暁の星 40
「核爆弾、ですか?」
もちろんリディアーヌにその言葉の意味がわかるはずもない。
「王国や帝国に爆弾はあるんだっけか?」
「不勉強で申し訳ないのですが……」
リディアーヌがそう言うってことはほぼ知られてないと考えてよさそう。シルヴィが黙ってるから、知ってる人もいるんだろうけれど。
「アレクサンドラはレギウム軍の爆発する投擲物は知っているよな?」
「ああ、あれですか。厄介な武器ですよね」
というかレギウム軍が亡者の軍勢に対して榴弾のようなもので砲撃を行っていたと言っていたのはアレクサンドラだ。
「爆発というのは、つまり、ええと」
「それ自体はわかります。瞬間的な膨張のことですわよね」
「そうなの?」
なんか俺が持ってる爆発という現象の印象とは違うんだけど。
「違うんですか? 私はそういう認識でしたけれど」
「ええと、爆発という言葉の意味はリディアーヌ様の言う通りです。基本的には燃焼によって発生する衝撃を伴った膨張のことね。一般的な認識としては」
シルヴィが補足してくれる。
「ああ、それなら間違っていないと思う。核爆弾というのは、ひとつの街を完膚なきまでに吹き飛ばすような威力を持った爆発物だ。この爆弾を飛翔体、つまり俺の飛翔魔法のように自由に飛ばすことのできる装置に積載すればどうなる?」
「到達距離にもよりますが、敵国の街に、首都に届くというのであれば、相手は絶対に攻めてはきませんわね。それどころか不平等条約を締結することもできるでしょう」
「そういうこと。ポイントは核爆弾は製造が比較的容易……。いや、簡単ではないんだけど、材料の入手は……難しいけど、文明が発展すると副産物として発生するものを使うんだよな」
「つまり、結果的なコストが安いんですのね」
「そうだな。その絶大な効果に対するコストと考えたら安い」
たぶん、しらんけど。
「しかし大国が先に開発を終えてしまうのでは? 小国が逆転するには秘密裏に開発しなければならないと思いますが……」
「そうだな。だが未完成な状態でもかなりの威力が出るし、この爆弾の一番最悪なところは、そうだな、毒を撒き散らすんだ。爆発が終わっても、跡地に近寄るだけで死に至る場合すらある」
「ああ、自爆戦術が使えるんですのね」
それは最悪の発想なんだけど、やられたら厄介な戦法でもある。
核開発中の国にうかつに陸軍を侵攻させられない理由はこれだと思う。
「そう。侵攻して土地を得るメリットを失わせることができる。つまり開発に入った時点で直接攻め込むのは容易ではなくなる」
「ではいっそ大国側はその飛翔体で核爆弾を打ち込んで小国を壊滅させてしまえばいいのでは?」
「そこは世界のパワーバランスがあるからな。基本的に大国はお互いにこの武器を向け合っていて、自分の寄子みたいな国が攻撃されても反撃が行われる」
リディアーヌが眉根を寄せる。
「街を吹き飛ばす爆弾をお互いに向け合っていて、属国が攻撃されても反撃となると、すぐに撃ち合いになって滅ぶのでは?」
「だからどちらも撃てない。どちらでも撃ったが最後、世界中にこの爆弾が降ってくるからな」
リディアーヌが天井を仰いだ。
ここまで打ちのめされているリディアーヌも珍しい。
基本的にドMだから喜んじゃうし。
「それが……人類の技術の行き着く果てですか……」
「それはそれである程度の平和が保たれてはいたんだ」
「私ならそんな平和は御免被りますわ。ですが、避けようのない未来なんでしょうね。レギウムの文明度合いから、そうなる未来はどれくらい先のことですか?」
「早くて百年くらいじゃないかな」
「たった百年! 私たちの孫がまだ生きている時代ではないですか」
まだ子どもも生まれてないよ。リディアーヌさん。
「早くて、だ。正直、予想がつかないよ。ひとりの天才が一気に時代を進めることがあるからな。話を戻そう。俺は先進国からどんどん学んで技術を開発していかなければならないと思っている。最低限、この核爆弾を製作できる技術がなければ、本当に大国にいいようにされてしまうから」
細かいことを言えば原子力発電所が自国で作れたら、ある程度は牽制になると思うんだよな。自前でプルトニウムを確保できるのは大きい。
「私が抵抗しても、他国がすぐに核爆弾を手にして世界中に向けてしまうというわけですわね……」
リディアーヌが今度は頭を抱えてしまう。
「まあ、手に入れば発言力が増すというだけの話ではある。どうせ撃てないし」
「国家元首であればそういうわけにはいかないでしょう。ですわよね。アレクサンドラ陛下」
「え、あ、はい」
たぶんわかってないな。そして俺もたぶんリディアーヌほどに理解できていない気がする。
「私個人としてはそんな未来は認められない。まるで地獄ではないですか」
そこまでいうほどかなあ。
「一般人はそれなりに生きていられたし、なんなら娯楽に手を出す余裕もあった。俺の住んでいた国は何十年も戦争とは無縁だったし、悪くない未来なんじゃないか?」
「旦那様、すべてを滅ぼす兵器がにらみ合っているから戦争が起きない状態を平和とは言いません。それは緊張です」
「でも人々はそれを意識することなく生きていたよ」
「それが悪夢だと申し上げているのです。旦那様の生きていた国は民主主義国家だったんですよね」
「そうだけど?」
「民主主義国家において主権が国民にある、というのであれば当然国民は意識しなければならないのです。政治を、国際情勢を、戦争を。国民がそれをせずに安穏と生きていられるということはつまり民主主義は破綻しているのです」
そう言ってからリディアーヌは少し考え込んだ。
「いえ、国民が安穏と暮らしているのであればそれはそれでいいのかもしれませんわね。形だけの民主主義に国民は自分たちが主権を有していると思い込み、実態はそうではないという形は理想的なのかもしれません」
なんだかひどいこと言ってる気がする。
「しかしレギウムを見ているとどうしても労働環境に不安が残るのですが……」
「うーん、産業革命時台の労働者の扱いは後世にも語り継がれるレベルだからなあ。今が特別悪い時期なんだと思うけどな」
「それならいいのですが」
「言うて、俺は前世で働いたことないからちゃんとしたことはわからんけど」
「そういえばそうでしたわね」
リディアーヌは深くため息をついた。
しゃーないやん。俺にも事情があったんや。




