暁の星 43
逃げられない。
つまりこのフィールドに移動させられた時点で逃げることはできないようにされていたのだ。
考えられるのは……
「フィールドを作る能力か?」
『どうかな。そろそろそちらのターンは終了だ。こういう複数ボスとの戦いは、やっぱり回復できるヤツから潰していくのがセオリーかな』
それはつまり俺のことだ。
他の誰かでなくてよかった。この勇者から誰かを守るのは難しい。
『こういう攻撃を食らったことは? あ、技名とかは特にねぇ』
勇者がそう言ったら、俺の腹には穴が空いていた。拳ひとつ分くらいの大きさ。
攻撃を食らったという感覚はなかった。
突然、穴が空いた。ただそれだけ。
「ごふっ」
内臓が傷つき、口から血が溢れる。
魔法障壁も、距離も関係ない攻撃。その正体の糸口すら掴めない。
勇者がターン制とかいう謎の縛りを設けていなければ、もう殺されている。
俺は回復魔法で自分の傷を癒やした。
だが喉には血が残り、俺は咳き込みながら血を吐いた。
「やるしかない! ネージュ! 全部! 出し惜しみなし!」
そう叫びながらシルヴィが勇者に向かって駆ける。
「あなたを“斬る”!」
『宣言強化か。多少の影響力はあるな。――が』
一瞬で勇者へと距離を詰めたシルヴィが剣を振るう。
勇者は体を捻って回避した。はらりとボサボサの毛がいくらか宙を舞った。
回避行動からそのまま勇者はシルヴィを蹴りつけた。
シルヴィは左腕で蹴りを受け止めるが、大きく吹き飛ばされて距離が離れる。
『宣言強化は繰り返したり、具体的に指定するほど威力が下がる。そして大雑把な指定だと成立さえさせれば強化が解ける。髪の毛だって俺の一部だ』
その宣言強化っての、俺は知らないんだけど!
一方でネージュの傍では異変が発生していた。
空間に魔力が集中していく。それは俺の魔法とは違う実現手順だ。
凝縮された魔力が形を伴う。
それは火竜の形をとった。
「ネージュ、それは!」
一般的な住宅ほどの大きさの火竜は、息を吸い込んで、炎のブレスを吐いた。
勇者に向けて放たれたブレスだが、勇者はそれを切り裂いて、ブレスの範囲外に逃れる。
これも俺は聞いてないんだけど!
だが起きている現象そのものは、かつてダイソン魔石を埋め込まれていたネージュが無意識に起こしていた現象に近い。
つまり魔力を変換して魔物を生み出している。
『世界の記憶から魔物を生成したか。召喚魔法使いと言ったところだな。だが魔力消費が多いようだが、大丈夫か?』
勇者の言う通りだ。俺が魔法を連発したこともあるが、周辺魔力は著しく減っている。
ここが隔離空間なら、魔力が消費され尽くせば、俺にできることがなくなる。
それはつまり勇者の回避不可能な謎の攻撃を受けても回復ができなくなるということだ。
「うるさいっ!」
ネージュは火竜のブレスの向きを変えさせて、勇者を追いかけ回す。
だが距離があることもあって、勇者は易々と範囲より外側へと脱出した。
ブレスを終えた火竜は消えることなく、この場に残った。
わかっていたが幻想魔法ではない。ネージュはこの火竜を実現させたのだ。
「周辺魔力が少ない! 移動しながら戦わないと!」
「固まっていていいんですか?」
「わからない。わからないから固まっていたほうがいい。誰かが傷ついても俺が回復する」
俺たちは勇者を中心に時計回りを行うように移動を開始する。
リディアーヌの足が遅くて、ゆっくりとしたものだが、これでも多少は魔力に余裕ができる。
「アンリ様、アンデッドの素体が欲しいです。ここを支配地域にできれば亡者の召喚ができますから」
走りながらアレクサンドラが言った。
亡者のいない彼女は肉体が強化されただけの、ただの帝国皇帝だ。
「わかったが、今はどうかな。ターン制という縛りを崩すことになりかねない」
せっかく相手が縛りプレイをしてくれているのだから、それをわざわざ放棄させる必要はない。
「では私はパスで」
「私もですわ」
『じゃあ、今度は俺の番だな』
だからなんでこの距離で、違う言語で会話が成立してんの!?
『せっかく集まっているところを悪いが“再配置”だ』
この場にいた全員の位置が変わる。
元の位置はまったく関係ない。
それぞれがこのフィールドのランダム位置に移動させられた。
なんなんだよ、その力は!
全員が孤立している状態はリディアーヌが危険だ。
彼女は戦闘においてなんの力も持たないただの女性だからだ。
だから俺の手番はこうするしかない。
転移魔法でリディアーヌの元へ!
が、魔法は発動しない。
長距離転移だけでなく、短距離転移もダメなのか!
これは逃げるコマンドとは違うだろ!
一方、ネージュが召喚した火竜が勇者に向けて突っ込んでいく。
ネージュの制御を離れたのか、ネージュがそう命じたのかはわからない。
一方でネージュは再び魔力を集中させる。
使い過ぎだ、と言いたいが、リディアーヌを守るように出現した屋敷ほどもある大きさの亀に納得する。
どれほど意味があるかはわからないが、普通に考えれば亀の背後で守られているリディアーヌの安全はある程度確保できたと言えるだろう。
ネージュの火竜と、ネージュ自身が別に行動できたのもヒントだ。
つまり召喚した仲間ユニットはこちらのターンの行動をひとつ増やす。
俺は大量の実現化した狼を呼び出す。
それらは一斉に勇者に向かって飛びかかっていく。
今は手数を増やすしかない。
火竜と狼たちに一斉に襲われた勇者は、その風体からは想像もできない華麗な剣さばきで、襲ってくる狼たちを切り伏せていく。
辺りに狼の血と死体が広がっていく。
「アレクサンドラ!」
勇者に斬られて死んだ狼たちが一斉にむくりと起き上がった。
黄泉返りの魔王の権能によって動く死体として蘇ったのだ。
そしてこの数の動く死体がこの場にあるのであれば!
周辺の地面から、あたかもそこから生まれたように、ぞろぞろと出現してくる武装したスケルトンたち。
このフィールドはもはやアレクサンドラの支配地域だ。




