暁の星 46
世界から大地が失われた。
上空しかない世界は、俺しかいない。
その上、空間魔力はごっそりと減っていた。
まるで理屈がわからない。
地上はどこに消えてしまったんだ。
あるいは俺はどこに飛ばされたんだ。
地上があったはずの場所よりかなり高い位置に空間の裂け目がある。
空間を破った跡だ。
かなり乱暴に破かれたのであろう。その裂け目は真っ直ぐに綺麗ではなく、乱雑に、そう、まるで紙を手で破いたかのように裂けている。
完全結界魔法に近しいものを感じる。
つまり世界からこの空間を完全に遮断している。
初めからこれを使われていたのだ。
だから転移魔法で脱出ができなかった。
完全結界魔法は言わば世界の中にもう1つ、別の世界を作り出す魔法だ。
だからありとあらゆる攻撃を防ぐことができるし、こちらから攻撃することもできなくなる。
転移魔法での移動も遮断される。
さらに術者は世界にある程度の法則性を追記できる。
己の思う世界を生み出す魔法だと言える。
そこまでは金属書から解読し終えている。
理解はしているつもりだったが、それは大きな間違いであったらしい。
あるいは似ているが違う状況なのかもしれない。
問題はこれが完全結界魔法だとすれば、俺がその中に閉じ込められたのだとすれば、できることはなにもない。ということだ。
普通、完全結界魔法は術者が内側にいなければ成立しないが、どうやらここは外から発生させられている。だから外から術者が結界を解かなければ、俺はずっとここに閉じ込められていることになる。
収納魔法は、使える。
食料と水は問題ない。
ただ空間の魔力が大きく減っていて、流入がなければいつか尽きる。
そのときは空間の裂け目に向けて落下するしかない。
空間の裂け目はこの完全結界魔法の綻びと言えば、綻びだが、そこに入るとどうなるのかわからない。
単に弾かれるのか、まったく違う世界に飛ばされる可能性だってある。
そんなリスクは負えない。
どうする?
事態への対処の前に考えなければいけないことがある。
勇者の能力について。
そしてシルヴィがなにをしたのかについて。
勇者はなにかしら世界そのものに影響を与える能力であることは間違いない。
それもかなり大がかりにだ。
世界そのものを改変し、望むままに作り替えているように見える。
いや、勝ち目なくね?
攻撃が通じる気配はあった。
魔法は回避していたし、シルヴィの噛みつきだって傷をつけられた。
勇者とは無敵の存在ではない。
一方でシルヴィが勇者にしたことはなんだったんだ?
シルヴィは勇者に噛みついた。
そして発狂し、世界まで狂ったかと思うと、すべては元に戻った。
いや、本当はわかっている。
ネージュが力を残していたように、シルヴィも力を残していた。
『魂喰らい』の力を彼女は失っていなかったのだ。
もちろん完全な状態ではない。
『魂喰らい』は相手の意識すら喰っていた。
それに対して、今のシルヴィは相手の知識や経験だけを喰らっているように見える。
劣化版『魂喰らい』だ。
そう仮定すると、これまで謎だったことに理屈が通る。
例えばシルヴィがレギウム語をいきなり理解し始めたとき。
おそらく誰かレギウム人からこっそり知識を奪ったのだろう。
知識と同じように技術や経験を奪えるのだとすれば、勇者からその技能を奪った可能性が高い。
大丈夫か、シルヴィ。
君は前のままの君でいられるのか?
自分の置かれた窮状も忘れて、俺はシルヴィが心配でたまらない。
『魂喰らい』となった過去があるとは言え、普通の女の子なのに。
おそらく次元の裂け目の向こう側、直接繋がっているとは思えないが、地上側でシルヴィは勇者と戦っている。
同じ力を手に入れたシルヴィしか勇者には対抗できない。
でもだからと言って、そうだからと言って、俺がここで手をこまねいていていいのか?
完全結界に囲まれてなにもできなかったと後で言い訳をするのか?
嫌だ!
そんな自分でありたくはない。
頑張ったけど、駄目でした。では、なにも変わっていない。
結果だ。結果を出さなければ、無気力で怠惰に過ごすのと変わらないのだ。
そもそもこの世界はなんだ?
俺が思い込んでいた世界とはまるで異なる。
中世風異世界ファンタジーなんかではなかった。
大前提が間違っている。
俺は天使さまに世界一の魔法使いになれると言われた。
たぶん、嘘ではなかった。
あの時点で他に魔法使いはいなかったから、産まれた時点で俺は世界で一番の魔法使いだった。
だけどそうで在り続けると保障されていたわけではない。
俺が受け取った才能は、きっとあの時点で世界一になる才能だ。
それは魔法のできるできないを感覚的に得られる才能だ。
型に填めて、定型の結果を生み出す枷だ。
外せよ! そんなものはもう要らない!
これは才能なんかじゃない!
呪いだ。
魔法を規定する呪いだ。
俺以外の魔法使いを見てみろよ。
やりたいようにやってるだろ!
つまり魔法とは、やりたいように世界を書き換える能力なのだ。
クララは当然、ネージュも、シルヴィも、勇者だって魔法使いだ。
当人たちにそのつもりがなくとも、彼らはとうに枷を外している。
魔法生物だった俺たちは長いときを経て変質し、もう魔法が使えないということはなくなっているのだろう。
そう考えるとボーエンシィ機関はずいぶんと無駄なことをしているな。
枷はきっとここにある。
俺は自分の精神世界に入りこむ。
自己認識が更新されたため、俺は今の俺の姿だ。
かつての醜い自分ではない。
まあ、その自分を否定したいわけではない。
なあ、そうだろ。俺。
俺の前に現れたのは前世の姿の俺だ。
どよんと死んだ目をして、ただ突っ立っている姿は亡霊のようだ。
悪いな。
俺が今の俺を肯定したために、おまえを否定したみたいになってしまった。
だけど、いま、おまえの力を借りたい。
都合がいいことを言っているとはわかってる。
だけど今の俺に必要なのはおまえの妄想力だと思うんだ。
都合のいい世界を妄想し、その中に逃げ込んだおまえだから、この状況を打破できる。
さあ、やろうぜ。
この世界を好きに作り替えてやろう。
俺たちの好きなようにしてやるんだ!




