報収集のためレギウムに送り込みたいと思いますが……。何百人かに数人紛れ込ませるくらいで」
リディアーヌが言う。
「確かに勇者の情報が少なすぎますね。アレクサンドラの領域内で、少しずつ目覚めさせて、情報収集と協力者に仕立て上げる努力は必要だと思います」
シルヴィが応じる。
この二人、考えることがエグいんだよぉ。仕方ないとは思うけどさ。
「勇者が油断しているところをなんとか殺せない?」
ネージュも物騒なことを言い出した。
いや、勇者をなんとかしないといけないというのはわかる。
わかるが……。
「一時的には意味があるとは思うが……」
俺が否定的な考えを口にするとシルヴィがその後を継いだ。
「勇者というのは一種の舞台装置なのよ。あいつを排除しても、誰かが次の勇者になるわ」
「次の勇者が友好的という可能性もありますよね?」
そう言ったのはアレクサンドラだ。
「まあ、そうだな……」
とにかく現在の勇者は危険だ。
なんとか排除しなければレギウムで活動ができない。
準備を整え今の勇者を倒す以外に道はない。




